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「Noise messenger[6]」 6-0-a-2







 ミネルバは天守にマケドニアの旗だけが掲げられているのを、感慨深い思いでみつめていた。

 あそこには七年前、ミシェイルがドルーアと同盟を果たした時からドルーアの旗も掲揚されていた。それをつい先程、ようやく下ろせたのである。

 ここまでの道程と犠牲を思い返し、本当に長かったと彼女は胸の中で述懐する。父を失い、妹マリアを人質に出さざるを得ず、赤い竜騎士と呼ばれつつもドルーアの手先として戦った日々が続き、それに堪えかねてディールでマリアの救出と共に解放軍に身を寄せた。

 それから訪れた再びの大きな犠牲は、腹心の部下であるパオラに襲い掛かった。ミシェイル撃墜の大手柄を上げたが、その時に彼女は瀕死の重傷を負い、愛馬を失っている。大陸で最も強く、竜騎士をも相手取れる天馬騎士は失われてしまった。

 マケドニアの不幸は、ミシェイルが父王を弑逆するという「身内殺し」から始まった。ならば、その元を自分で断って終わりにしようと考えていたのを、パオラは察していたのだろう。ミネルバ自身が身内の血で汚れてしまっては、終わりにならないと思ってくれたのかもしれない。

 だが、ミシェイルが戦線から消えても、城に残る者達はミシェイルの帰還を信じて降伏しなかった。マケドニアで血を分けた者同士での戦いは尚続くことになってしまったのだ。

 味方の被害を最小限にするための方策としてマチスが魔道部隊に当たることになった時、ミネルバはそれを後押しした。どちらかというと賭けの要素があったと言えるが、相当に都合のいい話だっただろうという自覚はある。

 もしミネルバの思うようにいかず、あの風変わりな卿を忌まれる血に塗れさせる結果になったら、その時は何があってもミシェイルの身柄を探し出すつもりだった。――もしそれが死体であっても、なお自らの剣で刺すために。

 無論、未だみつかっていないミシェイルの捜索を打ち切るつもりはなかったが、狂乱のていになってまで続ける必要はなくなった。自らが尚血に汚れるのは厭わないにしても、マリアの事を考えるとそんな姿を見せたくないという思いは確実にあった。

 だから、バセック伯爵家の対決が両者生存のままで終わり、解放軍の勝利宣言と共に伯爵が降伏したと聞いて、ミネルバは――おそらく他の人間でもその判断を下しただろう――これ以上の介入をすることも、今後の経過を求めることもしなかった。

 マチスは相当な怪我を負ってしまったというから、また改まって目立たぬように会見する機会ができたら、その時に今回の労いと詫びをして、それから色々な話をしてみようと考えるに留めたのだった。



 医療隊員は目の前に聳える壁を呆然と見上げるしかなかった。

 いくら歩けるといったところで、マチスはどこからどう見ても安静にしているべき怪我人だった。

 彼の隊員は城内を押さえるのに駆り出されてしまっていることもあって、余計に目を離せないと思ったというのに、角を曲がったわずか一瞬が致命的になってしまったのだ。

 壁から目を離して辺りを見回しても、それらしき人物はどこにもいない。

 式典の類から逃げる定評はあるというものの、ここまで簡単に見失うなどそうそうあっていいものではない。何よりも、この場面でふらりといなくなるべき理由がなかった。

 彼らもまた城内の隅で怪我人の治療に当たらなければならないため、たったひとりを捜すために大勢を割けない。

 仕方なく、本隊とマチス隊の誰かに伝令を出して後を託すしかなかった。



 勝利宣言へ至ったとはいえ、城に残っていたミシェイル派の勢力を全て掌握するまで解放軍の仕事は終わらない。

 どこの某がまだ確認できておらず、降伏した人間の中からその情報が得られなければ徹底的に捜すしかない。

 実際にはそれが不可能な事もあるので、完全な安全確認済みの場所を広げていくことになる。

 城内に残っていた文官や女性の処置で揉めそうな一幕もあり、存外に骨の折れる作業と言えた。

 マケドニアの事はマケドニア人でできるだけ事を進めたいミネルバの意向もあり、マチス隊も大火傷を負って強引に回復させたという長のマチス以外がこの仕事に忙殺されている。

「本当は駆けつけたかったのではありませんか?」

 長であるマチスが魔道部隊長のバセック伯爵と戦って生き延びはしたものの、一度は意識を失ったという報に、副官ボルポートは一度は苦い顔をしたものだった。

 少数で入っていった場合、幾つかの選択肢が発生するわけだが、いわゆる「いい意味での当たり」を引く可能性はかなり低い。今回のマチスはこうした状況の中で、上から二番目くらいの結果を引き当てたことになる。ただし、自分の身をかなり犠牲にしたようだったが。

 ボルポートはこういう前提を踏まえて、隊士の問いに答えた。

「意識を取り戻して、身を起こせるというのだからわたしが心配するには及ばないだろう。だいたい――」

 実際に行って畏まったところで、あの人はいい顔をしない。そういう意味では、あれほど仕え甲斐のない主はいないだろう。慰労会のような場所で、シューグやドーガ辺りにけなされているのが、らしいと言える。

