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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(7) 「00Muse」
(2004年12月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
7
604.09-10
[NOLDA]



(0)


 暁闇より半時がたった。

 街路に敷き詰められた石畳に陽が差し、ノルダの町がゆるやかに目覚め始める。

 夜ごとの猥雑な喧騒を朝日と初秋の風が洗い流し、パンの焼きあがる匂いがあちこちから漂ってきた。農村部と比べて随分と遅い朝の目覚めだが、夜の顔を持つ都市とは概してそんなものだ。

 そんな中、民家の前で別れを惜しむ一組の男女の姿があった。

「気をつけてね、ジェイク。お城の女の子に見とれて、戦車の器具に指挟んだりなんかしないでよ」

「大丈夫だって、アンナ。あんな事そう何度もやらないさ。それよりも、今度帰る時は鶏の丸焼きを用意して待っててくれよ」

 軽口を交わしながら指で小突き合っている様は、妙に微笑ましい。独り身寂しい人間には殺意を抱かせる光景だったかもしれないが。

「今は主力がレフカンディに行ってるから、小うるさい上官がいなくて楽ってもんだよ。心配しないで来月帰ってくるのを待っててくれよ。じゃあな」

 グルニア軍戦車兵の軍服を身につけたジェイクが、手を振りながらアンナから離れていった。町の宿舎に帰っていくのだ。

 ジェイクの姿が見えなくなるまで手を振っていたアンナは、恋人の見送りを終えると力なく手を下ろした。

「……行っちゃった。何度やってもこう、切ないものね」

 涼やかな、しかし寂しい風が吹いてアンナのスカートをエプロンごと揺らしていく。『朝方は冷えてきたな』などと言うのを聞きつつ、ジェイクの食事の用意をしたのはついさっきの事なのに、もうずっと昔の事のような気がした。

「そう思うにしちゃ、ずいぶん淡白なお別れじゃあないかい?」

 突然振ってきたダミ声の出所を見上げると、隣家二階の窓から中年女が顔を出していた。

「やだ、見てたの?」

「折角なんだから、ちゅーのひとつでもして送り出してやりゃいいんだよ。男ってのは寂しがり屋なんだから、甘えさせてやらないと」

 勝手な恋愛自論を展開する隣人に、アンナはおあいにくさま、と片目を瞑った。

「そういうのは昨日のうちに全部済ませてあるの。さみしいのはおばさんの方でしょ?」

「野次馬はあたしだけじゃないさ。ほら、見てみ」

 促されるがままにアンナが辺りを伺ってみると、確かにいた。

 家と家の間だの、木の影だの、隠れられそうな所を見てみると、ご近所や顔なじみの親父さん連中が、実は隠れる気がないのではないかと思えるようなバレバレぶりで潜んでいた。

「みんなして朝っぱらから何やってるのよっ!」

 アンナが叱りつけても、親父さん達は笑いながら物影から出てくるだけで反省の色など一切見せない。どころか、口出ししてきた。

「そりゃこっちの科白だよ、アンナちゃん。せっかく朝から出張ってるんだから、ぎゅーっと熱い抱擁するところくらい見せてくれなきゃ。あ、いやその前にこう、ぶちゅーっと……」

「他人の事で、勝手に妄想しないでちょうだいっ!」

 顔を赤らめたアンナの手首が翻り、エプロンの一撃がぶ厚い唇を突き出していた中年男の頭に決まった。得物は貧弱だが意外にも手首の返しが鋭い。それにしても、いつの間にエプロンを外したのだろうか。

「そんな照れなくてもいいじゃねぇか。せっかく恋の教授をしてやってんだから」

 こめかみの辺りをさすりながら親父さんが苦笑する。だが、アンナの目つきにはまだ険が残っていた。

「そういうのは奥さんとやってから言ってちょうだいね。お熱〜いところなんか、しばらく見させてもらってないんだから」

「勘弁してくれよ、あの嬶ぁ相手に今更できるか」

「昔はやってたんでしょ。だったら簡単じゃない」

 アンナは手早くエプロンを身につけて、颯爽と自分の家へと向かう。戸に手をかける前に振り返った。

「みんなもここで油売ってないで、荒くれ連中に見つかる前に帰っちゃいなさいよ」

 無情に言い捨てて家の中に入り、閂をかけた。が、肩を少しすくめたその顔を見れば、小さく舌を出している。

 もちろん、本音で意地悪く言ったのではない。ちょっとやり返しただけだ。おそらく、ご近所さんもわかっているだろう。

 こんなにもふたりの仲が周囲に認められているのはもちろん嬉しい。だが、申し訳なく思う気持ちもあった。

 どう言い繕おうとジェイクはドルーアの同盟国グルニアの兵士で、アカネイアの荒廃にわずかながらにでも関わっているのである。もちろん、ノルダの現状にも。

 今のノルダは、昼間であっても女だけでは出歩けない。グルニア軍があまり関心を寄せないのをいいことに、山賊や軍隊くずれのならず者が表通りを堂々と闊歩しているのである。若い女が連れもなく出歩くのは狙ってくれと言っているようなものだった。

 アカネイアがドルーアに負けて、そう長い年月が経ったわけではない。まだ二年だ。町の人々が戦争前の平和と繁栄に想いを馳せ、ドルーアやグルニアの軍隊を憎らしく思うのはむしろ当然だった。 

 だが、過去に捉われていては今を生きるのも辛い――ここの人達はそう思ったのだろう。ジェイクは、アンナや彼女に縁のある人にはできるだけの事をしてくれていた。惚れた弱みも手伝っているのだろうが、彼は結構優しかったのだ。もっとも、女の子が頼みに行かないといけない時が多かったが。

 ジェイクが城の守りに戻ってしまうと、しばらくは暇な時が続く。

 外出できるかどうかという事より、言いようのない不安のせいで時間が長く感じられるからかもしれない。

 アカネイア奪回を旗印に掲げた同盟軍の噂は、アンナの耳にも入ってきている。破竹の勢いで勝ち続けていただの、一進一退の攻防を繰り広げているだの、と。

 同盟軍がパレスに至ることがあれば、もちろん戦いになる。その時にジェイクがまだアカネイアに留まっていたら、同盟軍と戦う命令が下されるに違いない。

 今すぐの話ではない。しかし、いつかの話になる可能性はある。

 この心配事がずっとつきまとうのも気が重いが、悪い形で解決してしまうのもそれはそれで悲しかった。

 ついつい、隣人の口癖が出てしまう。

「戦争っていやね……」

 ――だが、アンナの心配事は一月後の十月に的中することになる。





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