サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[5]」5-7





(5-7)


 風の唸るような音が直に城壁へ働きかけ、上下への衝撃すら伴った。

 マリクが更なる干渉を行うと、城壁の一部に亀裂が走る。

 この異様な現象を実際に内側で体感した人々の恐怖は、想像するに余りあった。

 城壁の上では守備兵が混乱に陥り、大地の異変かと叫ぶ様子が見て取れた。

 更に一撃を加えたところでマリクが攻撃を止め、代わりにミネルバの部隊が空を駆け、大音声を発した。

「これは我ら解放軍の魔道に依る仕業。尚も立て籠もればこの壁を崩すでしょう。

 戦が一日長く続ければ、それだけこの国の民が苦しみます。これで降伏するならそれで良し、兄ミシェイルに殉じるのであれば国賊として討伐します。

 これはマケドニア王族としての通告です」



 城壁への攻撃とミネルバの通告は、城内の和睦派を勢いづかせた。

 しかし、主戦派は彼らへ鞍替えすることなく、むしろ淡々と出撃の準備を重ねている。巻き込まれたくないのなら、とっとと隠れに行けとばかりの態度だった。

 抗戦を決めた主戦派の狙いは、主君と同じく同盟軍総大将マルスを狙う事だ。

 竜騎士隊とグルニアの騎馬隊が残らず城外へ出て暴れ回り、歩兵は城内を狙う同盟軍を迎撃して阻み続ける。

 ミシェイルが残っていればもっと巧みな戦法を取れたのだが、今となってはこの方法しか各部隊の長所を生かせない。

 各々が自らの最期を予期、それでも武運をと声を掛け合って配置についていった。



 宣告から一時が経過し、とうとう城門が開け放たれた。

 包囲戦線は既に北へ下がり、ちょうど城の前を第一の主戦場にできるようにしている。

 そこで構える弓隊が天地に向けて弦を唸らせ、迫り来るマケドニア軍を翻弄する。

 それでも、騎獣にまたがる者の移動速度は速いため、弓隊にはまもなく後退命令が出た。

 代わりに、解放軍各国の騎馬隊と天空騎士が前進して連携で敵隊を分散させていく。

 主なき籠城の影響か、竜騎士隊にもグルニア騎兵隊にも技巧の冴えはなく、狙い通り以上の成果で無力化が進んでいく。

 こうなれば城を攻めていくのに遠慮はいらなかった。

 地上から突撃をかける第一波は、カイン、ロシェ、そして解放軍の騎馬騎士団を率いたマチス。外の情勢次第で第二波以降が順次投入される予定だった。

 集結した彼らは緩やかに長い坂を一気に駆け上がり、重騎士をなぎ払って城門を確保する。

 城の入り口を押さえて中へ目を向けると、広い池の両脇に砦が三つずつ並んでいる姿があった。

 ロシェが呟く。

「話には聞いていたが、要塞として優秀すぎるな……」

 質の低下が顕著に見られるとはいえ、気概の残っている部隊に背後から襲いかかられたら、立て直すのは非常に難しい。

 第二波の待つのが賢明ではあるが、ここで守りの戦いをするには三部隊とも不適だった。

 遊撃を重ねながら門を死守すべきだろうと結論づけ、砦を睨み据えることにしたのである。

 次に来るのは敵か味方か――前後を常に気にしつつ、前方を窺っていた兵士が次々に戻ってきて、敵襲を告げた。

 想定と食い違い、大方が騎馬の部隊だという。

 しかし、カインはあっさりと言ってのけた。

「ならば、二手に分かれよう。俺が一手になるから、ふたりの部隊でもう一手を――」

 そこへ、遅れて戻ってきた兵士が魔道部隊の存在を東の砦に確認したと言ってきた。

 それを聞いたマチスは来るべきものが来た、といった風情で落ち着き払っていた。

「じゃあ決まりだな。東の先手片づけたら、そのまま突っ込んでくる」

 隊を動かす段になると、ロシェの隊が先行してマチス隊に一切手を出させずに、東の先手を撤退にまで追い込ませた。

 数や勢いの違いがあるにせよ、あっという間である。単独で向かったカインに負けられないと思ったのだろう。

 聖騎士とやらの道は開かれないなとマチスはつくづく感じたものだったが、そんな事にとらわれている暇はなかった。

 ロシェの部隊が足を止める先――砦を出たばかりの地点に、魔道部隊が並んでいた。

 マチスはロシェ隊に追いついて、下がるように促す。

「今度こそ本物のボルガノンが来るぞ。僧侶出身のくせに物騒な魔道選びやがったからな」

 ロシェは意味深長な科白の中身について、一拍の間だけで見事に思い出した。

