サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[5]」5-3





(5-3)


 解放軍の中で使者の自薦を募り、これという覚悟の末に送り出したものの、簡単に門前払いとなって無傷で戻ってきた。

 長期戦になれば変化は訪れるのだろうが、最初の手であるだけに肩透かしの感は否めない。

 考える時間だけは無闇なほどに生まれたため、二日経過する頃にはマルスの元に様々な提案が入ってきた。

 短期決戦に特化しているせいか、堪え性がなくなっているのではと思わされるような数だったという。

「――で、何でそんな話をおれにするんだよ」

 マチスは食事時に訪ねてきたカインを胡乱げに見やった。

「マルス様は今の方針を当分変えるつもりはないんだが、来る提案に面白味がないから、あんたの意見を取って来いと仰ったんだよ。それでここに来ているというわけだ」

 ほとんど道化師の扱いである。

 憤るにも、これまでの行動で愉快にさせてしまっているだけに、憤りきれない。別段狙った覚えもないのだが。

「後は、一応本気の意見も聞いて来いとは命じられているが……何か思いついていたなら、訊かれるまで待ったりしていないだろう?」

「まぁ、この状況をどうにかするっていうのはないな」

 カインの言う通り、何かしらの思いつきがまとまっていたら、既にミネルバかマルスには伝えているはずである。もっとも、それだけの理由がない限り自分から近づきたくはない。できれば特別視されない立ち位置でいさせて欲しい、というのが本音だった。

