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「INSTORE」1-3






 非常に申し訳ないが、準備に時間がかかるので暫くお待ちいただくことになる、とルザから言われたレナとアイルは別に思うところもなく、これを了承した。

 思うところがない、というのは悪意にとらなかっただけの話である。

 応接の間に通されている時に、アイルが冗談のつもりでこう言った。

「まさか、寝ていたわけじゃないだろう?」

「はは、まさか。もっと悪いことですよ」

 さらりと返してきたルザに、アイルはどうとも言えない顔をし、レナはきょとんとした。

 屋敷と一口に言っても、現在主に使われているのは住人のいる中央棟と、雑務をするようにできている西棟だけで、伯爵の持ち物が多く保存されている東棟は、掃除する者が出入りするのみとなっている。

「きっとレナ殿を見たら驚きますよ。会うのは久しぶりでしょう?」

「はい。二年ぶりになります」

 すでにルザの姿はない。応接の間で向かい合わせに座っている。

 湯気の立つ紅茶のカップが、二人の間に二つあった。

「あの、ここには頻繁に行っているのですか」

「だいたい二月は空けないように心がけていますね。あらかじめ、入れる日を調べておかなくてはいけないのが難ですが、昔からの馴染みが今まで続いてしまっているんですよ」

 最初にレナがマチスの事を訊いた時には伝聞調だったが、そこは一応出入り禁止の建前があったかららしい。

 ここに入ってから、アイルの声音が明るい。普段の顔が少し見えたような気がした。

「アイル様にとって、兄は本当に楽しい人なのですね」

「えぇ、あれさえなければ本当にいい従兄弟なのですが」

「……どういうことですか?」

「油断ならない人でもあるのですよ」

 口は緩やかに下向きの弓を描いていたが、纏う空気は不穏である。

「あまりいい事ではないのですが、王家に対して敬意を持っていません。敵意とまではいきませんが、醒めたように観察するような節があります。特に今の戦争のことは良く思っていません。大丈夫とは思いますが、くれぐれもそのことは耳に入れないようにお願いします」

 そういわれて、レナの心の中の黒いもやが一層強まった。

 しかしその源はまだ見えない。

 それは隠しておいて頷いた。

「わかりました」

「それと、ここは情報封鎖をされていますから、おそらく結婚のことは知らないと思います。黙っておくのもいいのですが、慶事を伏せておくのもおかしなことですし……いや、だからこそ言わない方がいいのか……」

 最後の方は考え込むような風になっている。

 レナはこの成り行きに、少し興味があった。

 というより、身内にこの結婚のことについて否定的に言う人がいるかもしれないという事実に、と言う方が正しいのかもしれない。ひいては、王家に対して普通の感情を持たないマチスに対してということになる。

 国王ミシェイル(これは国内のみの尊称で、前国王の暗殺の疑惑が晴れていないために認めない者もいる。聖アカネイア寄りの国は同じ理由で戴冠式そのものを否定していた)がレナに気があるようだと言われてから、彼女の王都での周囲の態度は不気味なくらいに一変した。普通の修道院で生活するレナのことをあまりいいように見ていなかった貴族達が、やたらと近づいてくるようになり、そのあまりの媚びようにたまらなくなって予定を早めて修道院に逃げ帰ったくらいだった。

 そんな(身分は貴族とはいえ)たかが田舎の修道女が妃候補として指名された事について、誰も追及しない。国王は自分の理を曲げられるのをひどく嫌うから、レナに対抗しようという女性もあおらず、貴族の多くはひたすら取り入ろうとするばかりだった。

 このまま進めば使者の礼に応えて、数ヵ月後には結婚式が執り行われることになる(もっとも、戦時中ではあるから、戦況によっては延びる可能性はあるが)。

 レナは伯爵に赦されて王都から離れた修道院で生活していた。直接人々の力になりたいと願ったからだった。しかし、貴族の女性は親の望む結婚をする義務がある。

 わかってはいるが、それでは今までしてきたことな何だったのだろうと思えてくる。

 ……これが、あのもやの正体だろうか。レナは心の中でそう呟いた。

 ややあって、アイルがため息をつく。

「……仕方ない、どうせいずれは耳に入るでしょうし、聞いたからといって、ここからではどうなるものでもないでしょう。少しは文句を言ってくるでしょうが、聞き流してください」

 諦めというか。少しの好感情が勝ったというか。出した結論に対しては、レナは頷くだけに留めた。

 廊下の方から騒がしい声が聞こえてくる。

 やっぱり水だと風邪をひくだの、何とかはひかないから大丈夫だの、おおよそ場に合わないことだった。

 ルザと、聞いた覚えのある声である。

「やはり、環境なんですねぇ……」

 アイルがしみじみとレナを見て言う。

 血が繋がっていても、似ないものは似ないのだなとでも言いたかったらしい。

 レナは別の感想を持っていた。この騒がしくも肩の力を抜ける感じは、彼女の記憶とあまり一致しない。

 二年前に会ったのは、どうしても訊きたいことがあったからだった。――それは家を出ようとした、結果(魔道を放棄したなど)ではなく経緯としての理由。だが、はっきりとした答えをもらうことはできなかった。それはわかってほしくないものだからだと。しかし、目は一度も逸らさなかった。

 わずか数回会った中で、それが一番印象に残っている。

 その時は真剣な話だったし、比べるのがおかしいのかもしれないが、ギャップがあった。そういえば、アイルは『面白い人』といっていたような気がする。いつもはこういう人なのかもしれない。

