「Noise messenger[4]」4-0-iii:1 |
(4-0-iii) 解放軍は出立を翌日に控え、南の城の広間には王都攻めに参加する将が集められた。 総大将のアリティア王子マルス、マケドニア王女ミネルバ、マケドニア白騎士団のパオラ・カチュア・エスト、マケドニア騎馬騎士隊マチス、マケドニア諸兵科・王女派諸侯の長、アリティア騎兵隊カイン、オレルアン狼騎士団のウルフ・ザガロ・ロシェ・ビラク、アカネイア弓手隊トーマス、アリティアの風の魔道士マリク、アカネイアの光の魔道士リンダ、傭兵隊シーザ、タリス王女シーダ。ここまでが今回召集を強く求められた面々である。 その後詰としてオレルアン王弟ハーディンとマケドニア第二王女マリア、カダイン高司祭ウェンデルらが入り、要所防衛にアリティア重騎士ドーガ、アカネイア重騎士ミシェラン、アカネイア戦車隊ベックがつき、傭兵隊のオグマとラディは彼ら後衛の中で臨機応変に動く役割になる。 この形にまとまるまで首脳陣の間で相当揉めており、特にマルスとミネルバとハーディンの扱いはなかなか折り合いがつかなかった。マルスとハーディンは戦人としてこの厳しい戦いに入らねばと主張し、ミネルバはマケドニア王族の立場から国を正しい姿に戻すこの機会に関わらなければ、これまで戦ってきた意味の大半が失われてしまう、と三者譲らない構えだったのである。 だが、いずれも弱味を抱えており、そこを突き詰めていった結果、神剣ファルシオンの使い手になるであろうマルスや、解放軍に長く賛同した唯一の成人マケドニア王族たるミネルバではなく、若手の成長著しいオレルアン騎士の統率者たるハーディンが外れることになった。カミユとの戦いで重傷を負った左腕の影響で、あまり長い時間槍を振るい続けれられないという点も付加されていたが、こうした個人の事由は各人似たり寄ったりである。最終的には、オレルアン若手騎士の成長に賭け、戦線全体の要素配分にも考慮してようやくオレルアン王弟が折れたのだった。 ただし、陣容を整えられたとはいっても、空の大軍を敵に回す不利は大きい。その負担が最も強くかかるのが、ミネルバとペガサス三姉妹の飛行実戦部隊だった。数の面だけで言えば、敵方の十分の一強と見込まれる戦力であるため、基本的には地上部隊の交戦に誘い込む役割を負っているが、時には味方の援護がない中で空中戦をする機会も出てくる。味方弓兵の射程に入る危険を相当長い時間冒さねばならないため、今までの『あらゆる弓兵の射程に入らない』という天空騎士の鉄則を破るのも苦慮する事だった。その上で、ミネルバ達は始終動き続けなくてはならない。 さすがにこれは見直すべきであろうという意見も出たのだが、空から攪乱を仕掛けなければ弓兵の配置をかいくぐられるばかりか、槍の届かない上空から何百、何千もの槍を逃げ場のない状況で落とされ、他の敵部隊に追い討ちをかけられたらその部隊はあっという間に壊滅してしまう。よって、危険も負担も大きいながら、ミネルバ達の存在は欠かせないものとなった。 そうした事情もあってか、壮行会の壇上にミネルバが立つと諸将の多くが姿勢を正し、向ける眼差しは誰に対するものよりも真摯になった。 これを受けるミネルバは周囲の変化を察しはしたものの、あくまでも語る事は彼女が抱き続けてきた到達点の事だった。 「マケドニアを正しい姿に戻す事は、 私は解放軍に集う人々の繋がりこそが、本来あるべき姿であると考えています。マケドニアが正式な大陸諸王国の一員に戻り、諸因の元凶ドルーアを滅ぼすため、この最後の戦いに今一度ここに集う方々の力を頂きたいのです!」 ミネルバが強く訴えかけると、あらゆる出身地の諸将から口々に賛同の声と拍手が沸いた。 この反応にミネルバは改めて感謝の意を示し、マルスとハーディンを加えて再度決戦への勝利を諸将全員へ呼びかけ、参加した全員が誓いの酒杯を飲み干し、壮行会は終わりを迎えた。 