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「Noise messenger[6]」 6-3





(6-3)


 最後まで国王派として城についた諸侯・諸将について王女ミネルバは極刑を一切採らない決断を下した。

「マケドニアを悲劇に追い込んだ流れは、わたくしがミシェイルに挑んだこの戦をもって終わりにしたいのです。

 平和を望むマケドニアにおいて、血で血を洗うことは今後起こってはならないし、起こさないのが私を始めとするマケドニア全ての責務であると考えています」

 この大決断を歓迎する向きは圧倒的多数派となり、新しい国の形を作る第一歩となった。





「良かったですね、シスター・レナ」

「ありがとうございます、リンダさん。本当に、ミネルバ様には感謝しても感謝しきれないほどです……」

 ミネルバの布告が発せられたのは、解放軍がテーベへ発つ前日のことだった。

 レナの元を訪れたリンダは、そのお祝いをすると共に、もうひとりの人物を気にかけていた。

「あとは、マチスさんの目が覚めるといいんですけど……」

 王城を取り戻したその日に行方不明になった事は、最終的にかなりの騒動になった。

 人騒がせどころの話ではないと、親しいアリティアの騎士達も頭を抱えていたのだが、その気配は二日後に一変した。

 大賢者ガトーから書簡が届き、火傷の治療を施された赤毛の青年に心当たりがないかと報せてきたのである。

 迎えに行ってみれば、失踪で大騒ぎになったマチスその人ではあったが、憔悴して固く目を閉ざし、全ての手の指が壊死を起こしかけるという酷い状態だった。

 これでも完癒を施して自然治癒の促進をしており、今後粘り強く治癒法力を施していけば、指を健常にすることもできるという。

 だが、元々人嫌いのガトーであるから、できることなら引き揚げてほしいということで、解放軍の本隊に戻ることになった。

 以降、ミネルバの意向もあって全力の治療を傾けられる体制を取り、当然ながらレナもその一員として志願した。

 状態こそ良くなってはいるが、この日になっても目覚める兆しはなかった。

「本当は、少しでいいからマチスさんと話したかったんです。ノルダでのわたしをあそこで止めてくれたから、明日、父の仇を討てに行けるってもう一度お礼を言いたくて」

 でも、帰ってきてからの話になりそうですね、とリンダは寂しく笑みを見せた。





 治療を受け続けるマチスが目を覚ましたのは、解放軍が本格的にドルーア進攻に乗り出そうとする矢先のことだった。

 第一報を聞きつけた人達は駆けつけるなり、良かったとひとしきり喜んでくれはしたが、そのうちに何故かお小言をもらう雰囲気になるのがほとんどとなった。

「普段の行いが悪いから、そうなるんですよ」

 妙な喜劇の多くを間近で目撃することになった従士のルザは、主の嘆きに容赦ない批評を浴びせた。こちらも一応心配の方が大きいうちのひとりだったのだが、普段の活力を取り戻してもらうには、同じように接する方がいいだろうとある意味仕方なく以前通りの態度を貫いている。

 そして、レナに連れられたリンダと対面を果たすと、少女らしさを見せていた外見に格調高い装飾が加わるようになっていた。ガーネフを倒して父ミロアの仇を見事に討った後に、魔道関係者の推薦で司祭に昇格したのだという。

「凄いね、本当に」

「わたしは魔道士のままで良いと言ったんですけどね。戦争が終わったらオーラを封印しようと考えてますから」

「あれ、そうなんだ」

「戦争がなくなったら、あんなに強い魔道は使う必要ありませんから」

「まぁ、確かに」

「でしょう?」

 これらのやりとりがあったことを聞き捨てに知ったドーガやシューグ達は、相変わらずだと、一応は安堵しながらも首を傾げたものだった。





 報告を聞いたミネルバは笑みを向けて労ったのちに、今後も粘り強く継続することも重ねて要請して文官を帰した。

「どうして、こうも難しいのでしょうね……」

 最初はさほど支障のない話だと思って問いかけた話題は、距離の取り方が難しい人間の口を閉ざすことになった。

 失踪している間のことを問いかけただけだというのに、だ。

 確かにガトーに保護されていた時のマチスの状態は酷いものだった。大事に巻き込まれたと予測するのは容易である。

 だが、それを語ろうとすれば顔をしかめ、思い出すのを拒むような様相さえ見せられてしまう。

 どうやらそれはミネルバだけではなく、他の誰に問われても同じようなのだが、その隠された期間のことは知る必要があるように思えてならなかった。

 本人の様子から見えるのは、マチスがその期間を夢のようなことばかりでとても現実とは思えないと主張していることと、時折治っているはずの左肩を押さえていること、その二点くらいである。

 ミネルバは再び溜息をついた。

 兄ミシェイルがレナに関わったことを改めて詫び、王族と地方領主の跡継ぎとして丁度良い着地点を見つけ出したいというのに、その日はまだまだ訪れそうもない。マリアが懐いていることも加味すると、あまり嫌われたくないのが本音だった。

