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「00Muse」 0-2






 十月初旬。

 町の最南端にある奴隷市場を見て、男は深くため息をついた。

 情報は確かだろうが、栄光あるアカネイアの騎士がこんな所に足を踏み入れなければならないとは、嘆かわしい事この上ない。任務でなければ絶対に近づきたくない場所だった。

 旅装の彼に、妙にこざっぱりとした男が近づいてくる。

「旦那、奴隷はいかがです? 売れ残りの汚ねぇガキばかりですが、洗えば多少マシになりますぜ。こちらの趣味もあれば……ふへへ」

 服装に反して、卑しい口調だった。服がきれいなのは金に飽かせて毎日違うものを着ているからだろう。

 騎士は怒りを抑えて男に尋ねた。

「お前のところはどれくらい抱えている?」

「そうですな……二、三十ってところで」

「他の所に子供の奴隷はいるのか?」

「いんや、あんなのは束で売っちまわないと金になりませんから、全部集めちまいました」

「……」

 そんな所に大司祭の娘が紛れ込んでいるとは到底信じられないし、信じたくもなかったが真偽は確かめなくてはならない。

「お前の商品を見せてもらおうか」

「へい、ではこちらに」

 男に案内された『売り場』では、上は十三、四歳、下に至っては五歳くらいの子供が、手かせと足首のかせから伸びる重りをつけて座らされていた。皆、例外なく泥や埃で汚れている。

 体臭なのか、汚れのせいなのか元々いいとは言えない空気が、更に悪化している。戦場の臭いもひどいものだが、今は変に正気を保っている分、まともに当たってくる。

 めまいを催すのを堪えて、騎士は男に言い放った。

「あとでこれを渡す。ひとりで見させてくれないか」

 彼が男に見せたのはアカネイア銀硬貨だった。一般に出回っている銀貨よりも銀の割合が高く、三百年ほど前にアカネイアで流通していた物だ。銀貨の銀含有率を見直した時に回収されて現在は使われていないが、後ろ暗い世界の人間には賄賂として歓迎されている。もっとも、彼には何故そうなるのかがよくわからないのだが。

 と、銀貨に反応したのか男の目がわずかに光った。

「お、これは珍しい物をお持ちでないですか」

 手に取ろうとする男の目の前で、彼はすいと手を挙げて躱した。

「終わった後だと言っただろうが」

「へいへい…………好き者とは思ったけど、いやあ、あたしの目に狂いはなかった」

 じゃ、ごゆっくり。そう言って男は離れていった。

 奴隷の品定めをする場合、ある程度までは体に触っていいことになっている。これは女子供でも変わらない。だから、商人の前で堂々と触ってもいいのだが、外面を気にする客はその行為を他者に見られるのを嫌がり、金を払ってひとりきりにさせてもらう。その大半は、自分の目と手で品物を選びたがる身分の高い好事家だった。

 騎士は奴隷市場での事情など知らず、この事を聞いた時は非常に驚いて、自分がそんな風に思われる役をしなくてはならない事に強く抗議した。が、これが大司祭の娘を捜すのに一番いい方法だと言い聞かされて、結局はこの方法を実践したのだった。

 奴隷の子供達と対面してみると、やはりというか一目でそれとわかる子供はいない。背丈は十四歳にしては低めということがわかっているから、まずはそこから探るしかなかった。

 未来の行く末に期待を持てない子供達をどうにか宥めて、ひとりひとりの間を廻る。これはと思った子供には男女問わず立ち上がらせて、背丈を確かめた。その際に、袖口につけた紋章が子供の視線に入るように手を動かした。大司祭家の従者を証明する紋章だった。

 やがて、彼は細身の少年を見い出した。紋章に対して、他のどの子供とも違う反応を見せた子供だ。

 名前を訊くと、逡巡を見せながらも掌に綴りを書いてみせた。紛うことなき女性名――リンダであった。

 彼は商人を呼び、少年の代価と先程の銀貨を渡した。商人はひとりしか買わなかったことに軽く不満をもらしてきたものの、性的愛好のために買ったのだと思い込んでいるのか、しつこく引きとめはしなかった。