「オレルアンの時の事か。敬愛にしては曲がっている話だ。だが――確かに、荷の重い相手だ。

 他は一切寄せさせないから、後は頼む」

 下手にかかって大損害を出すよりも、ここに縛りつけておく方が全体の被害は少ない。

 マチスは副官ボルポートを呼んで指示を出した。

「切り込み隊以外全部、カインとロシェに合流させてくれ。城の中知ってるのが潰れたらどうしようもなくなるから」

「そういうあなたはどうするんです」

「ここで尻尾巻いたら、何のために来たんだって話になるだろ」

「アイル殿の時と同じようにすると?」

「いんや、あそこまで上手くはいかないだろ。ただ、ハッタリで一対一になら持っていけるから、あとは時間稼ぎゃいい」

 言うのは簡単だが、実際に行うのは難しいという典型を何のためらいもなく言ってのける。

「どのような考えが存じ上げませんが、死ななければ上出来でしょう」

 副官の試算では、相当に悪い数値が出ているのだろう。

「悪ぃな」

「わたしには家族というものが絶えたからでしょうな、わからないのは。

 この一年半、非常に充実した人生でした。一度死んだ者には過ぎるくらいに。願わくば、もっと長く過ごしたいものですな」

 では、と言い置いてボルポートは長の隊をほぼそっくりそのまま後退させた。

 残った切り込み隊を振り返る。

「今なら、M・シールドの効果が結構残ってるから、突っ切って戻ってくれりゃいい。あいつらみんなボルガノン持ちだったとしても、来るって知ってれば意外と大丈夫だから」

「お前の言い方はどうしても不安を煽るな……」

 切り込み隊のシューグはこんな時になっても毒づき、それをあいかわらずだぜと吐き捨てた。

「……って、お前置いたらその先が駄目だろうが」

「だから、ハッタリで一対一にするって」

「それが失敗したらどうするんだと言ってるんだがな」

「……ハッタリで死ぬのもおれらしいかなと」

 首を傾げながらもそう答えたマチスに、シューグは一呼吸のうちに無声の悪罵を尽くすと、開き直ったように肩をいからせた。

「じゃぁ、行くぞ。そういう命令なんだからな」

「ああ」



 魔道部隊の前衛は氷の魔道・ブリザーであったため、マチスを囲む切り込み隊には多くの被害は及ばなかった。

 加えて、マチスが不本意ながらもバセック伯爵の息子であると言い放つと、攻撃はぴたりと止んだ。

 砦の前面は大きく開け放っており、その中央に厳めしい紫の法衣に身を包んだ人物がいた。

 勢い余って突撃しないよう速度を下げたが、合間の距離が短く、不本意にもボルガノンの射程内で止まらざるを得ない。

 というより、もっと奥にいるのかと思っていただけに、嫌な失態に繋がってしまった。

 だが、この状況になっても父親は攻撃の号令をかけず、魔道部隊の隊員である魔道士達はむしろ騎馬から遠ざかるかのように後方へ退こうとする。

「おれを自分の手で討つって宣言したのは、本当の話だったんだな」

 マチスは慎重に下馬して、不要そうな部分鎧をその場に打ち捨て、今回のために選んだ着脱が手軽な胴鎧も同じように地面へ落とした。

 使えそうな長物は二種類。剣は鞘から抜き払って持ち、もう片方は腰に差した。

「ただ、あんたみたいな堅物があの王子に味方し続けた理由ってのが未だにわからねぇ」

 バセック伯爵が法衣の頭巾を取り去る。五十代そこそこにしてはかなり若く見える風貌だ。

「久しく顔を合わせた途端に唐突だな……と言いたいところだが、お前も噂程度は聞いているのではないか」

「暗黒魔道と繋がっているってやつなら、おれは外れだと思っている」

 マチスの声音に迷いはなく、尚も言葉は続く。

「それっぽい話は聞こえないでもなかったけど、あんたには似合わない」

 二度目に騎馬騎士団を追いつめた時、マチスを指して呪術を使うのではないかと警戒された。

 帝国と関われば、国における魔道の第一人者の家となれば、ガーネフの影響は免れない。家を出たとはいえ、マチスもまたその力を得たのだと思われていたのだ。

「お前こそ、何故わざわざわたしの前に姿を現した。しかもこのような形で」

「国を裏切った時から、あんたと戦うんじゃないかって予感がずっとあった。避けようとすれば、寝返ったのは本当にその場しのぎになるんじゃないかってな。

 それに、あんたが他の連中が引っかかって倒されたら、もう二度と会えないと思った。どうせ降伏なんざしないだろうし、こんな状況じゃ戦うしかないんだけど、それでも来たかったんだよ」

