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「Noise messenger[3]」3-5:2







 味方が総崩れになる中、オーダインが残ったのは主に先の敗走の責任を取るためだった。

 どのみちマケドニアが戦場になれば、死の覚悟はしなければならない。その時期が決まっただけの事である。

 だから、ミネルバからの帰順要求には応えられないと決めていたのだが、単騎で現れた使者は、再びのある意味厄介な相手だった。

 その気質を見込んではいるが、こういう形で会うには遠慮したかった、というのが正直な気持ちである。

 更に奇妙だったのは、普通に話すのではなく、騎乗して出迎えてほしいという希望が加えられている事だった。

 配下の騎馬騎士達が図々しい、と非難していたが、いわくつきの相手であるだけにその声音もどこか押さえ気味だった。今度は何を仕掛けるのかといった心境なのだろう。

 要望通り、白馬に跨って砦を出ると、そこには人馬共に多くの戦場を渡り歩いてどこかくたびれた様子の騎馬騎士が待っていた。同盟軍の肩布もそうだが、何よりも顔は忘れていない。バセック伯爵の息子だった。

 どこにでもいそうな、しかし戦場に在るにしてはそれが異質に見える風貌の青年が軽く頭を下げた。

「希望を聞いてくださってありがとうございます、将軍」

「それくらいは構わぬと言いたいが、同じ手ならもう通用せぬぞ」

「いえ、今日は将軍の腕前を見せて貰いに来ました。――その、手槍の」

 そう言われて、持っていた手槍を一瞬だけ意識して視界に入れた。

「これで、どうしろというのだ?」

「おれが持っている、この槍を跳ね飛ばしてみてください」

 言って、マチスが右手の槍を掲げた。

 距離云々の要素が一応はオーダインの頭の中で巡るが、それよりも優先すべき言葉を放っていた。

「儂が狙いを外せば、そなたがただでは済まぬだろう !!」

「将軍ならできると思っていますので。これでも騎馬騎士団に居たことがありますから」

 絶対に何かを企んでいるとわかっているのに、あくまでもマチスの表情は涼やかなものだった。

 さすがに、鼻を明かしてやりたくなった。

 このままの距離であるなら、当てる事は可能である。槍を跳ね飛ばされて事無きを得るか、下手に持ちこたえてぶつかってしまうかはマチスの膂力にかかっているが、オーダインは前者の公算が高いと踏んでいる。

 ――せいぜい顔を青くすればいい。

 鞍上からの投擲は、オーダインの狙い通りに槍を跳ね飛ばし、マチスは後方へ重心を流されながらも火がついたかのように右手を振って打ち払っていた。

 持ち掛けた方のマチスは、オーダインが本当にやってみせた事と、投擲された手槍の迫力、二重の要素で引きつるような笑みになっていた。愉快、というよりは、恐怖を通り越えた先でもう笑うしかない、といった心境である。

 これはますます引退勧告がそぐわないと思ったが、それでも本来の用件から逸れる事はしなかった。

「将軍の手槍の技量、篤と拝見しました。これでもう思い残す事はありません」

「……? まるで、これから死にに行くような言い方をするのだな」

「いえ、死ぬのはマケドニアの聖騎士の方です、将軍」

 オーダインの眼光が鋭くなり、配下達も色めき立った。

「まさか、そなたが儂を手にかけるとでもいうのか、槍を失ったというのに」

「一応仕えている王女には――実際にはちょっと違うんですが――口先三寸でどうにかしてこい、とそんな感じで言われまして」

 いつのまにかマチスの表情は、またあの平然としたものに戻っていた。

「できれば、あんまり吹聴されたくないんで将軍だけに聞いて欲しかったんですが、仕方ないですね」

 今から殺すのに吹聴も何もあるものかと言ってやりたい気分だったが、配下のひとりが大袈裟に思えるほどに驚愕し、怯え始めた。

「ま、まさか、魔道を、いや呪術を使うつもりなんじゃ……!」

 バセック家が今は魔道の大家たいかであると思い出したのだろう。

 他の者達も身構えたが、それは当のマチスが否定してきた。

「おれは魔道は使えないし、呪術ってのも違うから」

 じゃあ何なんだという呻きの声に対し、

「夢、だね。叶えたい夢」

という正反対の答えが返ってきた。

 当然ながらオーダインは腑に落ちない。

「それで、儂を殺そうというのか……?」

「正確に言えば、マケドニアの聖騎士には当分いなくなってもらうための話です。

 ここにいる人達も知っての通り、おれは僧侶だの魔道だのそういう家に生まれついたけど、そっちの才能は全然現れなかった。そんなんで拗ねるのもおかしな話だったんだけど、だったら血筋による期待が顕現されなかった奴の価値なんてないし、そんな奴が貴い一族の一員なのは絶対におかしい。その一方で、生まれた階級で一生が決まっちまう人達がいる。この人達に、ちゃんとした知識や技能が与えられる環境があったら、人生が変わる可能性の方が大きい。そうした形をいつか打って、打って、打って、ならす――それがおれの夢です。

 なので、ええと、大陸が竜に支配されたら困るし、この戦争で死ぬわけにはいかないんですよ」

 凄まじい自己都合の話を締めくくり、間髪を与えずマチスは真顔で言い募った。

「将軍は生まれつきの家がどうこうじゃなくて、実力で聖騎士まで昇った人だしその歩みは他の人に真似できないものだったはずです。でも、それを活かすには今はとても窮屈な世の中になっています。戦え、殺せ、そうでなくば死ね、とね。

 ですが、将軍には生き延びて欲しい。欲を言えば、おれの夢を見届けてほしいけど、そうじゃなくてもいいんで、そのためにはマケドニア聖騎士オーダインは一度死んでほしいのです」

「――つまりは、その夢を見込むかどうかを態度で示せというわけか」

「その線だと厳しい気がするけど、おれには他にないですから」

 言って、マチスが両手を広げる。よく見ると、腰には剣すら携えていなかった。あの槍以外には、何も持っていなかったのだ。

「そなたには、恐怖心というのはないのか」

「恐いものは山とありますよ。いや、本当に数えたくないくらい」

「なのに、飛ばされるつもりの槍以外には何も持たなかったのか」

「将軍は、おれを今日まで生き延ばさせてくれた恩人なので。将軍がおれの部下になってくれた人達を鍛えてくれたから、ここまで来れたんです」

「ああわかったわかった、そういう褒め方をするな。まったく、どういう生き方をしたら、こんなものが現れるのやら……」

「はい?」

「いい、気にするな。

 これを持って行け。儂を倒した証、、、、、、だからな、二度と返すでないぞ」

 馬を寄せたオーダインが投げた物は、きれいな弧を描いてマチスの手元に落ちた。

「……また、そういう事を……」

 その勲章には、長い間聖騎士を務めた騎馬騎士が刻んだ人生の重みがある。

 『奇』では届かぬ、誇りがそこにあった。

 この後、騎馬騎士団はオーダインと共に各地へ散り、各々の思惑によって徐々に元の同僚を通じて解放軍へ合流していった。

 ただし、宣言した通り、オーダインが再び世間の目に姿を見せるのは、しばらく後の事になる。





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