サイト入口同人活動記録FE暗黒竜



FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(17) 「Noise messenger[4]」
(2009年12月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
17
SIDE STORY
605.11
[MACEDONIA]



(4-0-i)


 十一月初旬、マケドニア南部の空は晴れ渡っており、城の張り出しからは遠く海岸線を望むこともできた。

 その景観に時折、天馬騎士や竜騎士が伝令やら哨戒やらで飛び交うのが見えるのは、そういうものだと割り切ってしまえば、案外邪魔にはならない。

 眼下に広がる大規模な弓の教練風景は若干気になりはするものの、これも決戦に向けた事情があるから仕方のない事だった。

 むしろ異様なのは、この状況で茶飲みに興じるマケドニア人の騎馬部将とカダインの高司祭である。

「こ〜いうのが贅沢っちゃあ贅沢なんだがな」

 けど美味い、とマチスは中身を飲み乾す。

 日和もいいのでしょう、とウェンデルが続く。

「立ち飲みもなかなか味わい深い。季節の空も喫するとなれば尚更です。

 ――が、まさか今の時期に、茶飲みを誘われるとは思いませんでしたよ」

「ダメ元で言ったら司祭の方がすぐ準備始めてたのに、そう言うかなぁ……」

 マケドニア国内勢力の天秤を傾けるための戦や交渉は、ミネルバが南部と西部地方を押さえた所で、ミシェイルが東部の領主連合を呼び戻して王都に戦力を集中させる決戦の構えを見せたため、ほぼ終焉を迎えた。

 大陸最強の飛行戦力である竜騎士団のほとんどがミシェイルの元に残っているため、解放軍は現有戦力を見直して、マケドニアやオレルアンの諸侯戦力を中心に再編成を急いでいる。その最たるものが弓兵で、弓の玄人は例外なく教練や連携の確認で出払っていた。

 そもそも決戦の雰囲気が城内に漂い、周囲で歩く見張り兵からの視線はかなり気になるはずだったが、マチスもウェンデルもそんな素振りは全く見せない。

「これでも、わたしも色々と参っているのですよ。わかりづらいでしょうけれど」

 第二陣で到着したウェンデルは魔道と法力の術者を統率する役割に入っている。その中にはエクスカリバーの使い手である弟子マリクだけでなく、オーラの後継者たるリンダや、武器修理ハマーンの杖を継いだレナも含まれている。

「学院外でこれだけの使い手が一堂に会するのが稀なだけでなく、彼らが困難にぶつかった時、本当に何の力にもなれないというのは、やはり堪えるというものですよ。ガトー様が厭世の意思をお持ちでなければ、礼を尽くして解放軍にお迎えしようと思っていたのですが……」

「大賢者ねぇ……」

 マチスの呟きに否定めいたものが混じる。思い出されるのは先日の軍議だった。

 飛行戦力が少ない解放軍が竜騎士団と全力の正面衝突を演じるということは、大損害を見込むのが大前提となる。もちろんマケドニア王国軍の戦力はそれだけではないため、先の見通しは更に厳しい。

 これがただ単に王都を攻め落とすための戦なら、時間を使って色々と策を講じることもできるのだが、暗黒竜征伐のためにはこの勢いを止めたくないのが解放軍の本音だった。

 この避けられない難題に頭を抱えている所へ、ガトーが魔道で再接触を図り、戦火によってスターライトの魔道書精製の場が荒れてしまう可能性があるとして、できるだけ早い時期にと総大将マルスの召喚を求めてきた。

 場所はマケドニア王都郊外、北東の高山の麓に庵を結んでいるという。精製できる場所が限られているとはいえ、あまりにも敵地に近い。すぐ脇で戦場になってもおかしくなかった。

 そうなると、戦火に巻き込まれないうちに、という条件が最大の問題となる。戦端を開く前に転移ワープの杖で送るという手もなくはないが、帰る時に発見されては元も子もない。転移の杖は三本あるから、帰りの分の術者も転移させるという方法もあるが、その術者はまず帰れなくなる。人の命を数だけで考えれば安上がりという非情な勘定ができるが、法力の術者という他者を助ける事に従事する人間を見捨てる事など、騎士主体のこの軍勢にはできなかった。