「この戦が終わっても戦争は終わらず、むしろこの城は対ドルーアの格好の前線基地になるだろう。我々がどこまで解放軍に貢献できるかは置いておくとしても……いや、どちらかというと最前線に立つアリティアやオレルアンのために下支えをするのが現実的な線だろうな」

 その時のアカネイアの姿勢によっては、ミネルバの判断が間違っていたと思われてもおかしくない。グルニア以降、ニーナが機能不全にあるというごく一部の噂が本当なら、相当に警戒する必要があった。

 そんな風に少し先の事に話を及ばせている最中に、別の隊士が医療隊からの伝令を連れてきた。

 医療隊の元で治療を受けたマチスが、ほんの一瞬目を離した隙にいなくなったのだという。

 これにはボルポートだけではなく、聞いた者全てが驚きあるいは眉をひそめたものだったが、出てきた疑問もまた多い。

 マケドニアの戦いが終わった今、どうしてそうする必要があるのか。

 そもそも、山の上にあるこの城を誰にも見つからずに出られるものか。

 どうにも真剣に捜し出そうと思わせる動機に結びつかないが、所在がわからないというのもあまりよろしくない。

 ボルポートは隊の中から何人かを選んで医療隊の付近を中心に捜すよう指示を出したのだった。



 城を取り戻したという報せに、本陣に残っていたレナは目を潤ませながら安堵し、マリアは喜びを噛みしめるように小さく何度も頷いた。

 隔癒リブローの杖を握り続けていたレナは天馬騎士の伝令が必要と求めてくれば要請に応え続けていた。――が、途中からはただひとりの人物に対しての報せに集中し、法力を使っていた。

 他の誰をも魔道によって傷つけないために、兄は父の前に立った。そして、四度も上位の攻撃魔道と対峙することになったのである。

 密かに、ミネルバからも頼まれていた。卿には詫びたいこともあるから、どうか遺漏なく援護してほしい、と。

 そう言われ、レナの集中力は普段からより増した。兄の最後の一撃は、そのほんのわずかな力すらも作用していたのだが、本人達が知ることはなかった。

 その後、兄と父についての話を聞けた。兄は意識を取り戻し、父は潔く投降したという。

「……この後のことは難しいけれど、でも、精一杯助けていきたいと思います」

 兄はもちろんのこと、できるなら父の事も。

 かつてマケドニアから離れたシスターは、再びマケドニアに落ち着く決心を固め始めていた。

 その傍らにいたマリアは、祈り続けていた手を未だ崩さずに、新たに感謝の祈りを捧げた。

 もうこれで悲しい戦いをしなくて済む。新しく平和な日々に向かえるのだ。

 感謝したいのはこれまで関わってきた大勢の人達にも言えた。辛い戦いから逃げなかった姉ミネルバ、この戦いを助けてくれたマルスとハーディン、ミネルバを支えてくれた人達……。

 この戦いはかつてマリアが思い描いていた壁の絵とは趣が多少異なる。そもそも、敵ではあったが兄ミシェイルは絶対的に倒すべき存在と言えたかどうか、という話は「否」となってしまう。

 でも……今だけはこの瞬間を喜んでいたかった。



 同じく本陣に残っていたリンダはウェンデルから実地で教わりながら、治癒ライブの杖の使い方を修得しようとしていた。試験台は魔力の使いすぎで昏倒しているマリクである。

 これで昇格の決め手ができてしまいましたね、とカダインの高司祭が肩をすくめるのに、リンダは全力で首を振った。

 戦の経過はこちらにも逐一入っており、様々な情報の中から、リンダはマチスと父親との対決の顛末を知ることができた。

 結果として、どちらも生き延びたという話に、彼女は心から安堵していた。自分の話を聞いてくれたかどうかは別としても、その結果が嬉しく、これで本当に素直な気持ちで父の仇であるガーネフとの戦いに集中できそうだった。



 カチュアとエストの姉妹は上空で城側の牽制にあたっていたため、城の制圧が落ち着く頃になってようやく地上に降り立つことができた。

 ふたりして顔を合わせると、自然と感慨深い気持ちが溢れ出た。

「これまで、長かったわね……」

「パオラ姉様にいい報告ができるよね」

「そうね。姉様があそこまでした甲斐があったわ」

 愛馬を失うほどの覚悟を負ってミシェイルを戦線から離脱させたパオラの思いは、信じ続けた主君ミネルバを支え、勝利に導くことだった。

 本当はミシェイルを見つけ出せていればもっと良かったのだが、あれからもう六日である。結末の予測をある一点につけていい頃だった。



 本隊の陣をハーディンが訪ねてきたのを、マルスはおや、と思いながら出迎えたものだった。

「ハーディン公、もう離れてもよかったのですか」

「もはや、睨みを利かせる段階でもなかろうと判断したのでな。ミネルバ殿は、自らの信念を通しきったようだが」

 城は解放軍によってドルーアから解放され、もうじきこの陣に残っていた人々も城へ向けて移動することになっている。

「ミネルバ王女は、それだけの事ができる人だと思ってましたよ。この国で絶対的な存在から離反できるほど、意思の力が強かったわけですし」

「こちらも別段、疑っていたわけではない。……ただ、この国ではミシェイルを信奉する者が多いと感じていたから、もっと荒れる手を使わざるを得ないかと薄目で見ていたこともあったのでな」

