「Noise messenger[2]」 2-4:2 |
* ティーザ郡の兵士が面会を求めていると聞き、マチスは首を傾げながらも宿営地の中で尋問用に設けられた天幕を訪れた。 そこで解放軍の兵士に囲まれて待っていたのは、隔離生活を送っていた頃に何度か監視役についていたルザだった。 「なんで、こんな所に……?」 「お久しぶりです。ご無沙汰しておりました」 そう言ってルザは 「親父の側にいるんじゃなかったのか?」 「その通りです。直接ではありませんが、書簡を託されました」 ルザが兵士に預けた剣を含む自分の荷物を示すと、兵士のひとりがその中から細い筒状の物を取り出した。 「それがお預かりした書簡です」 ルザが言うと、兵士が外側から検分した上で渡してこようとしたので、マチスは仕方なく受け取った。が、自分から開こうとはしない。 「ご覧にならないのですか?」 「見たい内容じゃないだろ、きっと。 それよりも、こんなのを届けるために命張って敵陣まで来たのか」 「特にわたしにと命ぜられましたので。戻れないのであれば、それまでです」 「……んな事はさせねえよ。これで仕事が終わりっていうなら、戻りゃいいさ。けど、いつもこうなるとは限らないんだぞ。それでも命令なら従うのかよ」 「わたし達はそういう者ですから。……あなたは相変わらずですね。この間の口上は可笑しくてたまりませんでした」 「笑わすような事したっけな……」 笑われる要素を思い出そうと考えるが、どう捻っても出て来ない。 仕方なく、肩をすくめる。 「出てこないもんは仕方ねえな。 やれやれ、という風情の見え隠れするマチスに、ルザは問いを発した。 「わたしは敵なのに、随分親切なのですね」 「命令で行けって言われて、それで命令した奴の代わりに死んだり捕まったりするなんて理不尽だからな。 「……では、わたしがお味方しますと申し出たら、受け入れてくださいますか?」 ルザの言葉は確かに耳朶を打ったが、マチスには信じ難かった。 「変な事言うなよ。親父に仕えてるんだろ?」 「この二年であなたは変わってしまったんじゃないかと思ってました。軍で日々を過ごしていたのだし、今やミネルバ王女の臣下だとも聞いていたので、余計に。 「そうかねぇ……おれが変わったって言ってるのもいるけどなぁ」 「時が経てば、全てをそのままで保つのは無理ですからね。多分、その人とわたしとでは見るところが違うのでしょう」 「それはまあいいけど、こっちに来たら親父と敵対するんだぜ? ……それでいいのか?」 マチスが言うと、ルザは考える様子を一瞬だけ見せたが、強く首を振った。 「敵になったあなたを見てでさえ、再び それこそ、そういう事なのだと思います」 「……後悔しなきゃいいんだけどなぁ」 首を傾げて右手で頬を掻くと、ずっと持っていた書簡が顔に当たった。 まじまじと書簡を見つめる。 「まさか、そこまで見越しているとか……?」 「いえ、伯爵様――じゃなくて、伯爵はわたしの意志など知る機会はなかったと思います」 「別に無理しねえでいいよ。 っていうよりも、なんでそこまでさせて渡してきたかだよな……」 仕方ない、と呟いてマチスは封印を破り、書簡を広げた。 十数行は書けそうな紙だったが、署名と日付の他に用件と思われる文章はたった一行だった。 『画布に描く物は決まったか?』 「まったく、嫌な事言いやがって……」 書簡を睨みながら、マチスはこれ以上なく強く、右の拳を握り締めていた。 (Noise messenger [2] end) |