 よって、ミシェイル率いるマケドニア王国軍との決戦では、ガトーの意向も考慮しながら展開する必要がある。勝とうとするだけでも被害甚大になりそうなのが想像つくだけに、もう少しどうにかならなかったのかと文句もつけたくなる。

「まぁ、お気持ちはわかりますよ。……ですが、スターライトの魔道もまた特別なものです。魔王ガーネフのマフーを打ち破るすべを持つ、それだけでも遥かなる叡智のたまものですから」

 言って、ウェンデルが自分の茶を大事に味わう。

 その横に立つマチスは、カダイン高司祭の言葉に頷くでもなく、かといって聞き流すでもなく黙って空を見ていた。

 南方マケドニアならではの秋の盛り、寝転んでいつまでも眺めていたいくらいに空はどこまでも高い。

「難しいもんだねぇ」

 しばらくして発せられたマチスの呟きに、ウェンデルは感じ入るように頷いた。

「カダインの者としても、良い結果になる事を願わずにはいられませんから。星の導きを信じるばかりです」

「星って――」

「星の宝珠オーブです。大丈夫ですよ、あれで終わりだとは思っていませんから」

 マチスとしては、ある意味終わった事にしてほしい話の種だった。

「そもそもあの精霊感知もそんなに役に立ってないんじゃ……」

「効果があると実証されたのなら、もっと見たいというのが人情ですよ」

「知らないうちに消費されてるとか、そ〜いう落ちだってありそうだけど」

「……やはり、戦争が終わったらカダインに来ませんか? お家の爵位はどなたかに譲らなければならなくなってしまいますが」

「当主やらなくて済むのはものすごく魅力的だけど、研究ってだけなら牡牛座の人間引っ張ってくりゃいいだけだろ?」

「いずれはラーマン寺院に返す物を、選別なく触らせられるはずがないでしょう」

 金の力で触れた人間は選別されたうちに入るのかと、マチスは反論しようとしたが、ウェンデルが周囲に目を配るのを見て、口を止めた。

 カダイン高司祭が声をひそめる。

「ミロア様の御令嬢から十二のサインの話は聞いていると思いますが、しばらくの間は他言無用に願えますか」

「別にいいけど……唐突っつーか、随分今更な話なんだな。口止めするならもっと早い方が良かったんじゃ?」

「全てをそらんじていなければ、あるいはそういう意思を持とうとする人が新たに現れなければ、問題はないのですよ」

「おれの時みたいに、金を積んで触る奴が出てくるだろうしな」

「それは、良くはないですが、確率で言えば十二分の一ですね。ひどく大雑把になりますけど」

 ということは、何かの特定の星座の人間が触ろうとすると、良くない事が起こるということである。今わかっているマチスの牡牛座タウルス、リンダの水瓶座アクエリア、それら以外のどれかで。

「……正直、そういう事がわかった理由は気になるけど、首は突っ込みたくないな」

「間違いであってくれれば良いと思っていますよ、ですからそのために窮屈な思いをさせてしまいますが、宜しくお願いします」

「ま、どのみちあれは全部覚えてないから、大丈夫じゃないかな」

 と、マチスの語尾をかき消すほどの慌しい足音を立て、ふたりが立つ張り出し部分に駆けつけてきた人物がいた。

 アリティア騎士カインとオレルアン騎士ロシェである。

 こちらの姿を見つけるや、開口一番、注意を飛ばしてきた。

「いやしくも本営の城で堂々と怠けるんじゃない! 士気にかかわるだろうが!」

「きさまの国の先行きが決まる決戦を前にして、どうしてそこまで気の抜けた真似ができるのか、非常に理解に苦しむ。それでいて、代えのないマケドニア騎馬将の筆頭だというのが尚腹立たしい!」

