「Noise messenger[6]」 6-1-2 |
* 痩せた男は野営地を早々に見つけ出し、様々な太さの枝と枯葉を大量に集めて多少の細工で風除けと寒さを凌ぐ場所を作り出してしまった。似たようにした人間の形跡があったからだ、と男は事もなげに言ったが、マチスには初見の段階でそこまでの見極めがつかなかった。 男の手際の良さはこれだけに留まらず、火を熾すのも手持ちの弓と石の他は、その場で道具を作ってしまう。 ただし、食に関しては見送ることになった。狩りをするまではいいが、捌くのと火にかける段階で注意が必要になる。血の臭いは扱いを間違えると自殺行為になりかねない、というのが男の自論だった。 代わりに、陽が沈むまで体を休め、目の前に焚いた火以外のものが闇に包まれると、外套の中に枯葉を詰め込んだ状態で座り、男が置いた水の入った袋を間に置いて話は始まった。 先に客分のマチスが口を開く。 解放軍に所属していたという痩せた男がどこまで知っているかという話から入り、その後の戦況を説明して、王城の制圧に至る経緯となった。 城門を開く時の事などで時折質問が入ることはあったものの(風の魔道を強化利用してどうにかしたという顛末に、若干顔をしかめたようだったが)、そこまでは概ね滞りなく済んだ。 問題はこの先である。 眉間をおさえるマチスに、男が問いかけた。 「疲れたか?」 「どっちかっていうと、これからが疲れるんだけどな……」 ぼやきながらも、今日の昼間に起こった事を――あの妙な夢だけは触れなかったが――ありのまま告げた。 当然ながら、痩せた男には不可解なことだらけだったため質問はいくつか来たのだが、言っているマチス自身にも答えようのないものばかりである。 やがて、男の方も真相究明を諦めざるを得ないと悟ったようだった。 「どうも不自然な点が多いな。政敵から逃れるための通路であれば、こんな山の中に出る必要はないはずだが……実際にはそうなっているのだから、その点を言い立てても仕方がない。 マケドニア王を追っているとは思えなかったが、まさかそんな経緯だったとはな」 「信じられないっていうなら、そりゃそれでいいんだけどさ」 元より信じてもらえるとはあまり思っていない。 外套の襟により顎を沈めて目を伏せるマチスに、痩せた男が言い返す。 「信じないというわけではない。それに、俺の話も聞いてもらわないと困る」 月が見えないため、夜を迎えてどれくらいの時が経過したのか計り知ることはできない。少なくとも話を重ねて、この暗い時をどんなにでも短く過ごす必要がある、というのは正しい意見だった。 「王都戦の直前までいたみたいだから、つい最近まで解放軍にいたんだよな」 「入った時の名で居たのはグルニアまでだったがな。元々の立場が今の俺には都合が悪いくらい大きかったから、マケドニアに入る時に変えなければならなかった」 「ってことは……もしかして、おれも知ってる名前?」 「傭兵隊の、顔に傷のない方と言えばわかるか」 タリスの傭兵隊長オグマと並び称される人物など、たったひとりしかいない。 だが、目の前の男からその面影を認めるのは困難な事だった。こけた頬や、全体的に頭髪を短くしているのもそうだが、剣の達人として名を上げた独特の雰囲気がごっそりとなくなっているのだ。 「何つーか、すごく別人に見えるんだけど……あんた本当に、あのナバール?」 「信じぬならそれで構わん。俺がそいつでいる事よりも、俺がマケドニア王の行く末を確認する方が重要だからな」 また違う方向から、マチスの言う「あの王子」の名前が現れたものだった。 「あんたが名前変えてまで追ってるってのは、どうして?」 「コマンドという異能の一族を聞いたことがあるか」 「コマンドって……隣にいる奴に変身できる連中のことか」 解放軍に帯同して、それなりに重宝されているらしいチェイニーだけがコマンドではない。アリティアの闘技場でカシムが疑いにかけられることになった元凶もまたコマンドの一族である。 「俺も一時はマケドニア王の傍近く仕えて、身代わりを務めたことがある。もちろん、コマンドの技能を使ってな」 初めて聞かされた意外な事実に、マチスは軽く目を剥いていた。 「じゃあ、あんたもコマンドだったのか……」 「解放軍では能力を活かすことはできなかったし、できる状態でもなかったがな。チェイニーというやつが入ってきた時は見破られるかと思ったが、故障した同族などわからなくても当然だったというわけだ」 「故障?」 「変身は永続的なものではないから、定期的にし直す必要がある。だが、ある時に自分の体に戻らなくなったどころか、体が変調して変身の能力すら使えなくなった。髪の色こそ変わったが、顔立ちはマケドニア王に相当似たまま、姿を変えられなくなった。 理由はわからんが、この力はそこまで頻繁に使うべきものではなかったのかもしれん。――ともかく、俺はこのままではマケドニアにいられないと気付いて、流れ流れていくうちにサムシアンの用心棒に納まっていた。その頃には、随分と雰囲気も変わったのがわかったから、このまま剣で生きていけると確信していた。 解放軍に入って、すぐにマケドニア出身の人間と関わるようになったが、誰も俺がマケドニア王の影と気付かなかっただろう?」 水を向けられ、確かにとマチスは唸らざるを得なかった。そこまでナバールの変貌ぶりが徹底していた証左でもある。自分達はともかくとして、レナやミネルバ、マリアでさえもそんな話は一度もしていなかったのだ。 「――けど、そのナバールって名前でずっと過ごすのをやめたんだよな」 「マケドニア王に近づいていく話が現実味を帯びて、居ても立ってもいられなくなったんだろう。気付けば、グルニアでの任務を放棄してワーレン傭兵の隊に潜り込んでいた。マケドニア王が死ぬのをこの目で見届ければ、この『呪い』が解けるかもしれない――などと思ってしまったのさ」 もし本当にその場に立ち会えたとして、それが本当に叶うかどうかの保証はどこにもない。 それでもナバールは衝動的にでも追わなければならない、とその思いだけでこんな山奥まで来ている。 「だから、こんな所にいるってわけか……」 「悪いが、俺は追跡を諦めるわけにはいかないから、同行できるのは明日の朝までだと思ってくれ」 急に切り出された現実的な話だったが、マチスは頷いた。助けてもらう期待を持たずとも、今は何もわからずに山を歩いていた時よりいい状況にある。依然として困難は積み重なっているが、ここではやれることをやるしかない。 互いにできる話が終わると、後は交代で火の番をしながら眠ることになった。 |