「Noise messenger[3]」3-2:3 |
元から用事はこちらだったのか、マチスが近づくと隊員が指し示して大男の注意を向けた。 相も変わらず見上げるほどの姿が豪快に手を挙げて、寄ってくる。 「よう、久しぶりだな」 「ドーガか、こっち来てたんだな」 「ああ。せっかく前線守備につけると思ってたんだが、ウチの王子がここで控えているんじゃ仕方ねえ。 何か、色々聞いてるぜ。総合すると上々ってわけじゃあなさそうだが、もうそろそろ出世するんじゃねえか?」 「ぞっとしねえよ、それ……」 がくりと肩を落とすマチスである。最近やらかしている事が目立つだけに、この手の話題は避けられないのだろうと観念し始めているが、訪れる事であるらしい結果まではまだ直視したくないのが本音だった。 「だいたい、出世したって面倒が増えるだけだろ」 「まあ、そりゃそうだがな。それとも、そういうのも後々の仕掛けっていうなら頷いておくが」 「……?」 首を傾げるマチスに、まあいいさ、とドーガが肩をすくめる。 「とりあえずは当面の事だぁな。これから戦が激しくなるから、へばらねぇようにしないと」 「おれは今の段階で十分疲れてるけどな……」 「戦の疲れは喰って持ち堪えるしかないだろ。食い気がなくなったら注意した方が……」 「そうじゃなくて」 「ん?」 「何つーか、王子とか王女とか王女とか、その辺と話す機会が多くて、たまには休みたいなぁと……」 「お前、結構罰当たりだな……。ウチの大将はともかくとして、ミネルバ王女とマリア王女はどっちも目の保養になるじゃねぇか」 「あんまし、そういう目で見る気になれないんだよ。ピンと来ない」 「じゃあ、好みの系が違うのか」 「あ〜〜〜、そっちも考えた事ないな。考えても仕方ないっていうか」 「どういう意味だ、そりゃ」 「ずっと前の話だけど、おれの場合さ、家とかそういうのがくっついてきて見られてたのがわかってたから、何かその時点でどうでもよくなっちまって」 「だから、浮いた話のひとつもないのかよ。お前さんの部下連中が嘆くのもよくわかるぜ」 「そんな事言われてんの? おれ」 「何を今更……意外と女子の交友関係広いのが羨ましいっつうのに。ほら、例えば……」 と、ドーガが口を開きかけたところで、ふたりは通りの向こうから軽い足取りで近づいてくる人影に気づいた。高く結い上げた栗色の髪が歩く動きに合わせ、小さく跳ねている。 「どうして、自覚のない奴ほどこう恵まれるんだか……」 小さく呟くドーガをよそに、ふたりの前に現れたリンダが話しかけてきた。 「こんにちは、騎乗の練習に来たのですけど、奇遇ですね」 何の用事かと半ば身構えていたふたりは、片や安堵、片や軽く悔しがる形となった。 後者たるドーガの反応に、リンダが瞬きをする。 「どうかなさったんですか?」 「俺の読みとちょっと違ってたんでね。今日もまた、こいつのありそうでない女運が発揮されたんだと思ってたんだが」 ドーガは多少の意地悪を込めて言ったつもりだったが、この少女魔道士は予想外の答えを振りかざしてきた。 「あら? マチスさんって既婚者じゃなかったんですか?」 「え?」 「何だと?」 男ふたりの声音がこれ以上ない疑問の色を持って響き渡る。 無意識に左手に目をやってしまいつつ、マチスは困惑していた。 「指輪とかはつけてないし、どっからそういう風に……?」 「違っていたんですか?」 「それは置いといて、俺も気になるんだが。どうしてそう思ったんだ?」 「どうしてって……あの、ノルダの時に、オーラの魔道を受けて、それでもわたしの所に来てくれた時に、父も修行の最中にこうして受け止めてくれたのを思い出して、それから何とはなしにそう思ってしまって」 「…………」 「…………」 父性の条件が『オーラを受けられる事』とは、凄まじい話ではある。 その情報発信源は申し訳なさそうな顔に戻って、マチスを見上げていた。 「でも、気を悪くされたんじゃ……」 「……いや、いいよ。何となくおかしいとは思ってたし」 その気がないとはいっても、お兄さん的ではなくお父さん的に見られていたと言われれば、どうしても心の中で落胆は生じてしまう。そもそも、あまり恋愛に縁のない身で十歳離れていれば、何か条件が足されていて当然なのだが。 一方、可笑しいんだか気の毒がっていいのかで揺れているのがドーガだった。 「こりゃ、下手に想いを寄せていなかったのは幸いだったんじゃないか?」 「まぁな。……別に、気にしなくていいから、本当に」 後半部分はリンダに向けたものだったが、言われた方は、はい、と小さく呟くだけだった。 それが気になったのか、ドーガがたたみかける。 「今までも気にしてなかったんだから、考えるこたぁねえよ。こいつの頭ん中は色事限定で堅物聖職者だと思えばいいんだから。そうすれば、シスター・レナの兄貴ってのもようやく信じられる」 ずいぶんな話の飛躍ぶりに、マチスはドーガを怪訝そうに見やった。 「変にこじつけなくったっていいっていうか、まだ疑ってんのか?」 「顔はな」 迷いのない断定ぶりだった。 あまり納得したい流れではなかったものの、引きずりたい話でもなかった。 何より、リンダの邪魔をしてしまっていたので、無理矢理ではありながらもマチスは引き上げる事にしたのである。 |