だが、諸将はおろか王族も誰ひとりとして帰らず、広間の隅に寄った。中にはわずか一口ほどの酒を気にして、窓際で少しでも酒気を払おうとしたり小者から水をもらう者もいる。 広間の中央が空けられると、隣室に控えていた聖職者が入ってきて儀式の場を整える作業が始まった。王都決戦に参加する諸将が集められた本当の目的はこちらの儀式であって、集まる面々が丁度いいからというのと、術者の準備に時間がかかるため、壮行会もこの機会に行っただけなのである。 この儀式によって諸将は 戦場に出る者にとって相当心強いこの法力の杖は、アリティア奪還戦の戦果で獲得し、ウェンデルら司祭の預かりとなっていた。当然ながら、行使するには聖職者として高い次元が要求される。 よって、この術者はウェンデルであるというのが諸将の認識だったのだが、 諸将の間で顔を見合わせる者が続出する中、儀式を受ける全員が広間の中央に集められ、ウェンデルから疑問を晴らす説明がなされた。 「此度の儀式はわたしが行う予定でしたが、マリア王女は若年にして非常に稀な優秀な聖職の才をお持ちで、この こうも役者が揃うと、いよいよをもって『マケドニアのための戦』の意識は強まる。ミネルバの演説があっただけに、相乗効果として現れているとも言えた。 法力を伝える媒体として、諸将は紐のついたごく小さな珠を渡され、円状に並ぶよう指示された。ミネルバとマルスの間にマリアが入る。 次の指示で全員が珠を持つ方の腕を中央へ伸ばし、マリアの詠唱が始まる。円の外に立つウェンデルやレナ、他の聖職者達もマリアを助けるような言葉の列を詠い、諸将の輪を一周して包むような形になった。 詠唱が半刻ほど続いた頃、マリアと外周の伸びた声が高音で重なり、各人の珠に光が宿ってゆっくりと消えていった。珠の色は若干明るくなっているように見える。 詠唱を終えたマリアは一度深く呼吸を整えて、輪の人々に顔を向けた。 「はい、これで 儀式が終わってしまうと、そこには謹厳な聖職者の衣をまとった少女が一三歳相応の顔を見せて立つばかりだった。 諸将の緊張も若干解けて、伸ばし続けていた腕を回したり軽く揉み解したりする中、マルスが隣のマリアに問いかけた。 「 和らいだはずの緊張がまた一同の間に走る。多くが軍の出身だから身動きしないのに慣れてはいるが、決して得意ではない。 それを知ってか知らずか、マリアは強く首を振った。 「そんなに大変な事じゃないの、マルス様。そんなに時間はかからないもの。 シスター、来て」 振り返って呼ばれたレナは、予定になかった事に少し目を見張りながらもマリアの後ろに控えた。 マリアが改まって全員を見渡す。 「ここにいるシスター・レナは代々伝わる門外不出の 小者がレナに近づいて、捧げ持つように杖を差し出す。 マリアが片目を瞑ってレナに訴えると、一瞬の思案の後に、わかりましたと頷いて自分の杖を受け取り、心持ち掲げるようにして両手で握った。 マルスが頷いて一同を見回す。 「せっかくの提案だし、今の僕達は少しでも助けが欲しい状況だからね。有り難く受けようと思うけど、どうかな」 先導者が乗り気になると話は早く、騎士や剣の使い手は剣を、弓の使い手は矢を作るために特別に誂えられている短剣を、魔道士は精霊の契約が宿る己の右手を掲げた。 互いに距離を合わせているうちに剣の切っ先が交差するような立ち位置になり、間合いの違う魔道士達の存在もあってか密集に近い形になった。 全員が場所を落ち着けると、レナの祈りの言葉が始まり、マリアや聖職者達の無言の祈りが一同を囲む。 ある者は輪を繋ぐ者に対する仲間意識を強くし、またある者は触れ合う刃から何かを感じ取り、別の者は何故かこうした事が再び起こる予感がしていた。 マリアの姿が垣間見える位置に立っていたオレルアンの騎士はこう思った。 ――この王女は、あらゆる意味で大いなる力を持っているのかもしれない。 |