サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[6]」 6-1-3







 翌朝、熾火を残しながら周囲の地形を確認しておくことを勧められ、マチスはここを拠点とした行動を視野に入れ始めていた。

 当面の目標は水。食料に関しては、後から追ってくるであろう解放軍の捜索隊を頼る他は、口にできそうなものを見極めていくしかない。今の段階で、もう結構な空腹ではあるのだが、植物もまた簡単に口に入れられないし、仮にできたとしてもそのほとんどは苦い思いをすると見込まなくてはならない。

 野営地に戻って、少しでも暖かいところで寒さに硬くなった体をほぐしていると、痩せた男――当然ながらナバールではあるのだが――が、狩った兎を担いで戻ってきた。

「早速こうした効果があるのなら、善行というのは捨てたものではないのかもしれんな」

 言って、ここでも手際良く兎をきれいに捌き、熾し直した火にかける。

 脂が火に落ちる音や匂いは、これでもかと空腹を刺激してきた。

 あまりにも目の毒だとマチスが離れようとすると、ナバールに引き留められた。

「腹は空いてないのか?」

「そりゃ空いてるけど、もう何も返せねえんだよ」

 山を過ごす上で、ナバールの持っている技術は羨望の的である。マチスは訓練を受けたとはいえ、道具が揃っていたからどうにかできる前提があるのに対して、ナバールの場合は全てを工夫で賄えそうな筋金入りだった。食べ物の事を抜きにしても、これまで見せられてきたことがこの先は一切頼れないというのは落差が大きすぎる。

そういったこともあって、ナバールの為すことはあまり見たくなかったのだ。

 だが、当のナバールは全く気にしない風で、

「だから善行と言っているだろう。うまくいけば、昼のうちには山を出られるかもしれないから、その事も話しておきたい」

 ここに来て風向きが良くなりまくってしまうような申し出だった。

 都合良さ過ぎるくらいのお膳立ては、もうむしろ罠じゃないかとすら思えてくるが、六日も山に入ったまま標的を見つけられない状態というのは、何かの願掛けをしたくなる、というのもわからなくはない。

 とはいえ、どうにも苦笑いをせずにはいられなかった。

「こ〜ゆ〜時の善行ってのは、もっとご利益ありそうな人の方がいいんじゃないか?」

「そう言われても、この山の中ではマケドニア王の親衛隊くらいしか出くわす連中がいない。解放軍の捜索隊はもっと手前の山のようだから、それで他の人間を捜す方が困難というものだ」

 だから喰え、と焼きあがった兎の肉を差し出してくる。

 妙なことになったとは思ったが、あまり機嫌を損ねたくもない。他の諸事情として腹と口と喉が色々と訴えてくるので、マチスは仕方なく差し出された肉を受け取った。

 食事は昨日の朝に摂ったのが最後だったため、もちろんこの肉は極上のご馳走となった。普段の食事からするとごく少量ではあるが、大事に噛みしめて味わう。

 こうして短い食事が終わると、ナバールは手っ取り早い脱出方法として、山頂での狼煙を上げることを勧めてくれた。

 山頂であれば上空の天馬騎士などが気付きやすく、狼煙ほどうってつけのものもない。

 この実に有用な助言だけではなく、ナバールは「善行」の締めとして、火を熾すのに使っていた道具や火口ほくちをマチスに譲ってくれたのである。

「でも、あんたが困るんじゃないか?」

「やらずにいたら、後になって悔やむかもしれん。それで延々と思い出すよりは、やれるだけの事をしてそれで済ませるに限る――そう思っただけだ」

 それで全ての事は為した、とばかりにナバールは短く別れを告げてマチスの前から姿を消した。

 マチスも早々に立ち上がって外套を払い、野営地を後にする。

 全く見知らぬ山ではあったが、普通に下山しようとするのと同様に尾根を目指すのは変わらない。山というのは厄介で、単に下りていけば平地に着けるようにはできておらず、闇雲に行けば下りようのない崖や沢で立ち往生することもある。

 そうしたことを頭に入れながら歩くと、若干力が入らないのを除けば登山の趣があって、それなりに楽しくはあった。脱出の目処がついたのも、気持ちを随分と楽にさせていただろう。

 とりあえずは山頂を目指してナバールの言う方法を試し、手応えがなかったら覚悟を決めて自力に近い下山を挑むつもりだった。

 この山はナバールの話では、ミシェイルが墜落した辺りから三つ四つ奥まった山で、捜索に関してはミシェイルの親衛隊が完全に先行しているという。だが、親衛隊は勢いで行動しているせいで深入りしすぎている傾向が強く、救出の目的を果たせるかどうかは怪しいらしい。

 四日前までの情報とはいえ、墜落の時点でミシェイルが死んでいなかったという話は、ミネルバを始めとする解放軍側のマケドニアの人間にも刺激を与えるに違いなかった。

「おれとしては、会いたくないってだけだがなぁ……」

 好き嫌いで言えば確実に嫌いだが、この手で倒したいというのとは違う。

 ……が、目の前に現れたら、という想定になると考え込むには十分な材料だった。

 絶対に手を取り合って何かをするという間柄にはならない。向こうもそうしないとわかっている。直接の面識はほとんどないにもかかわらず、だ。

「ま、考えても仕方ないか」

 嫌いだけど縁はない、と軽く流してマチスは山を登っていった。

 多少複雑な登り口もあり、全てにおいて順調とはいかなかったものの、地道な足取りは着実に進んでいく。

 そして、陽がだいぶ昇った頃に尾根へ取り付くと、反対側の遥か遠くに白い岩壁がその地にだけ独立してそそり立っているのが見えた。

 あそこだけ色が随分と違うものだな、とマチスはそれくらいの感想を持っただけだったのだが、一度目に留めると何故かなかなか離せなかった。

「行ってみるかな……」

 山頂に至る途中に寄り道すれば着けそうだと判断して、中天にはまだ届かない太陽を見ながら少しくらいはいいだろうとマチスは思ったのだった。





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