「……どうしたでしょうね、その「王様」は」

 問いかけに、ハーディンは軽く眼をすがめてみせ、

「少なくとも、そうした失い方はしない、とは思えるが……な」

 ミシェイルの生死がはっきりしていない事は、今後において不穏の種になりそうではあったが、最優先に回せる目的でもない。地理的な意味合いでも目の前にドルーアがある状況では、いつまでもそちらにこだわっている場合ではなかった。

 この話そのものはここで切り上げてハーディンと別れたのだが、ミシェイルについて触れたことで、マルスはスターライトの魔道書を受け取った時の大賢者ガトーとの話を思い出していた。

 スターライトの元となった片割れの星のオーブは、人が生まれ持った十二のサインを指し示している。触れた者に強い恩恵をもたらすこともあり、リンダがこのオーブを使って行軍中も魔道の修業を続けていたことについてマルスが触れると、リンダのサイン水瓶座アクエリアと承知していたガトーは、その修業は魔力の増進に大きく寄与しただろうと告げた。

 マルスもわずかながらオーブに触れているため、自らのサインである牡羊座アリエスについて訊いてみたところ、ガトーから返ってきた答えは「幸運」だった。だが、運というものは存外扱いが難しいと戒められている。

 この時、ミシェイルを撃墜はしたものの行方が知れないという話をすると、ガトーはそれもサインの影響かもしれないと言った。強国とは言えなかったマケドニアをあそこまでのし上げる力を持つような者は、先天的にサインの影響や因果が強いこともあるのかもしれない、と。

 そのミシェイルのサイン射手座サジタリス。君主の力としては力強いが、竜騎士が弓にまつわるサインを持つとは随分と皮肉な話だった。

 そこまでして命運を縛られているとマルスは真剣に考えたわけではなかったが、不可思議の力は間違いなく影響するこの世界では無視しきれない要素ではあった。飛竜を失ったミシェイルであればサインの恩恵を受けて生き延びていてもおかしくはないのかもしれない――。

そんな話を思い返しながらなおもマルスは城が落ち着くのを待っていたが、その報告よりも前に再びの来訪者を迎えることになった。

 取り次いだアリティア騎士に伴われて入ってきたのは、城から来た伝令だった。医療隊の使いだという。

 伝令は総大将へ直接この報せを届けることをためらっていたようだったが、マルスが物腰柔らかく対応すると、彼は思い切ってその内容を明かしてくれた。

 どういうわけだか医療隊に収容されていたはずのマチスが行方不明になってしまっている――と。

 常であれば、このアリティア王子は「相変わらず面白い人だね」と笑っていたかもしれない。

が。

「どういうことかな……? あまりにも必要性がなさそうだけども」

 図らずともこの王子を愉快にさせてしまっていたこれまでの奇矯とも言える行動は、実は全くの無意味ではない。どちらかというとつまらない殻を破ってくれている面が大きい。

 だが、今回ばかりはその「理由」が見い出せない。

 面倒事から逃げるには時期が早すぎるし、治癒法力を受けていたとはいえ動き回るには体の状態が不十分に思われる。かといって、何者かにつけ狙われるような要素はどうにも想定しづらい。

 これがパオラ辺りだったらミネルバから密命を受けていて……という流れも自然に有り得るのだが、この線もおそらくは消えるだろう。

 不可解に思いながらも、隊の人間が捜しているという話だからその報告を待つ結論に落ち着かざるを得ない。

 ――日が暮れてこの話が大事になりかけた時に、マルスはマリクを通じてウェンデルから「全ての可能性にわずかに通じる」というマチスのサインと過去に星のオーブに触れていたことを聞いて大いに悔しがりながらも納得するのだが、それはもう少し先の話である。



 城内の制圧作業から離れる許可をミネルバに求めに来たのは、マチス隊の騎馬騎士だった。実のところ既に動いているので事実上の事後承諾となるが、それについては触れていない。

 とはいえ、その前後を問うべき問題でもなかった。

「卿の所在がわからない、となれば……」

 危惧すべき内容として思い当たるのは、バセック伯爵家の事だった。

 戦の終わりで全ての決着がついたと思うべきではあったし、それ以上の抗争など望むものではない。

 それとも、これまで不承ながら仕えてきたことに、ここへ来て我慢ならなくなったのか。

 それならば、もう止められる理由はない。むしろ、対ミシェイルという共通項だけでここまで来させてしまったのだから。

 だが、そのミシェイルを見つけ出すのは困難になっている。単独で捜し出そうというのはさすがに考えづらい発想だった。

「ならば、何故……?」





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