 足かせを外し、手かせに縄をつけて――これも、教授された「奴隷の連れ歩き方」だった――少年ことリンダを連れ、彼は奴隷市場からさほど離れていない家屋へと向かった。これは、発見が叶った場合の手筈通りの行動だったのだ。

 薄暗い屋内に誰もいないのを確かめて、彼はリンダにつけられているかせを急いで外す。

「救出が遅れて、申し訳ありませんでした」

「いいえ……。わたしも隠れ潜んでいて捕まったのだから仕方ありません。助け出してくれたことに、感謝します」

 かせを外しながら謝る彼に、リンダは微笑みを返してきた。だが、これまでの疲労があってかどこか力ない。汚れた顔や手足を渡された布で拭く動作も、どこかのろのろとしていた。

 それでも、水も得て一息つくと顔を上げて騎士に問いかけてきた。

「それで、これからはどうするのですか」

「今はまだ潜むことになります。ガーネフやドルーアの手の者が、まだこの辺りにいないとも限らないでしょうから。ですが、ニーナ様の軍隊がもうすぐ来ます」

「同盟軍が来るのですか!?」

 リンダの顔には驚きと輝きが宿っていた。

 九月中にレフカンディで足止めされていたと思われていた同盟軍は、その一方でアカネイアの解放・パレス奪還に向けて動き続けていたのである。リンダが予想外の表情を見せたのは、ずっと先の事だと思っていたせいだろう。

 騎士は堂々と頷いた。

「ですから、その時に彼らに合流しましょう。もう隠れることはありません。聞いた話ではニーナ様も同行して来られるそうです」

「……」

 途端に、リンダは表情を失って俯いてしまった。

「リンダ様?」

「わたしは……今のままではニーナ様にまみえることができません。オーラの魔道書を手放してしまったのですから……」

「心配ありません。光の魔道書はここにあります」

 そう言って騎士が荷物の中から出した重厚な装丁の本の表紙には、光を抽象的に表した意匠が施されていた。

「お父様からの魔道書……無事だったのですか!」

「はい、どうにか見つけ出せました。リンダ様が機転を利かせて、隠しておいてくれたおかげです」

 どうぞ、と差し出されたオーラの魔道書を受け取って、リンダはその表紙に右手をそっと押し当てた。

 魔道書の表紙――即ち物質ではあるが、彼女にはそこから温もりを感じることができた。父・大司祭ミロアの形見の品であり、後継を認められた光の魔道の媒体でもある。

 この魔道書はあまりにも威力が強いため、現在の主君であるアカネイア王女ニーナから許しを得るまで発動させてはならないと父からきつく言われていた。封印を施しているわけではないから使おうと思えば不可能ではないが、そのつもりはない。最強を謳われる魔道の媒体とはいえ、リンダにとって今や失われた人との繋がりであり、心を満たす品物だった。

 絆の強い品との再会を心置きなく味わうと、そこでようやくリンダは彼の素性に憶えがない事を思い出した。

「そういえば、あの紋章をつけていましたけど、あなたは……?」

「私はリンダ様の家とは縁なき者ですが、アカネイア騎士です。お家の紋章を借用してしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 たとえどんな目的であれ、仕えてもいない他家の紋章を行使することは好ましくないとされ、騙したと言われても文句は言えない。たとえ奴隷の身から救い出してくれた恩人であっても、それとこれとは別問題だと切り捨てられてもおかしくなかった。