 それでいて、戦争はまだ終わらない。ミネルバ自身もじきにドルーアへ発つため、この問題に強く関われるようになるのは当分先のことになりそうだった。





 暗黒戦争の記録において、マケドニア貴族マチスの名が戦記に記載されるのはマケドニア王城戦が最後となる。その直後に負った怪我によって以降の戦線へ赴くことができなくなったためだった。

 戦争が終わったのち、彼は伯爵家の領地で静養の日々を送ることになる。





 暗黒竜メディウスを打倒し、マケドニアに戻ってきた解放軍の祝勝会が王城で執り行われた。

 それが終わると各国に帰る騎士達と、アカネイアでの戦勝式典に出席する各国王侯貴族や輝かしい戦績を持った諸将に分かれていく。

 マケドニアからはミネルバとパオラの代理としてカチュアがアカネイアに向けて出発することになり、残りの人々は国内に残ることになった。

 マチスもまた国内に残り、伯爵家の領地へ行くことにしている。

 祝勝会の場でそれを聞いたドーガは、不審そうな顔になった。

「伯爵になるって話はどうなったんだよ」

「誰がなるんだよ。向いてない奴がやったら不幸になる人が増えるだろ」

「だったら、誰がやるんだっていうんだ。ミネルバ王女が恩赦を与えたって言ったって、そのまま伯爵やり通す親父さんじゃないって聞いたぞ」

「周りには、じーさん呼び戻すって言ってどうにかしてる。おれもまだ万全てわけじゃないから」

「でも、それをずっと通すのは難しいと言っているんですよ」

 と、注釈を入れたのはレナだった。

「シスターがこんな席にいるなんて珍しいな」

「兄が無理しないように、見ていないといけないですから」

「――で、そのシスターを遠くから見守ってる奴がいる、と」

 ドーガに言われて周囲を見回すが、それらしい姿は見えない。

「そりゃ奴は優秀だから、簡単にはみつからないだろう。お前に遠慮するような段階じゃなくなったと思うがな」

「怪我人刺激するよーなことをされたら、いくらおれでも考えるところはあるんだけどなぁ……。

 そういや、ドーガはどうするんだ? アリティアに落ち着かないって噂聞いたけど」

「意外と耳が早いな。平和になっちまうと腕が鈍りそうだから、また色んな国を巡ろうかと思ってんだよ。この戦争で、まだまだ修練が要るってわかったからな」

 当面の今後の話について交換するとドーガとは別れ、別の一団――オレルアンから長いこと顔を合わせてきた騎馬騎士とホースメンの長達と合流した。

「最後になって長が行方不明になるってのは、実にお前らしい」

 開口一番でシューグが口撃してくる光景もこれが最後となり、そのほとんどが騎馬騎士団に戻る。

「怪我さえなければ、騎馬騎士団に来てくれれば良かったんですけどね」

「それはそれで厄介っつーか、将軍のイメージが強いんだよな……」

 マケドニア戦の半ばから介入を禁じたオーダインは未だに公の場に姿を現していない。彼が復帰するのもまた先の話となる。

 この面々の中で騎馬騎士団に戻らない例外がボルポートだった。

 一時はマチスにつき従って伯爵家に仕えることも考えたようだったが、諸国を旅して研鑽を積むことにしたという。

「どうも戦争の後半になるにつれて、役に立てていると思えなくなりましてな。止めが長殿の失踪でしたが、ともあれ、今のままではいけないと思ったわけです。

 ですが、こうした道を選ばせていただけるようになったことは感謝しております」

 ボルポートの敬礼に合わせて、シューグを始めとした他の人々も姿勢を正して敬礼する。

「そこまでやってもらわなくてもいいってのに……」

「オレルアンの草原でアリティアに鞍替えした時点で、晴れてマケドニアに生還すると完全に信じた人間は皆無だったはずです。

 それを予想よりも居心地良くさせて、マケドニアでは誰にも真似のできない戦功を挙げ、尚且つ我々との約束を果たした。これらは、あなたを立派な将と呼ぶに値する、確かな軌跡です」

「おれだって、みんなには助けられたよ。……むしろ、助けられたからそこまでできたのさ。この中じゃ、剣も槍もあんまし上手くないんだからさ」

 怪我の影響もあるが、あの二日間を経てからのマチスは武術の腕が落ちている。異様な経験がどうということもできるが、マケドニアに入って奪回戦を重ねていた時の状態の方が普段とは違っていたのだとマチス本人は感じている。

 紆余曲折を経て、命の綱渡りをしたものの、敗者から勝者の側に移れたのは相応の運が働いている。そして、人との出会いも。

 この戦争で得たもの、見つけたものは大きい。

 これもまた「生」なるかな、とうそぶく自分がいるのだった。


(Noise messenger [6] : end)





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