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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(18) 「Noice messenger [5]」
(2010年8月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
18
SIDE STORY
605.11
[MACEDONIA]



(5-1)


 日の暮れるさなか、最前線で戦っていた解放軍の兵士達は、引き鉦の音を聞きながらマケドニア王城の目前で進軍を止めていた。

 大賢者ガトーが星と光の宝珠を以て作り上げた、スターライト・エクスプロージョンがマケドニア軍の追撃隊を阻害したのが、この日最後の戦果となった。

 決戦は一日で終わらなかったものの、マケドニア軍で絶対的な支配力を持っていた国王ミシェイルは墜落して行方知れずになり、この舞台から退場している。

 それから降伏勧告に耳を貸さず闇雲に攻撃を仕掛けてきた主なきマケドニア軍だったが、こうして引き鉦を打って撤退している事からして、次の段階を見込めると判断し、深追いはせずに城の包囲で留めることにしたのである。

 長い一日を終えた解放軍兵士の表情は総じて明るい。

 単に勝利できたという事だけでなく、飛行部隊の数で圧倒的に劣り、地上の地形も含めて相手方に有利と働く大前提の中で、あの竜騎士団に勝利した事実が彼らに力を与えている。

 とりわけ、解放軍に属するマケドニア人にとって、今回の勝利は特別なものとなる。長らく格下と見られていた地上の兵でも、竜騎士を覆せると証明できたのだ。

 ――ここからマケドニアの新しい形が始まるのかもしれない。

 そうした感想は決して大袈裟なものではなかった。



 王城包囲陣といっても、さすがに目の前まで詰めることはせず、ある程度の距離を置いている。

 最も密度の高い地点はやはり城門正面となる北側だが、ここはドルーアとの境と半日ほどの距離に位置している危険な場所でもあった。

 もちろんドルーア方面への警戒も保っており、アリティアやオレルアンの騎士達はこの形がそう長く続かないだろうと踏んでいる。いくら忠誠篤い者達の集まりでも、肝心の国王を欠いたままでは、早晩のうちにまとまりが欠けるという確信があったからだ。

 捕虜や王城から逃れ出た『和睦派』のマケドニア諸侯からは、ドルーアがこの戦いでは全く助勢しないという情報もある。完全に信じるのは危険だが、勝ち機運を更に感じさせる要素だった。

 だが、解放軍に属するマケドニアの人々は、この勝利を噛み締める事はしても、完全な戦の集結が間近い、あるいはたやすいものとは受け取らなかった。ミシェイルが解放軍の手に落ちない限り、城門は開かないと見ていたのである。

 軍議の場で所見を訊かれたマケドニア王女ミネルバは、淀みなく答えたものだった。

「おそらく、ミシェイルが生きている限り彼らは城を守ろうとするでしょう。大規模な軍の設備を内包していますし、手練れの者に限られますが、内側から外に抜け出す方法は存在します。そうすれば、籠城できる期間は増すことでしょう」

 解放軍には、難攻不落の城が陥ちるのを待ち続ける余裕はなかった。いくら温暖であっても、敵地で冬を越そうとすればその地を荒らさざるを得ない。どんなに友好的であろうと努めようと、だ。

 そうなると、城を空けさせるためには行方知れずになっているミシェイルの身柄を押さえるのが有効になるが、これには多くの将が難色を示した。

 代表してオレルアン諸侯が口を開く。

「パオラ殿を救い出せた地点から先は、人の入れるような所ではなかったと聞きました。かなりの上空から飛竜ごととはいえ、落下したのであれば生きていると見込むのは難しいでしょう」

 周癒のおかげでかろうじて命を繋いだものの、ミシェイルと共に墜落したパオラの怪我は相当に重い。愛馬は命を落とし、人馬揃って天馬騎士の域を超えた存在は失われてしまったのである。

 パオラの話題が出て、ミネルバに近い人々はそっと主君を盗み見、すぐさま目を逸らした。特に様子が変わってもいなかったのだが、見た事そのものを後悔したくなってしまったのだ。

 自らの独断専行で、片腕と呼べる人間を瀕死に追いやったのである。

 そこへ、追い打ちをかける言葉が飛んできた。

「ミネルバ王女が独断専行をかけたから、このような事態になったのではないか?」

 別のオレルアン諸侯の声に、彼の周囲から同調する雰囲気が見えた。

 占領の経過があるだけに、マケドニアに対するオレルアン人の視線は厳しい。

 便乗するかのように、実は自分の兄を故意に見逃したのではないかとやたら大きなひとり言が飛び出すに至り、常の仲介役であるアリティア人――今回は王子マルスが制しようとした。