 だが、リンダは強く首を振った。

「でも、わたしを捜すためにそうしてくれたのでしょう? わたしの事を思って助け出してくれたのですから、どうか気にしないでください」

 ふたりはしばらく休憩を取って、それからアカネイア残党の騎士達が集う家に向うために隠れていた家から出た。

 ノルダの治安が悪いとはいうものの、何も後ろめたいことがなければ、旅人と少年(服はさすがに替えたが、正体がばれることは警戒し続けていた)の取り合わせでも堂々と表通りを歩くことはできたのだ。しかし、隠れている自覚があるために、移動もこそこそしたものになってしまう。

 そして、そうした行動は逆に目立つ結果になった。裏道を通っている時にノルダの荒くれ者に出くわしてしまったのである。やり過ごす方法を模索する暇もなく難癖をつけられ、ふたりの持っている物を全て出して置いていけと要求されたのだった。

 もちろん、男達の言う事に従うわけにはいかない。リンダの持つ魔道書を始め、奪われてはならない物が彼らには多すぎた。

 騎士がリンダの方を見やった。

「わたしが彼らを倒しますから、リンダ様はお逃げください」

「でも、騎士殿」

 言い出した途端に、騎士は外套を跳ね上げ剣を抜いていた。

 二歩踏み出すと、剣筋鮮やかに一人目を倒してみせた。だが、二人目に斬りつける前に同時に三人にかかられて、騎士はあっという間に叩き伏せられてしまった。

 リンダはまだその場に残っていた。逃げる隙はあったかもしれないが、全く動けなかったのである。

 立ち尽くしているリンダに、手の空いた仲間がゆっくりと迫ってくる。それをぼんやりと見ながら、リンダはあるものの像を脳裏から現実の光景に転移させた。――光の精霊だった。

 いけない、と思いはしたものの、もう止めることはできなかった。

 長い詠唱文が凄まじい速さでリンダの脳内に展開し、傍目には数語にしか見えない呟きへと変換させていた。懐に抱えていた魔道書を両手に持ち、眼前の風景に照準を合わせる。

 リンダの全身が淡い光を纏い、細い光の帯が螺旋を描いて彼女を下から上へと包み込む。

 何が起こったのかと驚く男達に構わずに彼女は右手をゆるやかに挙げて、それから螺旋の帯を勢い良く前方に飛ばした。

 閃光の乱舞が目に止まらぬ速さで駆け巡り、起き上がっていた者全てに熱と衝撃が炸裂する。

 対象を絞らず立ち塞がる全てのものを狙ったため、連中を昏倒させるに留まったが、役割としては充分だった。

 ふっとリンダは我に返り、目の前の光景と己が手を交互に見つめた。

「使って、しまった……?」

 オーラの魔道を発動させる絶対条件はリンダの意思であり、最終的な「鍵」の役割を持っていると言っていい。アカネイア王女ニーナの許しを得ることなくオーラを発動すれば、責任の全てはリンダに帰すのだった。

 しかし、昏倒して呻いている男達を見ていると、悔やむ暇などなく生き延びるために逃げなければならない。感傷に流されていては、王女に謝罪の言葉を発し罰を受ける事すらできない。

 自分の過ちに対する感情を強引に振り払い、リンダは未だ起き上がらない騎士の方を見た。

 もしや誤って魔道が当たってしまったのだろうかと訝ったが、彼の背に突き立つ剣が状況を証明していた。血を吐き出し、ぴくりとも動かぬ様は生死の確認など必要としていない。

 最初から殺すつもりでいたのか、あるいは成り行きでそうなったのか……どちらにせよ、リンダがオーラを放っている間に騎士は絶命していたのだ。

 今度は頭の中には何も浮かばず、左手だけが動いた。

 手順を全て終えると、光の大魔道・オーラは再び炸裂していた。

 出来立ての死体を一顧だにせず、少年の恰好をした少女はぶ厚い魔道書を手にその場を去った。もし彼女の顔を観察し続けていられたなら、徐々に感情の波が消えていったのがわかったことだろう。


***


 今の一件でオーラの魔道による五人の死亡者が出たが、これはまだ始まりに過ぎなかったのである。





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