「Noise messenger[2]」 2-2:6 |
* 東の戦線は山に挟まれた街道を背にして、マケドニア軍が先陣を敷いている。 解放軍が攻める際、最初は仕掛けられるのだが、次第に山あいへと引き込まれて、そこへ竜騎士団が左右の上空から現れて散々に攻撃を受け、撤退を余儀なくされるというのが、このところの戦いぶりだった。 「……これって、仕掛けなければ攻撃されないんじゃないか?」 マチスが問うのに、なっちゃいないと歩兵部隊長が首を振る。 「ずっと睨み合いをしていたら冬が来る。北国ほどは困らんが、食うのと海路の補給で不自由さが増す。長引かせるつもりなどないに決まっているだろう。 歩兵部隊長の向けた視線の先にいるのは、東戦線のオレルアン勢と彼らをまとめるビラクだった。オレルアンの中でもハーディンに次ぐ四雄という立場であるにもかかわらず少勢の指揮官として乗り出しているのは、雪辱戦にかける意気込みと共に、各国の兼ね合いで兵数を調整させられている部下達を鼓舞させるためだという。 赤毛を刈り込み、普通の青年然としたビラクの容貌はマチスと結構似ていたりもするのだが、その性質はきわめて真面目であるため、雰囲気が全く違う。加えて、基本的には冷静なため、違いは殊更はっきりとしていた。が、示し合わせたわけでもないのに同じような出で立ちになったということが以前あったので、微妙な意味で注意しなければいけない対象ではあった。 そのビラクが指揮する騎馬隊は、果敢に攻めるものの引き際も心得ており、山が関わるこの地形であっても竜騎士団には翻弄されずに済んでいるという。 「これからは本隊待ちだから今までのように攻めることはないだろう。防衛にしても、オレルアンのホースメンが動ければ今までほど恐れずに済む。呼んでおいて悪いが、出番は少ないかもな。 「今は、っていうよりも、多分それで全部じゃないか」 重歩兵部隊長の科白へマチスが言い返すと、んっと両名が目を向けた。 「百にも満たない少勢だと思ったが、そうなのか?」 「親父の領地は辺境っちゃ辺境だから。伯爵って名前はついてるけど、魔道部隊がなけりゃ坊さんの家だし。前に説得を促されたけど、そんなに影響が出るとも思えない」 「……まあそれはそれとして、下手に前に出るのはやめた方がいい。挑発されても踏み止まってくれ」 「そりゃいいけど、そんなにひどいもんかね」 「出てみればわかる。特にきさまの場合は――」 歩兵部隊長が続けようとした時、伝令が駆け込んできた。 「敵軍が接近しています! 司令の侯爵も部隊を率いて前に出ているようです!」 「司令が?」 その場にいた人間は一様に驚いた。 どういうことかと詳細を聞くうちに、先陣の先頭にはマチスに関わるティーザの兵が敵司令の部隊と共に配置されているとわかった。 この取り合わせに嫌な予感がしながらも、マチスは思うところを言葉にするしかなかった。 「それと向こうの頭が出てくるのは、どう関係があるんだ……?」 「最初の反逆者というのは、それなりに格が違うんだろう」 「…………」 「好機と言いたくはあるが、それだけの戦力はない。ひとまず敵方を退けるのを目標にするしかなさそうだ」 ともあれ緊急の軍議が開かれ、迎撃の方針を急いで固めた後に各部隊は展開することになった。 マチスが自分の部隊に戻り、じきに配置の段になるところでボルポートが問いかけてきた。 「お家(いえ)の方々がこちらに向かっていると伺いましたが、やはり戦われるのですか?」 「挑発に乗るなって言われてるけど、戦闘がそういう流れになったらそうなるだろうな。って、前にもこういう事言わなかったっけ?」 「領主軍は大方雑兵も率いています。彼らとて多くは低層の出自、上の者によって戦いの場に立たされている者だと思い返しまして」 「……そう言われるときついな。けど、他の国で殺しといて、今更きれいごとは言えねえよ」 肩を落とすマチスに、ボルポートは抑揚なく続ける。 「進軍の意図と、自分の過去を打ち消すためとでは、意図は変わります」 「……いやな言い方だな、それ。おれはそういうつもりはないんだし、勘弁してくれよ」 「そういう要素がどうしてもついて回るというだけです」 「そう言うんだったら、過去なんてのも消えやしないさ。どんなにろくでもないものであっても、その積み重ねがあっておれはここにいるんだから。 ――ただまあ、無理矢理戦わされてる人までひっくるめてってのは、確かに行き過ぎではあるよな」 「そこで、ひとつ試していただきたいのです」 ん? とマチスが眉根を寄せた。 「今のはおれを諭してたんじゃねえの?」 「それもあります。しかしながら本音を言えば、本題はこちらであると言わざるを得ないでしょう」 「……で?」 わずか一語の問いだったが、決して軽いものではない。 その気配を認めて、ボルポートは新たな言葉を発する。 「あなたに釣られて敵の司令が出てきているのなら、この状況を利用しきってしまおうと思います。完全な解決ではありませんが、司令官を倒せばおそらく領主勢の集まりをまとめる人間はいなくなるでしょう」 とは言ってくれたが、マチスに負の万感の思いが強まったのも確かだった。 何か言いたい気持ちはあったが、黙って続きを促す。 「向こうが挑発する以上に、こちらも――というより、あなたが敵軍を挑発して、司令を前に出し、なおかつ陣に引かせずに突撃の命令を誘発させてください。もちろん、その直後に全速力で逃げていただいて構いません。おそらく、その頃に決着がつくとは思いますが」 やはりというべくか難題がいくつか並んでいたが、最近はこういう事ばかりに出くわしているせいか、この手の感覚は麻痺しかけているように思えた。 ごく普通に問い返したものである。 「挑発ったって、乗るかね? あんまりそういうのやった事ないけど」 「おそらく、今回必要としている挑発でこれ以上の適任者は、解放軍のどこを捜してもいません。少し恐くもありますが、楽しみにしています」 楽しみという言葉が引っかかりもしたが、自分が適任であるというのもマチスには意外だった。 「そんなもんなのか……?」 「ええ。で、その後についてですが――」 と、肝心の司令を倒す方法をボルポートが明かすと、こちらはマチスを大いに頷かせた。 「確かに、やろうと思えばできるねぇ……。縁とはいえ、凄い奴を紹介してもらっちまったよな」 「きっかけは不幸な事でしたから、その分礼を尽くしたいものですな」 そりゃもちろん、とマチスは珍しいほど胸を張って請け負う。 「でもさ、これってまた手柄扱いにされねえ?」 「あぁすみません、先日あなたがご自分でとんでもない事をされたので、その『悪名』に乗ってみたくなりました」 「ひでぇ話だ……」 「ともかく、行きましょう。待たせてもいけませんから」 「そうだな」 ふたりは足早に、それぞれの馬の元へ向かったのだった。 |