サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[6]」 6-1-1





(6-1)


 マチスには自分の運の悪さを徹底的に嘆く暇がなかった。

 もうじき夕方になるということは、この山から下りられないことを前提に今後の行動を考えなくてはならない。

 もっと言えば、焼け焦げた服の上に外套だという軽装で、しかも野営の道具など一切持たずに山中で夜を越さねばならないのはかなり厳しいものになる。真夏であればまだ希望は持てるが、今は冬を目前にした十一月だった。相当に腹を据えなくてはならない。

 それでも嘆きたい事を全て振り切れたわけではないが、なんだってこんな目に遭ったのかと悄然とするのは時間の無駄遣いに他ならなかった。不本意かつ曲がりなりにも軍人として訓練を受け、こうした事態への対処も一応叩き込まれたおかげである。

 この山がどこなのか、下手をするとマケドニアから外れている場合もあるのかもしれないが、極端に寒いと思わないのだから南北の位置としてはあまり動いていないと見ることができる。

 位置関係を知るには、猟師に会えるのが一番いいが、この際言葉が通じる相手だったら何者でも構わないというのが実情だった。

「……とりあえず、歩かないとな」

 状況を整理しても足の進まない気持ちがないと言えば嘘になる。それでも進み出せたのは、自分の中にありながらもらしくないと自覚する騎士の面が押し出していた。

 そうした面をもうひとつ見い出せるのは、マチスの腰に下がる剣だった。医療隊のところを出る時に、ごく無意識のうちに持っていたのだ。それだけこの稼業が板についてしまったということになる。グルニアに住む祖父が知ったら、お前もそんなものだったかと言われそうだったが、それも、生きて帰れればの話である。

 踏み締められている道らしきものを見分け、歩きながら風と雨を避けられそうな場所を探す。欲を言えば水と食物を得られる場所も求めたいが、最優先は夜の寒さで凍え死なないようにすることだった。更に、山に棲む生き物に襲われないことも考慮したいが、できる事には限度がある。ここもまた、ただでさえ良くない自分の運に賭けるしかなかった。

 左右を見回して進むうちにより確かな道にぶつかり、そこを辿っていくうちに屈んでいる人の姿を見つけることができた。

 人間に会えたとあれば、軽装に過ぎる今よりも生存率は格段に上昇する。

 マチスは自分の運も捨てたものではないなと思ったが、すぐに撤回することになった。

 屈んでいる人物の身につけているものはかなり汚れていたが、その正体を知るのに苦労はしなかった。

 が、それは竜騎士団の兵装だった。

 これはげんなりしたどころの話ではない。下手をすると敵扱いされてしまう。

 改めてマチスは自分の身なりを見直して、解放軍と判断されるだろうかと考えはしたが、一番の障害は最大の防寒になっている外套に落ち着いた。何の変哲もない青を基調としたものだが、この色自体が解放軍を象徴しているのだ。

 だったら外套を取って丸めて接近するという手もあるが、気温の低い山中では薄着に過ぎるのと、焼け焦げと包帯だらけの恰好もまた怪しいことこの上ない。

 さて、どうしたものか――と迷っている間に、彼方の竜騎士が前触れなくこちらを振り返り、身構えた。

 あまりにも的確に眼光がこちらを射抜き、マチスは満足に構えを取ることができなかった。これが完全な戦場だったら、間違いなく先手を取られている場面である。

 だが、竜騎士の鋭い眼光はあっという間になくなった。

「人だったのか……脅かさないでくれ。てっきり獣かと思ったのに」

「はぁ……」

 そう嘆かれても、緊迫感を急に消されてはこちらも拍子抜けである。

 それどころか、竜騎士は疲れた顔を見せながらも、友好的な態度を見せてきた。

「ここはもう危険だと思っていたんだが、そこまで悲観しなくても良さそうだな。……奴は運が悪かっただけなんだろうが」

「危険て……この辺りが?」

「我々の同士が怪我で動けなくなってな……血の臭いを嗅ぎつけた山の獣の餌食になった。三日前に陛下と接触したと言っていたから、そういう意味でも奴には帰還してほしかったんだが……」

