「Noise messenger[3]」3-3:2 |
* 解放軍の西戦線は東と同様、境界線を確保する目的を持っていたが、敵方に騎馬隊の増援が駆けつけると総動員でこの前進を止める態勢に入った。 西戦線の主力はロシェ率いるオレルアン騎馬隊で、ペガサス三姉妹の部隊と後発から追いついていたシーザが率いる傭兵隊が彼らを補っている。 敵の騎馬隊は最初の戦で撤退させたオーダインが将を務め、自らも手槍を携えて突撃に加わるほどだった。 明日になればミネルバ達の到着が見込めるとわかってはいたが、ここを崩されてはまた解放軍の勢いが削がれかねない。今後のためにも積極的な攻めにかかった。 オーダインを狙う困難はなさそうだと見て取ったロシェは、数の利を使って道を拓き、敵指揮官への接近を試みた。 「オレルアン騎士ロシェ、マケドニアの聖騎士殿へ挑む!」 ほほう、と老聖騎士が振り向く。 騎馬の国たるオレルアンからすれば、敵国の聖騎士というのは手柄を上げる格好の相手だった。討ち取ればもちろんの事、そうでなくとも一定の成果を上げれば聖騎士へ昇る励みとして、多く賞される。 だから、南の城でオーダインを取り逃がした事は悔しかった。ロシェと年齢や実績、主君への忠誠心、いずれを取ってもそう変わらないはずだったアリティアのアベルとカインが聖騎士候補として互いに争い、実際にアベルが聖騎士に昇った事は彼を焦らせていたのである。 ここはもう譲るわけにはいかない、一度マケドニアに敗れていた事もこの時ばかりは熱気としてロシェに力をみなぎらせた。 ハーディンから下賜された銀の槍を振るい、オーダイン配下の騎馬騎士を退け、オーダイン自身へと肉迫した。 槍の間合いへ届きそうになったかと思ったその瞬間、ロシェは咄嗟の判断を強いられ、右側に落ちかけるほどの角度で鞍と馬の首にしがみついた。 と、同時に左肩の辺りで衝撃が走り、鎧の左肩の甲が破砕されたのがわかった。オーダインは真っ向からやってくるロシェに、槍を投擲してきたのである。 自らの配下に守られながら旋回し、鞍上の正位置にどうにか落ち着いたが、ロシェはマケドニアの聖騎士に対して驚きを禁じえなかった。 「ただの手槍で、あんな戦い方をするとは……!」 手槍というのは、あくまでも距離的優位のための武器であって、直接に槍を交えるためのものではない。それだけの破壊力を至近距離に近い段階で期待できないのと、実際に投じた後は隙だらけになってしまうからだ。 だが、こうして見る限りオーダインは従騎から手槍を補充はするものの、騎馬特有の馬体の勢いを生かした攻撃に用いる槍は持っていない。 これは、再度かかっていくしかない――。 妨害する敵の騎馬を退け、改めてオーダインへの攻撃態勢を整え、位置取りの工夫が実ったのか、かの聖騎士は同じ距離に届いても投擲してこなかった。 槍の近接戦なら、力満ちるこの躰と銀の槍で十二分に勝機はある。 ロシェが銀の槍でオーダインへ閃光の如き一撃を与えた――はずだったが、老聖騎士の手槍が銀の槍と交錯して攻撃を遮っていた。 のみならず、銀の槍の方が押し返されている。 「申し訳ないが、儂はこれで四十年近く食っておる。 マケドニアとて、こういう生き物が育まれるとご理解いただきたい」 言うや、オーダインはロシェの槍を振り切り、距離を取って戦場に大音声を響き渡らせた。 「儂はこの命で時代の変遷を見届けるため、老体に鞭打って来ておるのだ。これぞという者は居らぬのか!」 解放軍がこの戦闘で勝利を収めるというだけなら、あまり問題はない。実を言うと、形にこだわらなければオーダインを敗走させるのは難しくない。だが、それでは相手方に砦へ籠もらせてしまう。そうこうしているうちに、竜騎士団の大増援などが来られてしまうと、東と同じようにこちらが撤退の選択を強いられてしまうのだ。 そうした、いかにしてこの均衡を長引かせるかという思惑が広がる中、オーダインの言葉に反応した解放軍の将がひとり、前に出てきたのである。 緑と白を装備の基調とした天馬騎士は、澄み渡った秋空から舞い降りてマケドニア聖騎士と対峙した。 「 その名声は聞いておる、とオーダイン。 「竜騎士に昇らず至極を追う天馬騎士。その力、見させてもらうぞ」 両者が距離を取ると、上空のパオラがすぐさま仕掛けに入った。 天馬の勢いを槍に乗せて一閃を浴びせにかかるパオラに対し、オーダインは投擲せず、相手の勢いを逆に利用してパオラの槍を逸らせた。 得物を使っているだけに、オーダインへの衝撃も避けられないものの、元来不利となる上空からの攻撃を自らの領域で遣り過ごせる精神的優位は大きい。 かといってパオラはこの一撃で諦めるはずもなく、天馬と一体になって二度、三度と攻撃を繰り返す。 並の天馬騎士が聖騎士と対峙しようものなら、これ以前の段階で気力と体力を使い果たしただろうが、パオラはなおも攻撃を試みてそのうちの一度は、オーダインへまともに直撃したのである。 オーダインは、軽く朱に染まった右の肩口へ視線を向ける。 「悪くはない、悪くはないのだが……いかんせん、軽い」 手槍を握り、負傷をものともしないとばかりに、大きく振り回して見せる。 「そなたほどの使い手が竜騎士であったなら、儂はもう負けていてもおかしくないというのに、何をそこまで 老聖騎士の問いかけに、パオラはその瞬間こそ唇を引き結んだが、ふっと表情のこわばりが緩んだ。 「聖騎士殿がマケドニア騎馬騎士の究めを求めたように、私は天馬騎士を竜騎士の補佐や便利な伝令などではなく、女子が国の大事に関われる門のひとつとして確立したいと日々精進しているのです。 それに、竜騎士を至高に置くには疑問も感じております――燃費の面で」 パオラの最後の科白が聞こえたのはごく近くに居た者達だけだったが、敵軍の騎馬騎士団の人間の方が、それはよくわかると深い理解を示した。 竜騎士団は確かに大陸最強の空の王者である。しかし、軍用にまで育て上げた飛竜を大量に維持できる場所はかなり限られている。解放同盟軍が海路でマケドニアの地に迫っても、さしたる妨害ができなかったのは、そのための基地を岩山だらけの海岸線に築けなかったためだったのだ。 それにしても、とオーダインが半ば呆れながら言う。 「ミネルバ王女の臣であるにしては、思い切った事を言うものだな」 「生き甲斐を見つけてしまったもので、つい口が過ぎてしまいまして……」 と言った直後、パオラは表情を緊迫したものに一変させて、敵陣に背を向けて飛び立った。 それを追いかけるように北の砦から矢の斉射が行われたものの、掠りすらせず徒労に終わっている。 攻撃される前に気づけたから良かったものの、オーダインとやりあっているうちに、パオラは砦に近づきすぎていたのだった。 ロシェと合流して今後について検討し、今日はこれ以上交える必要もなさそうだろうという事でここで退き、ミネルバの到着を待って次の行動に備えていた。 |