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「Noise messenger[2]」 2-4:1




(2-4)


 這々ほうほうていで東の戦線の元の位置に戻ったマケドニア東部領主連合だったが、一日を経過しても混乱から立ち直るには至っていなかった。

 まず、有り得ないまでに即刻退場の憂き目を見た侯爵は完全に生死の淵をさまよい、司令代理が即席で立てられたものの、次の行動をどうするべきか途方に暮れる向きがある。

 その上、以前から誘いをかけられていた領主達の間で造反が起こるのではないかという噂が立ち、別の意味で混乱の度は続きそうだった。

 この様子をティーザ勢は気の毒そうに見守るしかない。主君の立場からして造反は有り得ないから疑いをかけられる心配はないが、この事態に関与したと言ってもいいマチスが関わっている家でもある。申し訳ないと思うばかりだった。

 こんな状況の中、ある東部領主の兵士に案内されてティーザ勢の指揮官を訪ねた人がいた。王都で主君のバセック伯爵を補佐しているはずの、魔道部隊の副官だった。元々は伯爵家の家臣で、先代の伯爵から仕えている古参のひとりでもある。

 わけてもこんなところにいるはずのない人に、指揮官は目を白黒させかける。

「何故、補佐殿がこのような所に……!?」

「火急と言うべくかな、当主様から絶対の遂行を命ぜられたのだ。代理では務まらぬと、わざわざ転移ワープの法力まで使って赴くよう指示された」

「……して、如何なご命令を?」

 補佐役はごく細くまとめられた書簡を見せた。手間のかかりそうな封印が施されている。

「これを敵陣に届けよとのことだ。人選もほぼ決まっている」

「敵陣ということは――」

 指揮官の脳裏には先日やりあったマチスの存在があった。

 あの戦いの事を思い出すと、怒りもあるのだが何よりも奇妙な脱力感に襲われる。

 その様子を斟酌してか、補佐役は静かに頷いた。

「当主様からの最後通告なのだろう。生きていればだが、これを届ける使者も名指しされていた」

 使者として挙げられた人間の名を聞いて、指揮官はおやという顔をした。

「ごく小さな郷士の家の者と記憶していますが、よろしいのですか」

「そうした人選であるからな。後事に関しても伝えておく必要がある故、呼び出してもらえぬか」

 控えていた従者が走り、指揮官の呼び出しだと伝えると、その騎士――ルザは驚きながらも仲間の元を離れた。

 もっとも、何故自分が呼ばれたのかは心当たりを見出せずにいる。従者に問いかけるがわかるはずもなく、そのままふたりに引き合わされた。

 王都にいた時期もあるから補佐役の顔は知っている。それだけに、ルザは再び驚くこととなった。あやうく質問を飛ばしそうになるのを飲み込み、どうにか姓名を告げて敬礼するのがやっとだ。

 すると補佐役はルザだけを伴って話をしたいと指揮官に断り、適当に人の近寄らない場所を求めた。

 たったひとりでこの補佐役と対面しなければならなくなったルザは、何が始まるのかと気が気ではない。

 補佐役と共に天幕のひとつに入ると、すぐに用件を切り出された。

「当主様より、この書簡を敵陣の子息の元へ届けよとのご命令だ。早いうちに遂行せよとの事だから、明日にでも行ってもらうようになるだろう。命の保障はないから、もしもの時にはそなたの家に補償が行く。それで良いな」

「承知致しました」

 命令であるからにはこう答えるしかない。小さな家の郷士でしかない自分へ先に補償の話をしてくれるだけ、有難く思うべきだった。

 そういえば、前にもバセック伯爵からこうした命令があった気がしたと思い返してみれば、二年前の春に伯爵から他言無用の命令を受けていた。しかも、これも伯爵の子供にまつわる事である。

 つくづくこういう事が回ってくるのかと頭の中で感慨にふけっていると、その様子に何か響く事があったのか、補佐役が尋ねてきた。

「どうしたのだ?」

「いえ、前にも伯爵様から――」

 慌てて口を止めたが間に合わなかった。

 他言無用の命令とは、令嬢のレナを密かにマケドニアから離れさせた事だ。

 あれは本当に伯爵直々の命令で、この補佐役が知らない可能性はかなりある。

 どう言い逃れをしようかと、ルザは頭を必死に回転させる。

 しかし、補佐役は問い質すことはなく頷いていた。

「成る程、ならば話は早い。――レナ様の出奔に関わっているのだな?」

 ひどく低く落とした声に、ルザはためらいがちではあったが首肯した。

 うかつな返答に後悔しかけてもいるが、止まらなかったものは仕方ない。

 そのままの声音で補佐役が続ける。

「ならば、書簡を渡した後に命を永らえたら、子息の元に奔(はし)ってくれ」

 この驚くべき発言にルザは大きな声を上げそうになったものの、補佐役の鋭い目の光がそれを封じた。

「これは当主様の命令ではない。だが、当主様が見込み、レナ様の件にまで関わっているのであれば、そなたには何らかの理由があるのだろう」

 話すように求められている気がして、ルザは心当たりを思うがままに発した。

「わたしはあの方の監視官をやっていました。おそらく、同じ任務を負った者の中で一番あの方に寄っていたのだと思います。責務がありましたので、表立っては言えませんでしたが。
 でも、どうしてそのようなご指示を?」

「当主様からの指名は、子息へ書簡を渡せる可能性が最も高いからだろう。

 そこで、便乗と言っては何だが――というよりも、当主様の意に沿うとも限らぬのだが――子息を支える手が必要だと睨んでいるのだ」

「――え?」

 既にマチスは廃嫡された身である。なのに、伯爵の命令もなく、敵対状態のまま支えようとするのはどういう事なのか。ルザには見当がつかない。

 困惑するルザに、補佐役は苦く笑う。

「おかしな事を言うと思うておろう。もっともな話だ。
 ……当主様は、あれで気の毒な方でな、爵位を継がれる前から連れ添っていた奥方様を若くして亡くし、子息――マチス様は国に敵対し、レナ様の行方は知れず、今やご家族は誰も身近にはいらっしゃらない。その上、この情勢だ。どうなるとも言えぬ。
 当主様に影響なく戦が終われば良いが、おそらくはそうなるまい。マチス様と完全に敵対しているとあれば尚更だ。当主様はあのご気性だから、もう誰の言葉にも耳を貸さぬだろう」

「それで、あの方に……?」

「我らの介入で左右されるとは思わぬし、それは不遜だ。ただ、悲しみが多く生じそうなこの戦で、単に座していたくはないのだ。

 政治的な動きが目的ではないが、やってくれるか?」

 支えろというが、そうした方向に持っていくのは困難なように思える。特に相手があのマチスだ。思う通りにはいかないだろう。

 少しの間考え、ルザは言葉を発した。

「――命令ではないのですね?」

「ああ、強制ではない」

「では、保留にさせてもらえませんか」

「じっくりと考える時間が欲しいか」

 いえ、とルザは返す。

「あの方が今もわたしを受け入れてくださったら、お応えしてみたいと思います」

 ――翌日。ルザは書簡を託されて、戦線の向こうにある同盟軍の陣地へと向かった。





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