 竜騎士の言葉に、マチスは危うく幾つか反応しそうになったがどうにかこれを堪えた。

 彼が「陛下」と呼ぶ人間はおそらくたったひとり。

 その「陛下」は三日前には生きていて、しかもこの近辺にいそうな気配がある。

 とんでもない経路でやって来た所は、歴史の決め手を左右する一大事に繋がっていたことになる。

 迂闊に二の句を継げるのがためらわれる中、竜騎士はマチスが警戒していたことをさらりと言った。

「あんた、同盟軍の人間だろう? その外套は」

「……まぁ、そうだな」

 ごく一時的に誤魔化す言葉が一切なかったわけではないが、嘘をついたところで意味はなさそうに思えて、やめた。

 こんな所で剣を交えたくはないものだけど、とマチスが思う中、竜騎士には再び身構える気配がなかった。

「陛下を追うのは勝手だが、もう酔狂の域だと思った方がいい。信じるも信じないも自由だがな」

 諦めを見せるこの竜騎士に対して、全く違う目的で来た――というか、放り込まれた、と事情を説明すべきかどうか。

 しない方がいいだろうなぁ。

 マチスは、ここに至ったことの多くを当事者である自分ですら思考放棄していることを思い返し、黙っていることにした。

 代わりに、竜騎士の話に合わせる。

「酔狂って言うけど、そこまで隠れるのが上手いって言いたいわけ?」

「この先の山々は、常人には踏破できないからな。そこまで潜り込まれたら、我々親衛隊ですらお手上げだ。先程来た男にも言ったがな」

「他にも人が?」

「ああ。この先の道を――同士がやられた所を見に行った。当分は、あちらの道は行けないと言ったのだがな」

 竜騎士が言っているちょうどそのさなかに、前方から痩せた風貌の男が近づいてきた。

 竜騎士が男に目を向ける。

「……どうだった」

「言った通りだったな。あれから更に仲間を呼んで数が増えていくだろう」

 そうか、と言って竜騎士は立ち上がった。背を向けて立ち去ろうとする。

「もう、行くのか?」

 呼びかけたマチスに、竜騎士は皮肉げな顔を見せた。

「窮地に陥ろうと、同盟軍と行動は共にできん。陛下の親衛隊として、誇りを失うわけにはいかないからな」

 その言葉を拠り所にしたように、無理矢理疲労を撥ね退けたような足の運びで竜騎士は去っていった。

 残されたのはマチスと、後から来た痩せた男である。

 痩せた男が口火を切った。

「同盟軍の人間と聞いたが」

「まぁ、な。あんまし積極的な方じゃないとは思うけど」

「なのに、その酷い恰好なのか」

 外套で隠そうとしたところで、頭部はどうにもならない。さっきの竜騎士があれこれ言わなかったのは外套が真っ先に気になったからなのだろう。

「治してもらえるんだったら、もっとちゃんとやってるんだけどな」

 希望が通るものであったら、そもそもこんな所に飛ばされたりはしない。

「火を使う戦術に関わったのか」

「魔道くらったんだよ。結構とんでもないのばっかり」

 あの対決を思い返すだけでマチスは疲れが蓄積する思いになったが、それを聞いた男の方は眉をひそめた。

「まさかと思うが――」

「何が? ……っていうか、そもそもあんたは?」

 何者かわからないのは、こちらの疑問符の方が多い。

 男を観察してみても、痩せこけた顔がその時点で人物の推察を拒んでいる。仮に知っていた人間の顔でも、よほど親しくなければ看破するのは困難に思えた。

「あの竜騎士には俺はどちらの陣営でもないと言ったが、過去を遡ればどちらの陣営にもいたというのが正しい」

「…………」

「悪いが、俺はお前の素性がわかった。マケドニア貴族の騎馬部将だろう。アカネイアの連中よりも解放軍の中で古株だ」

「……そこまで言われちまったら、何も返せねぇな。そこまでして隠すつもりもなかったけど、さ」

 手札を強引にひっくり返された感じではあるが、そうなってしまったものは仕方がない。どうせ、この状況そのものが普通の交渉とは質が違う。

「だけど、こんな肩書きも山に放り出されたら役に立たねえよ」

「そうしたことも含めて訊きたいことは色々とあるが、野営の当ては見つけたのか?」

「……すっげぇ痛い所突いたね、あんた」

 早々に人間と会えたとあって安心していたが、最初の人物には逃げられ、今対峙するこの男ともまだ探り合いの段階である。ここでも逃げられてしまうと、今夜は本当に不安と寒さと孤独と眠気にやられかねない。

「だから、その場所を提供しようかと言っているのだが」

 半ば期待しつつも望み薄であった答えが男の口から発せられても、マチスにとってはいささか信じづらいものだった。

「そりゃ、有り難いけど……」

「代価は夜の間、互いの話に付き合うことだ」

「おれだけが話すんじゃなくて?」

 正体を知られていることを踏まえると、マチスが単独でミシェイルが墜落した近辺らしき山の中にいることは不自然窮まりなく映るのは当然だった。

理解してもらえないのを前提として話す羽目になるのは仕方ないとしても、その逆もあるというのは意外だった。

 痩せた男は小さく息をついて、マチスの疑問に答えた。

「長いこと隠し続けてきたが、話したところで害のあることでもない。

 もしかしたら、流れが変わるかもしれない――と思ってな」





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