 レナの中での整理がつくかつかないかというタイミングでノックの音が聞こえ、ルザが現れた。

「申し訳ありません、お待たせしました」

「割と早かったよ。何があったか知らないけれど」

 アイルが立ち上がったのに反応し、レナも席から立った。

 ルザが微苦笑をしながら、後ろにいるマチスに道を譲る。

 外見そのものは、二年前とほとんど変わっていない。

 ただ、今は刈り込んだ赤毛に水気がある。

 同じ所に気づいたアイルが、社交辞令をすっ飛ばして茶化してきた。

「昼間から沐浴なんて、貴族らしい生活を送ってるじゃないか」

「冗談言うなよ、誰が好きで四月に水浴びなんかするもんか」

 やり込めるのも、愚痴のように言い返すのも通例らしい。

 二人が遠慮なく言っているのは歳が近いのも原因のようだった。アイルの年齢はわからないが、マチスはレナと六つ違いの二十一。

 風格とかそういったところに差はあるものの、友達のようにさえ見える。実際それに近しいつきあいなのだろう。

 ひとしきり応酬を終えると、アイルがレナを見やった。

 それに応えてアイルの横に出て、挨拶をする。

「お久しゅうございます、ご無沙汰していました」

「……こっちこそ」

 マチスは砕いた言葉でマイペースに行こうとしていたようだが、少し遠慮がちだった。

 それでも、一応挨拶が終わったことで改めて席に着く。

 レナとアイルは今まで通りに向かい合わせになり(レナが部屋に入って左の、アイルが右の長椅子の中央に座った)、マチスは近くに置いておいた椅子を引き寄せて、レナから見てテーブルの右辺につく。

 ルザはマチスの分の紅茶を用意するのかと思われたが、そうはせずに丁重にドアを閉めて姿を消しただけだった。

 レナは不思議に思ったが、二人が何も言わないということは、これもここでは普通の事なのだと知れた。

 少し眉根を寄せたマチスが、アイルに訊いてきた。

「今更言っても仕方ないけどさ、連れて来てよかったのか?」

「いいと思ったからそうしたんじゃないか。親心じゃないけど、そっちの家は親子にしろ兄妹にしろ会わなすぎる。レナ殿が嫌がったならともかく、会ってやってもいいと言ってくれたんだ。どうでもいい文句を垂れるな」

 始めは思いつきだったくせに、まるで普段から心を痛めていたかのような語りぶりである。言わぬが花というやつか。

「それに、もう二度と会えなくなるだろうし」

 アイルは意図して言葉をそこで止めた。

「二度と?」

「おそらくはな。レナ殿は結婚するんだ、もうここに来ることもないだろう」

 その言葉は最後まではマチスに届いていなかった。

 信じられないという顔でレナとアイルを交互に見る。

 何だか、レナとアイルが結婚するかのように見ていると言えなくもない。

「ちょっと待て、勘違いするな」

「誰が何を勘違いするんだよ」

「レナ殿と結婚するのは、僕じゃないからな」

「だから、そんな基本的なボケはやらねぇって」

 ちなみに、それだったら『殿』をつけずに、別の呼び方をするはずである。

「紛らわしいことをするなよ……」

「そっちこそ勘違いすんなよ。ただ、よく結婚なんてさせられるなって思っただけなんだから」

 父伯爵は、色々と条件はつけたものの(その中には結婚に関したものはなかった)田舎の修道院での生活を許したのである。

 マチスは何を今更そんな事を言い出すんだと言いたいのだ。

「別に、伯父上は命令として結婚しろと言ってきたわけではないぞ。求婚されたのを受けただけだ」

「……求婚?」

 思わずマチスは目を見開いた。それから、ちらとレナを見やって、

「でも、無理ないなぁ……」

唸りながら納得していた。

 一方のレナはどこがどう『無理ない』のかがよくわからない。

 しかし、割って入れるような雰囲気ではなかった。

「で、誰がそんな事やったんだ?」

「陛下だ」

 アイルは目までも笑ったパーフェクトの笑顔を返してきた。

「冗談だろ?」

「こんな喜ばしい事に冗談を言えるものか」

「――喜ばしいって、誰にとって?」

 この質問は、聞いていただけのレナの心に鋭く突き刺さった。

 ……おそらく、一番喜ぶのは伯爵家の親族だ。でも、その中に当人たるレナは含まれていない。

 好きで結婚するわけではないのだから。そう在りたいと願った形を捨てるのだから、喜べるわけがない。

「わかってないな、陛下の結婚だぞ」

「そんなの、誰も断れるわけがないじゃない。命令と同じだろ」

「よく、断るなどと言えるな。しようと思うのが間違いだ」

 一気に空気が険悪にあった。と、アイルが憤然として立ち上がる。

「やはり、話したのは間違いだったな。今回ばかりは素直に祝福すると思っていたが。
 レナ殿、行きましょう。早く戻らねば、伯父上ばかりでなく陛下にも迷惑がかかる」

 アイルはそう言うと、怒りのあまりかレナに先を譲るのも忘れ、足早に部屋を出ていった。

 レナは追うように立ち上がりはしたが、マチスに向き直った。

「あの」

「いいよ、行きな。あいつがああいうやつなのわかってるから」

 レナはかぶりを振った。

「お礼が言いたかったんです。ありがとうございました」

「言われるようなことはしれないけどな。……あのさ」

「はい」

「見かけがいいことは自覚した方がいいよ」

 ……せっかくだが、これにはどう転んでも自覚のないレナは、呆然と気のない返事をするしかなかった。





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