「そういや、チェイニーって奴見かけないけど、こっちに来てなかったんだっけ?」

「グルニアに残して来ているな。マルス様の護身に欲しかったんだが、同じ目的でニーナ王女の側に求められた」

「じゃあ、ミネルバ王女に化けさせて転移で城に放り込むって手はできないのか……」

 良くも悪くも覿面の結果となるだろうが、本人が聞いていたら冗談じゃないと気色ばんでいたのも間違いない。

 カインは苦笑いをしていた。

「効果はあるだろうが、変身が解けたら一大事だろうな」

「だいたい、どうやって帰ってくるんだって話なんだよな。まぁ考えてないんだけど」

 転移の法力にしても、敵地で使うのは得策ではない。単に言ってみただけの話である。

 目の前の城はマチスにとってある種の最終地点となる。早く決着をつけてしまいたい気持ちはあるが、軍勢の部品でしかない上に、何かを動かす決め手がない。

「そういや、挑発ってやらないよな。……おれにとってはありがたいけど」

「あんただと、加減が効かなくなりそうだしな」

 マチスはこの件について前科持ちである。

「飛行隊がここまで多くなければ、もしかしたらやっていたかもしれんが……まぁこれも予定はないな」

 天馬騎士の大方は女性で構成されている。軍にいる女性だからといって、自分達が口汚く言うところを間近に見せてしまうのはあまりやりたくない。見栄でもある。

 少数の騎影が彼らの近くを西から東へ駆け抜けていく。

「あれは……マリク殿だな」

 本営の方向とは逆に動く風の魔道士の行方を何気なく見届けていると、遠くでふっと南へと折れていった。

「随分危険な所走っていったよな……」

 高低差を無視すれば、城に間近い距離である。

 マリクが通りすぎて間もなく、その東方面から伝令が疾風のように馬を飛ばしていく。

 オレルアン――しかもハーディン直属の出で立ちである。

 後方との伝達が日に数回行われているのは普通の光景だが、今回は殊更急いでいたようだった。

「これは……戻った方がいいだろうな」

 カインが立ち上がる間もなく、マチス隊の従者が本営の伝令を連れてやって来た。

 彼がマチスに告げた本営からの命令は、三百騎ほどを率いて北上してくるハーディンの分隊と合流し、再び本営へと引き返す役目だった。

 来るのがハーディンの騎兵隊なら、ロシェやウルフの方が適任であるような気がして、マチスは首を傾げる。

「まぁ、行けって言われりゃ行くけど……」

 半信半疑の体でいると、伝令はほとんど聞こえないくらいの声でマチスに囁いた。

 その部隊の中にマリア王女がおいでです、と。

 信じたくない宣告に、マチスは思わず呻き声を上げた。

「聞かなかった事にできねぇかなぁ……」

 自分も大概だが、あの王女もいい勝負である。

「念のために訊くけど、本営がそういう指示を出したんじゃないんだろ?」

 伝令が気の毒そうに頷く。

「何だって、そんなゴリ押しが通るんだか……」

 本営やハーディンがあっさり折れるとは考えづらいが、命令は命令である。

 考え事はひとまず切り上げて、出立やら残る人達の取りまとめやらの指示にかかったのだった。



 時折上空を飛び交う竜騎士の存在は、先日の進軍中や包囲陣を敷いていた時こそ、味方にしろ敵にしろ、居て当然のものだった。

 だが、わずか三百の手勢で行軍していると、いつ襲われてもおかしくないような錯覚に陥った。

「味方だってわかってるんだけどな……」

 先日の勝利はあれだけ多くの軍勢がいて、なおかつ運も味方していたから得られたものだと、嫌でも実感してしまう。

 マリアを迎えに行くのはマチス隊だけでなく、エストの天馬騎士隊も入っており、上空で展開して行軍を順調にする手助けをしてくれている。

 本営付近を出立したのがこの日の昼過ぎだったので、戻るのは翌日と見越している。

 王城の周辺を南下しきって少し進むと、ハーディンの分隊と合流した。その数、千騎。だが、その半数はマチス隊と合流した段階で引き返すということだった。

 マリアの姿を捜すと、護衛として残した数十人に囲まれていた。しかしながら、身を隠している意識があるためかごくありふれた外套に身を包んでいる。

 その隣には、同じような風体で立つレナを見つけた。

「レナじゃないか」

 若干驚きはしたが、マリアが来るのであれば側近くにいるであろうレナがついてくるのはむしろ自然な事だった。

 一方のレナは、マチスに声をかけられるなり、胸元でそっと自らの手を重ねた。

 誰にも聞こえないほどの声音で神への感謝を言った後で、マチスに向かう。

「無事とは知っていたけれど、生きていてくれて良かった……大変な戦と聞いていたから」

「まぁ、今までで一番派手だったな。みんなのおかげで、どうにかやれたってのもあるし。

 あと、周癒リザーブに助けられた感じは結構あったよ。気持ちの上で助かったって言ってた奴もいたから」

 でしょ? とマリアが満面の笑みを浮かべてみせる。

 最高位の治癒の杖をかなり連発していたはずだが、それがなかったかのような活発ぶりである。

完癒リカバーを使ったパオラ様の治療も最後までやるかどうか迷っていらしたんですけど、リフ僧が心得ているということでお任せしてきたんです」

「つーことは、周癒リザーブ使った直後からずっと完癒やってたってことか……!?」

 大丈夫なのかと年少の王女をまじまじと見たが、当のマリアは至って元気そうである。

「法力の杖って精神力がどうって言われているけど、コツをつかめばそこまで難しいものじゃないのよ」

 ごく普通の事のように語っているが、隣に立つレナからは困ったような表情が見えた。以前、完癒リカバーの扱いに習熟しようとして相当手こずった末に諦めたと聞いているから、例外はマリアの方だと思った方が良さそうだった。

 マチスは気になっていた事を思い出した。

「王女がこの軍勢動かした、みたいに聞いたんだけど……」

「そんな事ないわ。ハーディン公が前線補充にここの人達を送ると言っていたから、一緒に来させてもらっただけだもの」

 澄ましてみせるマリアだったが、露骨なまでに目線を外しているところからして、相当な働きかけをしたと見るのが正解だろう。ハーディンを説き伏せたとしたのなら、是非ともお目にかかってみたかったところではある。

 それに、とマリアがマチスへ向き直る。

「わたしは一日でも早く戦いを終わらせたいの」

 願いとはまた違った色を帯びた科白は、ある種の自信に裏打ちされている風だった。

 自分が行けば絶対に何かが変わる、だから行くのだ、と。

 ミネルバやマルス、各国の名だたる騎士達が揃ってですらこの小康状態だというのに、これを打ち破ったらとんでもない快挙になってしまう。

 本当にそこまでのものになるかどうかはともかく、提案そのものはかなりの見物になりそうだった。



 運良く妨害にも遭わず、マリアを本営まで届けると、そこからはちょっとした嵐のように彼女は歓迎された。

 戦っている最中に周癒リザーブを受けた事は、傷を癒してもらったばかりではなく、どんなに苦しくても側にいて支えてくれている安心感も与えてくれていた。どうやらこの傾向は激しい局面に晒された兵士ほど強かったようである。

 彼女の到着が本営で明らかになるなり、最前線の一帯へあっという間に伝播し、各隊で歓声が沸くに留まらず、感謝を伝えに行く者まで出る始末だった。

 素直に驚いていられたのも最初のうちだけで、これは収拾のつかない事になりかねないとわかると、ミネルバに会わせるようにマリアを半ば誘導して、余人の接近を許さない状況へ持っていったのである。

 大仕事を終えたマチスは、疲れたように言ったものだった。

「何だって、おれがこんな事やってんだか……」

 いつの間にか他人を誘導する術を身につけていたのも、あまり嬉しい事ではない。

 この長旅で身につけた事は多いものの、個人的にはあまり有り難くない技能ばかりのような気がしてならなかった。

「いいじゃない、ちゃんとマリア様のためになっているんだから」

 ミネルバの元を訪れてから、その場の顛末を見ていたカチュアも、今は王女姉妹から離れていた。

「それに、ミネルバ様とすぐ引き合わせたのも、今回はいい判断だったわね。

 ミネルバ様は気丈に振る舞っていらしたけど、それでも不安定なところは見えたもの。姉さんがいればずっと違っていたのだろうな、とは思っていたのよ」

 そのパオラに関しては、彼女自身の生命力の強さのおかげもあって、本当に危険な状況は通りすぎている。

「ま、おれの仕事は終わったよな……」

「呼び出されるまではきっと問題ないから、休んでいてもいいんじゃない?」

「だな。そうさせてもらうよ……」

 覇気がないだのと言われようが、疲れているものは疲れているのである。

 それに、何かと取り巻く「血」を深く意識しそうになるのを避けたくなって、他人だらけの自隊へ戻ることにしたのだった。





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