「一縷の望みも持たない、か。読みとしては非常に正しいな」

 伯爵の口からボルガノンの詠唱が始まったその瞬間、マチスはこれまで言葉を交わした感傷を振り捨てて、前方へ駆け出していた。

 ボルガノンの詠唱時間は長いはずだが、それも術者の技量によって変わってくる。

 射程の半ばに降りたのが幸いしたかどうか、先手を打つには絶望的な距離ではない――と思った時、魔道完成の気配がした。

 二秒ほど足りないと判断し、マチスは即座に避ける軌道をとったものの、地を疾る烈火の魔道は端の方でも勢いは強く、長靴の先に当たったため、あまりの熱さにたたらを踏むことになった。

 足の痛みに顔をしかめ、ふと腕を見てみればわずかな飛び火が袖を焦がしている。

 避けた上にM・シールドとあの魔徐けが――マリアから貰ったかの品物は結局身につけていた――あってもこの有様では、速攻で勝負をかけないと殺されるのはこちらになってしまう。

 それほどの攻撃を仕掛けたにもかかわらず、伯爵は首を傾げていた。

「実戦から離れていると、これだからいかんな」

 その言葉の真意など、マチスは絶対にわかりたくなかった。考えない事にするしかない。

 再び距離は離れたが、今度は真っ直ぐ父親めがけて走っていく。

 そして、先ほどと同じ時機にボルガノンの魔道が完成し、マチスに襲いかかってきた。

 発射がブレたのか、魔道の真芯はマチスの体からわずかに逸れていたため、構わずに突き進んだが、魔道が纏う魔力が衝撃を生み、またも若干の火傷と共に接近は阻まれた。

 魔道をかすめて火の粉がついた左腕を乱暴に払い、それ以上焼けるのは防いだが、火傷のような感覚――熱による痛みはどうしても避けられない。

「これほど重い魔道でも近づけぬか」

「よく言うぜ……」

 その重い魔道をこれだけ連発できるのは、それだけ魔道に通じている証拠である。

「これでもおれがあんたの息子ってのが冗談にしか思えないけど、ここまで相手してくれるんだから、そうなんだろうな。

 ……もっとも、おれは優秀になれなかった事を感謝してる。他の人間を素直に凄いと思ってなけりゃ、今のおれはいない。

 信じてもらえないだろうけど、こういうおれにしてもらえたのは本当に良かった事なのさ」

「ここまで来て、無力を是とするか」

 短く告げて、伯爵は次の詠唱を素早く始める。

 今マチスのいる位置は、これまでの中で一番近い距離だった。

 今度こそ行けると――その瞬間、確かに狂気を意識して――剣を一閃させたが、魔道の発動が一瞬早く、まともにボルガノンがマチスの体にぶつかる結果になった。

 衝撃で跳ね飛ばされ、あまつさえ地面に叩きつけられる。剣は手から離れ、這いつくばる身には遠い所に落ちていた。

 時間を稼げば勝てるという希望は消えつつあった。解放軍が城を押さえて止めに入るまで、この体が保ってくれるとは思えない。

 そうして否定的な意識が強くなっていた折に、何の前触れもなく癒しの魔道が体を包み込んだ。

 怪我の程度が薄れたとわかるや、起き上がって、無防備な状態から脱する。

 この隔癒リブローをくれたのはレナかマリアか。どちらにせよ、感謝しなければならない。

 そっと腰に残っていたもう一方の得物を腰から抜く。とはいっても、布で包んだこの得物には刃がない。

 どうやら、最後の最後で遠く離れた人物の世話になりそうだった。

「立ち上がったようだが、あと一発も耐えられまい」

 痛い指摘だがその通りだった。M・シールドの効果はほとんど切れていると言っていい。

 それでも何か言い返そうと思ったのだが、喉がやられてしまったのか声が出ない。

 仕方なく、無言で構えを取る。

 一撃で打ち倒す可能性など、なきに等しい。

 これまで撃ってきた中で、父親は正確な間合いを掴んだらしく、初回よりもわずかに間近な距離を取ってきた。このラインは破られないという自信でもあるのだろう。

 ただひとつ、今回だけ異なる点を父親は見落としていた。

 マチスが駆け出す動きを見せた瞬間に、伯爵は四度目のボルガノンの詠唱を始めた。

 今度は避けるつもりなど全くなく、マチスは直撃覚悟で新たな得物を振りかぶった。

 先触れの現れたボルガノンの火花が得物の布に穴を開け、黒い本体をちらと覗かせた。

 何らかの手応えをはっきりと感じたその直後、完成していたボルガノンが何ら障害なくマチスへ炸裂し、魔道の火に包まれる自覚がを覚えながら、本人の意識は暗い中へと沈んでいったのである。





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