サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[6]」 6-0-a-3







 目を覚まして空を見上げると、さほど時は経過していなかった。夕方にさしかかるにはまだ間があるようだった。

 のんびりと伸びをしてマチスは立ち上がった。寝過ぎたと思ったのが杞憂だったのは良い事だった。

 気分も一応落ち着いては来たので元きた道を戻ろうとしたものの、その足はすぐに止まることになった。行こうとした先は、どう見ても行き止まりなのである。

 来た方向を逆に思い込んだかと引き返してみると、その先は下り階段だった。

 ここに来るまでに階段を移動した覚えは絶対にない。

 だが、これ以上の考え事は自然に止まった。おそらくこの答えは出ない。無理に引き出そうとすれば、混乱しかねなかった。

 そもそも、この場所からしておかしい――というか、あれだけ聞こえていたはずの歓声がわずか十数歩先で途絶えているのは異様でもある。

「何かうっかりやっちまったかな……」

 そんな呟きが洩れるほど、今の状況は有り得ない事に満ちている。

 この場合の「やっちまった」中身は何らかの仕掛けを通過してしまった事だろう。意図していないにもかかわらず、隠されていた王族専用の非常出口に入り込んでしまったとかその類である。もしそうだとしたら、退路がないのも納得がいった。

 その路線で考えると、この階段を下りるしか手がない。

 薄暗い段差の連なりを見下ろす。

「……どこに出るっていうんだ?」

 切り崩した山の上に建つこの城は、他に行き場がない。避難経路だというのなら城から離れなければ意味がなくなってしまうが、よほど長い道筋を辿らなければそこまで行き着くことはない。

 ということは、一時的な避難場所と見るのが妥当な線となる。……おそらくは。

 但し書きのついた根拠など不安を呼ぶばかりだが、考え過ぎれば恐慌に繋がりかねないと、さっきから勘のようなものが告げている。

 元より理論派などではなく、状況の隙間をくぐり抜けて今までの戦場を渡り歩いて生き延びてきた。グダグダと重ねた理屈よりは自分の勘を――金がかかっていなければ大丈夫だろうと念じながらも――信じた方がマシな結果にはなりそうなものだった。

 色々と警戒した要素が渦巻く中、マチスは思い切りの中に自棄っぱちめいたものを含みながら階段を下り始めた。明り取りの窓がかろうじてついているおかげで、少し下っても先が見えなくなるということはない。

 この分なら大丈夫か――そう思いながら下り続け、螺旋状の形が二周回っても目に見えるものが全く変わらないと気付いた時には、えづくような警戒感と共に足が止まった。

 嫌なものを感じながら後ろを振り返るが、何者かが迫っているということはなく、単にそれまで下りてきた階段が上に続いているだけだった。

 だが前に向き直ると、わずか一瞬の間にそれまで見えていた階段は一段下から先が霞んで見えていた。

 これも仕掛けのひとつなのか。

 頭の中でそんなことを呟いたような気がしながら、マチスは重い一歩を踏み出した。



*          *


 明らかに何か不可思議な場所を踏んだ。それだけは自覚できた。

 しかし、その結果として起こったことは思い描いていたものとはいささか違っていた。

 自分とおぼしき、しかしその中身は自分自身に覚えのない追体験がめまぐるしく、幾通りも展開していった。



 特に多かったのが――




 戦場に尼僧の姿があった。後方で下がっているべき者の存在は、敵の大将が近くにいることを示す。そして、敵を癒す厄介な存在でもある。

 尼僧の悲鳴が聞こえる。かなり若い娘のようだった。そうした存在は妹を思い出させる。

 ……こんな事をするために、戦場に駆り出されたのか……。

 そういえば、レナはどうしているだろうか。自分の意思で家を飛び出して、悔いのない人生を送っているんだろうか。

 彼は知らない。悲鳴の主がその妹であることを。

 命令されるがままに敵の無力な存在へ槍を向けた彼は、気付くことができなかった。




 あるいは。




 アリティアに敗れ、倒れ伏した彼は死に瀕していた。

 脳裏に浮かぶは、自分の意思を貫くことのできた妹の姿。

 意識が暗く塗り潰される直前、とどめを刺されるのではなく、騒然としかけていることだけはわかった。

 ――そののち、命の灯火が失せた兄の傍に嘆く妹が座り込んでいた。

 どうして、どうしてと問いかけながら――。




 自分か妹の死が幾度も続く中、時折違うものも見えた。




 たまには食事の用意でも手伝ったらどうだと言われ、おれはまだこっちの方が性にあってるよ、と薪を割っていた。これとて、本職のタリス勢と比べれば相当に見劣りするが、器用さに欠けると知っているから敢えて手を出さないのである。

 この坊ちゃんは大雑端だからなぁと周りの者は笑っていた。




 かと思うと、違うものもやって来た。




 それまで録に働こうともしなかったのが、あの腰巾着ぶりだとはな。

 ――そんな陰口はいくらでも聞いた。だが、こうするしか彼の未来はない。追い詰められた貴族人生だったが、ミネルバが解放軍に参入するとあってこの好機をもって何があろうとも挽回すると心に決めたのだ。

何くれと世話を焼き、機嫌を取るのも全ては自分のため。それの何が悪い、保身せねば明日などあるわけがないのに。




 また別の形も。




 戦場に立ち続けるうちに、彼はいつしか軍勢の先頭にいた。槍で、剣で、敵の血に塗れながら戦場を駆け巡る。もはや、それらは人間だと認識していなかったのかもしれない。それでも彼は最前線から外されなかった。

 グルニアを制圧し、手に持つ物はとうとう大陸の宝槍となった。

 破壊を常に抱く彼は、最後の敵を求めて走り続ける。




 それらの最後に。




 彼は戦場での手柄をあまり挙げなかった代わりに、多くの国の騎士達と――その大半が戦後国の重鎮になった――交友を持つに至った。

 妹に余計な虫がたかっているのが気がかりではあったが、それを除けば、国に敵対した身で戦乱を生き延びることができたのは僥倖だったと言える。

 騎馬であるが故に新たな主君となった王女ミネルバに対して覚えのめでたい活躍はできなかったが関係はほぼ良好のまま、新しい国の運営に関わることができそうだった。




 これが一番近いのかもしれない――とは思いつつ、マチスは頷ききれないものがあった。

 首を傾げていると、どこからともなく含み笑いのようなものが聞こえてきた。




 これだから牡牛座タウルスは。





*          *


「それ、どういう――」

 意味だよ、と続けようとしていたマチスは別のことに気付いた。

 目に見える風景が、感じ取る匂いが、明らかに違っていた。

前後左右どこを見ても斜面に植わる木々の姿が見えるとあれば、ここは明らかに城の敷地ではなく、奥深い山の中だった。

 あれのどこからが夢だったのかわからないが、多分あの一連の動きの中で、ここに至ったのだろう。

 どんな目的であったにせよ、確実に言えるのはたったひとりで何者からも切り離されてどことも知れない場所に放り出された、その一点だけだった。





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