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 九月といえど、マケドニアは夏の盛りから遠ざかっていない。山多く、熱帯の植物も珍しくないこの国では、秋に至るにはいましばらくの時間が必要だった。

 しかし、王都を離れて険しい山道の旅を幾日か続け、なだらかな台地に出ると訪れた旅人を涼やかな風が出迎える。

 海抜が高く、避暑地としては垂涎の地域だが、ここの領主は不便さを理由に貴族はおろか王族にも土地を貸し出そうとはしない。かろうじて療養院を認めているのが、元は僧侶だったという領主の性格を表している。

 王都から徒歩で十日、馬車では狭い山道を抜けられないため二週間かかる。だが、馬があれば――この国特産の飛竜や天馬は軍用目的外では滅多に使えない――四、五日で着けた。

 それでも山道の踏破は人馬ともに過酷なものである。地理の勝手を踏まえて小川をみつけると、同じ流れに人は器で水を汲み、馬はそのまま鼻面を突っ込んだ。

 水を飲んで一心地つき馬の汗を拭き終わると、ルザは旅用の頭巾を脱いでその場に倒れ込んだ。

「あー……気持ちいい」

 それきり、しばらくの間は涼やかな空気を吸うのに専念して、疲れた体を休ませていた。

 この地に足を踏み入れるのは、一年と三ヶ月ぶりになる。

 謹慎生活をしていたマチスの監督役を解かれてから、王都の屋敷を中心に警備や護衛などの役目を仰せつかう日々を過ごしていた。

 休暇の時期にさえも王都を離れなかったルザを執事が見兼ねたらしく、先日、急に休みの辞令が下った。

 出発したその日は仕方なく生家で二、三日邪魔者をしていようかと思っていたが、気づけば以前勤めていたこの高地へ足が向いていた。この寄り道だけで故郷での滞在時間がだいぶ短くなってしまったが、後悔はない。

 馬と自分が充分に休んだと判断すると、ルザは馬を引いて歩き始めた。目指すは伯爵家の屋敷だが、あくまでも外から眺めるだけのつもりでいた。

 この土地は王都から離れていて、のどかなものだった。

 時流などとは無縁の世界で、よくもまあ退屈しなかったものだとは思う。けれど、その要因には常にマチスの存在があった。

 門から一歩も出れない、贅沢品も持ち込まないというのに使用人に当たり散らしたりせず、むしろその空間に合わせて馴染ませているようなところがあった。時々、突拍子もないことをして人を困惑させたりしたが、それが却って屋敷の人々を和ませてもいた。だから、あの屋敷の中では妙に人気があったと記憶している。

 そんな人だったのに、今ではマケドニアに反旗を翻して伯爵家との糸が断たれている。軍隊に召喚された時点で色々と諦めなければならなかったが、それは今最悪の流れになっていた。以前のように普通に顔を合わせることは、もうないだろう。

「おや、ルザ殿ではありませんか」

 あぜ道の向かいから台車を引いた男がやってきていた。

 ルザは丁寧に頭を下げた。

「お久しぶりです」

「いやいや、やめてくれませんか。使用人のあたしに、騎士様が頭を下げちゃいけない」

 男は高地の屋敷に勤めている者だった。

「今日はどうしたんですか。王都にいらっしゃると聞きましたけども」

「休みをもらったんですよ。欲しいと言ったわけではないのですが、なかなか休まないので却って家の方を心配されてしまいまして。それで、久々に帰る途中なんです」

「じゃあ、この辺りなんですかい」

 ええ、と小さく頷いたが決して近所ではない。下手に詮索されたくなくて、すぐに話題を切り替えた。

「そちらは変わりありませんか」

「片田舎ですからねぇ。のどかなもんですよ。あの人がいなくなってからは寂しくなったもんですが。

 ところで、あたしには信じられないんですがね。本当に、あの人がマケドニアを裏切ったんですかい?」

「残念ながら、本当のことです。実感が湧かないのも無理のないことでしょうが……」

 男の口ぶりから、王女ミネルバの事を言うのは避けておいた。王都の風聞がこの田舎に届くのも、非常に時間がかかるのだ。

「じゃあ、伯爵様はえらく怒っていらっしゃったでしょ」

「ええ。討伐宣言を陛下の前でなさったそうです」

「……なんか、辛いですなぁ。最後まで残っていたご家族だというのに。

 あぁ、長くお留めして申し訳ねぇです。どうぞ、先をお急ぎください」

 男がしきりに頭を下げるのに応えて、ルザは再び歩き始めた。が、少し進んだところで振り返って、台車を引く後ろ姿を見送る。

 ルザは安堵の息をついた。

 もう少し彼と話していたら、口をついて出てしまうところだった。マチスが敵として目の前に現れた時の事を。

 直に仕える主人はバセック伯爵である。命令が下れば相手が誰であろうとも戦うだけだ。だが、それをさっきの使用人に言うのは抵抗があった。そこまで話が及ばなくて本当に良かったと思う。

 再び歩き始め、やがてあの屋敷が見えてきた。元は伯爵家の別荘だから、主のいない今は門が開かれていて、厳重な見張りの姿はない。鄙びた土地に野の風景ごと溶け込んでいる風情があった。

 多少雰囲気が変わったとはいえ、建物を見ただけで思い出されることは数多い。懐かしく、嫌いではない光景だった。

「やっぱり、わたしは戦いたくないんだろうな……」

 困ったものだとルザは自分にため息をつき、館に背を向けた。



(BRAND:end)





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