 が、その前にオレルアン四雄のひとりであるウルフが、背後の諸侯に鋭い眼差しを向けた。

「ここは論功行賞を決める場ではなく、決める権限は他の方々にある。徒に場を乱す事など、ハーディン様は望まれないだろう」

 城の南方で拠点を守るハーディンの名を出したのが効いたのだろう、諸侯のざわめきはぴたりと止まった。

 ウルフがミネルバに向き直って、頭を下げる。

「我が国の心ない者による非礼な言い分、心よりお詫び致します。お詫びしきれるものではないがお許しください」

「いえ、オレルアンの方々が言われるのはもっともな事。――ですが、今はウルフ殿に感謝致します」

「お気遣いなく。ハーディン様であればこうされたはずだと感じただけですので」

 軍議の参加者がウルフの態度に対して納得のいく答えを得て、ようやく本線に戻ってみると「どうにか城を陥とせないものか」という話に立ち返ってしまった。

 上空から攻めるにも、切り崩した山の上に建つマケドニアの王城は高すぎるし、解放軍の天空騎士は数が少ない。

 かといって、城門を破ろうとすれば同胞を死体の山にするだけである。

 マルスがミネルバの方を向いた。

「ミネルバ王女は、降伏の使者を送る事にも反対ですか? 今取れる手段は他にないと思いますが」

 ミネルバはわずかに沈思した後に、口を開いた。

「マルス王子が仰るのなら、反対はしません。私の懸念がそのまま当たるかどうかは、推測だけでなく確かめてみる必要もありますから」



 右でささやかな勝利の宴が開かれているかと思えば、左では次の一手を置くための手回しに奔走している。

 包囲陣の中頃というのはそういう様相だったのだが、マチスはそのどちらにも加わらずひとりきりで陣の外側へ向かっていた。

 立場上、後者の中で参画していてもおかしくなかったのだが、厳しい立場のミネルバを励ますには適任と言い難かったので、軍議が終わると誰も連れずに歩きだしてしまったのである。

 陣の南側に近づくにつれて、遠く高い地点で見える赤々とした点が大きくなっていく。マケドニアの王城が夜目にもわかるほど夥しい数の篝火を焚き、異様なまでの存在感を示しているのだ。

 昼間の戦いで、父親が率いるマケドニア軍の魔道部隊は出てこなかった。竜騎士団先行の戦だったため、城の守りについていたからだと見られている。

 いつの間にか討たれていたという結末よりはまだいいが、軍議の様子を踏まえても、このまま和睦になって父親と戦わずに済むとは考えづらかった。そうした想像をしようと思っても、すぐに脳裏から消えてしまう。

 かつての上官オーダインには抱けた譲歩を願う感情というものが、どうしても涌いて来ない。

 マケドニアに反旗を翻して以来、直接対決の覚悟はここまで変わらなかった。父親の公平な厳格さのせいで、そういうものだと諦めはついている。

 あらゆる意味での高揚や緊張はほとんどない。

 強いて言えば、書簡の問いについては未だ答えが出ていないのが気がかりではあるが、あれは生きている限りずっと抱える葛藤として受け取るしかない。少なくとも、今に関しては時間が足りなかった。

 そうした思索の時間は、複数者の接近によって不意に終わりを告げた。

 捜しましたよ、と呼びかけてきたのは従士のルザ。後ろにはマチス隊顔なじみの騎馬騎士数名がいる。

「戻って来いって?」

 大方、本営付近の生真面目な連中にせっ突かれたのだろうと思って言ったのだが、ルザはそれに答えず自らの背後を見やった。

 後ろの人々の間から小柄な姿――光の魔道士リンダが現れたのである。

 予想外の姿は、困惑を呼ぶのに充分だった。

「わざわざ、おれを捜しに?」

 意識の端で星の宝珠の事を思い出したが、あれはもう大賢者ガトーの手に渡っていると聞いている。

 それとも渡す時に何らかの話があったのかと推察したが、リンダは控えめに言ってきた。

「わたしは……応援みたいなものです。居ても立ってもいられなかったものですから」

「応援って……」

 マチスが隣に立つルザを見やると、恐縮の様子を見せて頷いた。

「勝手ながらお願いに参りました」

 ルザはついてきていた騎馬騎士達を振り返って、少し下がってもらった。どうやら包囲陣の外側近くに行くことを見越して、リンダの護衛を買って出ていたらしい。

 本題を促すと、ルザは真剣この上ない顔つきで告げた。

「単刀直入に申し上げますと、あなたのお父上――伯爵様と戦わないでいただきたいのです」

 マチスは一瞬の間発言したルザをまともに見返し、次の瞬間には眉根に力が入ったのを感じた。

「ものすごい願い事だな……」

「非礼なのも、家臣が立ち入れない領域なのもわかっています。ですが、伯爵様に仕える人間の中に、そうした考えを持つ流れがあるのは確かなのです。

 わたしをこちらに送り出してくれた人は、伯爵様が孤独の中で絶えてしまうのを懸念されていました」

「…………」

「話を聞いてから、どうすればあなたに届くのか考えてみましたが、結局はわかりませんでした。一族から外れた扱いを受けた上に、今度の廃嫡に至って、訣別の思いから脱け出す理由など思いつかなかったのです。

 ですから、こうした願いを伝える事にしました」

 傍らに立つリンダがゆっくりと言い添える。

「わたしは単純に、マチスさんがお父様と戦うという事が悲しくて、いたたまれなかったんです。身勝手だとは思いましたし、止めるのはまた違うとも感じていましたけど……どうしても、このまま置いておきたくなくて」

 リンダは父ミロアの仇を討つために、この軍旅に同行している。そうした彼女から見れば、知己の者が父親と戦おうとするのは何かを突き動かすに値する事なのだろう。

 そして、リンダの思いは自分が父親を心から慕っていたから成立する話なのだ。

 どこかで間違わなければこうなっていたのかもしれない。が、この場合、あまりいい想像にならなかった。

 家の望む通りの存在になっていたとしたら、解放軍に打ち倒されていたのは自分の方なのである。

 押し黙るマチスに、周囲は別の反応を見たようだった。

「ごめんなさい、無理な事を言ってしまって……」

「あ、いや、そうじゃなくて」

 マチスは一度手振りを見せて否定する。

「何というか……色々こんがらがってるんだよ。おれもそうだけど――多分、親父も」

 偽りなき答えを告げるのは、これが精一杯だった。





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