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「INSTORE」2-1




(2)


 アカネイア歴六〇三年六月上旬、バセック伯爵領の屋敷に早馬がやってきた。

 乗っているのは、四月の半ばに交代を命じられて王都に戻っていたルザである。

 伯爵の名で先触れを出していたため、中に入るのは容易にできた。馬を降りて人に預けると、埃をろくに落とさないまま、敷地内を走る。

 まず居室を訪れたが、目的の人はいない。そこでピンと閃いて使われていない土地の一帯へ行くも、耕されはしたが果てるがのみとなっている畑の跡があるだけだった。

 いっそのこと人に訊こうとかと思ったが、やはりそれは避けた方がいいと決め、再び走り出した。

 思い当たるところをいくつか回るが、それでも空振りに終わる。

 だったらと半分自棄になって可能性の低いところを当たろうと決めた。

 その最初、蔵書が二千を超えるであろう、中央棟の書斎にその人はいた。

 ルザは扉を開けたまま入口でへたりこむ。

「……やっと、つかまった……」

「? すごい恰好だな。飛ばしてきたの?」

 本を読むでもなく、実に暇そうに座っていたマチスが椅子から離れて、ルザの前にしゃがみこんだ。

 問われたルザは、伏せた姿勢から恨めしそうに睨みつける。

「よりによって、どうしてこんな所にいるんです」

「ここにいろってうるさく言われたから。嫌だって言ったら、王都に帰らせてやろうかって脅してくるし」

 けろりと返されて、ルザはますます落ち込んだ。

「そうですよね、あんたはそういう人だ……」

 今さら思い知ることでもないのだろうが、ルザには結構なダメージである。が、どうにか立ち直った。

「いや、そんなことを言っている場合じゃなかった。大変なことになりましたよ」

 言いながら、扉の枠を使って上半身だけは起き上がる。

「レナ様が行方不明になりました」

「……は?」

「もう一度言ってほしいですか」

 ざあとらしい念押しだった。

 マチスはそれどころではなく、言われたことを呆然と反復する。

「行方不明……って」

「そのままです。王都の屋敷の中にいたのですが、いつのまにか姿を消していました。レナ様が一人で抜け出すのは不可能でしょうから、誘拐されたものと見られています」

「……」

「それだけではありません。誘拐と仮に決めましたが、その嫌疑があなたにかかりました」

 た、と聞き終えたところでマチスの頭の中が真っ白になった。

 わけがわからず盛んにまばたきをする。

「は?」

「先々月でしたか、レナ様とお会いした時、陛下と結婚したくないのなら、しなければいいとほのめかしたそうですね」

「……そんな」ことは言ってない――そう続けようとしたが、言葉がうまく繋がらなかった。

「誘拐と決められましたが、レナ様は一人の侍女に書き置きを残しておられました。詳しくは避けますが、その中に一人の助言で思いきりがついたとあったのです。レナ様に接触した人間の中で、そんな事を言うのはあなただけなんですよ」

「ちょっと待てよ、そんな」

「――というのが、表向きです」

 フェイントをかけられて、マチスはこけそうになった。

「何だよ、それ!」

「正直なところ、誰がほのめかしたとか、連れ去ったとかはどうでもいいのです。ですが、レナ様は実際に姿を消してしまわれました。その責任は伯爵家にあります。誰かが、その責を負う必要があるというわけです」

「……どうして、それでおれが出てくるんだよ」

「伯爵様はマケドニアでも数少ない魔道の軍を率いておられますから、これに影響を及ぼすのはまずいと陛下は判断されたようですね。だとしたら、その次に来るのはあなたなんですよ」

 滅茶苦茶だ。マチスはそう思ったが、こういった場合に父の次に息子が位置されるのは普通のことである。

 マチスは本当に苦しそうに苦笑しながら、肩をすくめた。

「でも、こう言っちゃ何だけど、おれじゃあ役不足なんじゃねぇの?」

 この発言には、ちょっとした期待が込められている。

 が、だいたいこういう期待は砕かれると相場は決まっていた。

「普段から王家に誤解される感情を持っていたのが災いしたんでしょうね、目障りなもの排除できるのだったら、少しはしこりも残るだろうが妥協しよう、との陛下の使者からの言葉でした」

「…………そこまで言うか」

「ともかく、お別れですね。騎馬騎士団に入団して、即席にでも使えるようになったら、いの一番に戦場に送り込まれるそうです」

 言うべきことは言った、とばかりにルザは立ち上がった。

「これだけで澄むのなら寛大な処置と考えるべきですね」

「ちょ、ちょっと待てよ、騎馬騎士団って」

 追って立ち上がり、問いただそうとしたマチスだが、ルザが被せてきた。

「こういう時の処断の対象になったのは、正しくあなたの自業自得です。もっとも、この時ばかりは伯爵家の役に立てたと思うべきでしょう」

 痛烈な皮肉だった。

「でも、わたし個人としては残念ですよ。もし本当に――」

 ルザが最後まで言う前に、開いたままの扉の向こうに今の監視役がやってきた。

 彼は、騎馬騎士団からの迎えを告げに来たのだった。



(INSTORE:end)





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