 騎士ふたりの詰問がマチスだけに向いているのは仕方のない所だが、受ける人間としてはたまったものではない。災難ですらあった。

 何だって解放軍の若い重鎮連中に直々に怒られなきゃいけないのかと、内心で疑問を抱きつつふてくされながらも、とりあえずは弁明に入る。

「適当な所で下がろうかって思ってたけど、意外と誰も来ないもんだから、長居してたわけで……」

「それはそうだろうな」

 低い声音でカインが肯定する。

 どこか恨めしげな感情も込めながら、アリティア騎士は続けた。

「注進をたまたま聞いたマルス様が警備上長に、あんた達を止める必要はないと言っていたらしい」

「――なんでまた?」

「聞いた話だが、マルス王子は腹を押さえて笑っていたというから、可笑しくて仕方がなかったんだろう。これも俺にはよくわからんが」

 と、ロシェが首を捻るのにカインが疲れたように同意する。

「俺とてわかりたくはない。だいたい、マケドニアの方々まで大半が容認しているというのは別の意味で問題だ」

 その話自体は初耳だったが、そこまで寛容になられるのも予想外ではあった。

「何でだろうなぁ……」

「いずれは軍属を外れるという話のせいではないか? ミネルバ王女が軍議の場で言っていたのだから、もう大半のマケドニア兵には伝わっているだろう」

「あ〜なるほど、それなら確かに」

「納得しているが、それだけ甘く見られているという事じゃないのか?」

 ロシェは眉をひそめて言ったが、それもずっと前からの事である。

「ともかく、こんな所での一服は止めてくれ。まともな感性の人間には十分悪影響だ」

 カインの言うことももっともだし、それなりに気晴らしはできたかと思えたので共犯のウェンデルを顧みると、こちらは弟子のマリクが駆けつけて嘆き調子のお説教をくらっていた。

 この弟子も弟子で、マケドニアに来てからというもの風の魔道を使えるせいで、竜騎士対策で忙しそうにしているというのにご苦労な話である。

 マリクと一緒に来ていたカダインの従者に茶の器を委ね、マチスは肩をすくめて騎士ふたりに向かった。

「悪ぃね、こんなんで出動させちまって」

「時期が時期だ、妙な騒動に繋げたりしないでもらいたいな」

「あんたひとりならまだ良かったんだが、ウェンデル高司祭と一緒だと多くの騎士は尻込みしてしまってな。どっちも、もう少しつるむ相手を選んで欲しいものだ」

 そう嘆かれても友人は友人だしなぁとしか返しようがない。多分ウェンデルの側は面白がっているのも込みだろうが。

「ま、おれはもう行くよ。やらなきゃいけない事あるし」

「そうだろうな、マケドニアの騎馬隊の数は随分増えたから」

「いや、そっちは関わってないよ。同じ隊に組み込まれたわけじゃないし」

 マチスの言に、ロシェとカインが実に不思議そうな表情を見せた。

 オーダインの戦線離脱によって騎馬騎士団は解体、団員が各々の思う道を取った結果、六割ほどが解放軍に身を寄せている。

「オーダイン将軍の元から移った騎士達も含めて、槍騎兵だけの部隊で独立するのではなかったのか?」

「俺もそう思っていたんだがな……。ようやく純然たる騎馬隊の長になれる機会が来たというのに」

 ふたりの言葉を要約すれば『勿体無い』ということになる。自身が槍を振るう騎士だからこそ、こうした言葉になったのだろう。

 諸事情があって、マチスの部隊は長い間ホースメンが多数を占めていたが、長のマチスが騎馬騎士であるために混成騎馬隊の形を取っていた。慣れもあるが、元々活躍を望まなかったこともあって、部隊の形に対するこだわりは強くなかったのである。

 マチスがカインとロシェの言葉を否定する理由はもうひとつあった。

「将軍と並べられると思うと、どうしてもあの人達の頭をやる気になれないんだよ。将軍に敵う奴なんか元々誰もいないんだけど、どうしてもな」

「そのオーダイン将軍を退けさせておいてか?」

「普通に戦ったわけじゃないし、一応命張ったんだからその辺で手ぇ打ってくれねえかな」

「別段構わないが、困るのはこちらに降ったマケドニアの騎士ではないかと言いたいだけだ」

 いかんせん立ち話をしすぎたと自覚したのか、ロシェが立ち去るように促し、マチスとカインも続く形になる。

 どこに行くのかと訊かれ、マチスは何気ない調子で城の裏側、と答えた。

 騎士ふたりは何となくそれ以上問えず、そこまで送り出せば成り行きとして終わるかと城の裏側――北方面に出たところで、じゃ、とマチスは手を挙げてすぐにふたりと離れてしまった。

 特別な様子を見せるでもなく、マチスは地下のある塔へ歩いていき、兵士によって開かれた、昼なお暗いその内部へと吸い込まれていったのである。





十六巻の最後へ                     NEXT




サイトTOP        INDEX