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「Noise messenger[2]」 2-2:1




(2-2)


 王ミシェイルと最南部を得た王女ミネルバの間でマケドニアの二分状態が始まり、両者の境界線に近い地方領主は同盟軍の先勝を見て身の振り方に心が揺れている。

 普段はミシェイルへの忠誠を疑わない者でも、初戦での同盟軍の戦勝を見て焦りを感じ、どうすればいいのか闇雲に情報を集める中で、同盟軍に返ったマケドニア騎士が領主や側近く仕える騎士に近づき、ミネルバに付かないかと誘いをかけてくる。

 行動の速い者は寝返ったりしたものだが、その点での対抗策は抜かりなく、ミシェイルは竜騎士の伝令を各地に飛ばし、竜騎士団と周辺の領主軍が集まって要所の防衛に当たると触れを出して動揺を押さえ込んでいた。

 そうした領主軍の一兵士としてルザは同僚と共にバセック伯爵領の高地ティーザを発ち、南部東方面の戦線へ向かっているところだった。

 同盟軍が上陸する直前から非常態勢が取られ、元々兵役についていた者だけでなく男手はかなりの割合で集められ、まとめて収穫されたばかりの穀物等も要衝拠点へ向けて送られている。

 いよいよをもって戦かと実感できたのも束の間、自分達も連合領主勢として任地に向かうことになった。

 この領主連合の指揮を執るのは南部の侯爵。ミシェイルから直々に指揮権を委ねられ、大いに張り切っているという。

 ティーザ勢、と呼び表される彼らの主君たるバセック伯爵は、王国軍の魔道部隊を束ねているため、この場にはいない。この集団をまとめているのは伯爵家に武官として長年仕えてきた人で、ルザもこの人の下には何度かついた事があった。

 明らかな情報としては避けられている節があるが、マケドニアに反旗を翻し廃嫡されたマチスが近づいている事は、伯爵の兵に緊張をもたらしている。初戦の陣に馳せ参じていったアイルを破って、捕虜におさめたばかりではない。城をたった一度の交渉で明け渡させたという話まで入っている。以前は無能とまで言われていただけに信じ難い、とはいうものの、それだけに彼らの間には奇妙に張り詰めた空気が漂っているのだ。

 如何なる相手でも侮るなというのが伯爵の持論である。だが、腰の引けた状態でそれを倣うのはあまりいい状態ではない。

 同僚の中には不安がって、かつてマチスの監視役をやっていた人間に色々と質問する者もいたが、ルザ以外は違う人間の話がすり替えられたのではないか、などと返す始末である。

 ルザにもその質問はやってきたが、多少甘めの点をつけていると内心で自覚していても、百八十度転換するほどの答えは出ない。

「生きて帰ってきただけでも不思議ですね」

 と返すに留めている。

 ともあれ、ティーザ郡の兵は敵と通じる疑いを晴らすためにも、領主連合の戦線では率先して最前線に立たなければならない事には変わりない。バセック伯爵からそう命じられたわけではなく、彼らの覚悟がその点に行き着いただけの話だった。

 オレルアンで発足し、グルニアに至るまで同盟軍の版図の塗り替えようは異様なほど早く、マケドニアに上陸してからも勢いは衰えていない。

 たかが地方領主の兵が集まったところで苦戦は必至――と思われていたが、戦線の陣に着いてみると、意外なほど士気は高かった。ミシェイルが各地の戦線に対して檄文を送り、この内容が末端の兵士までに対して広められたためだという。

のみならず、司令官には王自らが策を記した書簡も授けられている。この数日で同盟軍は侵攻部隊を繰り出してきたが、騎馬の不都合な地形に誘い出し、竜騎士団や天馬騎士団が援護することによって戦線は未だ破られていない。

 これなら初戦を取られた不利を覆すのも可能ではないか――そんな雰囲気が漂い出す中で、敵方にミネルバの旗を掲げる歩兵隊が現れた。軽重合わせて六百程度。

 ミネルバの名を出して彼方が吠えるのに対し、こちらは王の名をもって正当性を誇示する。

 互いに折り合いがつくはずもなくやがて交戦に入り、ここでティーザ郡の隊が名乗りを上げた。

 他領主勢と比べて数に勝るわけでもなく、精強で知られているものでもないが、後ろ暗いところがあると思われるのが心外であるとする彼らの気持ちを汲み、司令官の侯爵は最前線に置く事を良しとしたのである。

 元より総数は倍以上、加えて空から竜騎士団と天馬騎士団が援護するものだから、マケドニアの軍勢に負ける要素はなかった。

 深入りを避けた同盟軍が早々に引き上げ、天馬騎士団がそれを追走する。連合領主勢は追いかける形を作ったが、敵の逃げ足が速く、こちらも深くは追うべきでないとほどほどのところで追うのを止めた。

 陣に戻ってきたティーザ勢は他の領主勢と同じように労いを受け、休む事を許された。

 宿営地で一息ついてみれば、その疲れた表情から各々が強い緊張状態にあった事は難くなかった。最初の戦闘だった事もあるが、ミネルバに与(くみ)するマケドニア人の部隊が出てきたため、早くもマチスが現れるのではないかと警戒していたのである。

 それは杞憂に終わり、今回はこちらの被害がほとんど出ないうちに敵が引き上げてしまったものだから、現時点で彼方の戦力はさほど整っていないと思われた。

 ティーザ勢の指揮官はルザ達伯爵家の騎士を集めた。

「伯爵様は、領主軍としての務めは必ず果たせと仰せになったが、我らは地方の寡兵である故無理をするなとも言われておる。アイル様を取り返す事を意識してもならんと。……ただ、話として出すには早いかもしれんが、前線の様子がこのような形なら、場合によっては積極的に出ても良いのではないかと思っているのだ」

 バセック伯爵は、捕虜になったアイルに関して下手に干渉しようとせず、そのままにしておく決定を下している。実父のディグ卿は相当食い下がったようだったが、伯爵の決意を変えるには至らなかった。

 が、アイルは今や伯爵家の後を継げる唯一の若い世代である。手の届きそうな場所にいる者は、やはり奪還を考えたくなるものだった。

「一回だけの戦闘では何とも言えんが、今までここを支えていた軍勢は負けを知らんと聞いている。同盟軍はマケドニアのような地での戦闘は不慣れなのだろう。機が訪れれば進撃の命令が出るだろうから、その点は心しておいてくれ」

 解散を告げられ、騎士達は各々の天幕に向かう。

そうした中、ルザの足取りは他の騎士よりも心持ち重いものになっていた。

「わかってはいたが、避けられるはずがない、か……」

 低い呟きは誰かに聞かれることなく、宿営地の喧騒に紛れて消えていく。

 伯爵自身がマチスの討伐を宣言している手前、緊張はしても回避をする理由はない。指揮官が話題に出さなかったのは、語る必要すらないということだ。

 ルザも伯爵家の兵だから、主君の命令に従うのは当然である。ただ、これに精神も同調して討ち果たすのだと思い込む前に、マチスを憎めない気持ちが先に立ってしまっただけの話だった。

 突飛な事はするし、隙はありすぎる。だが、妙な居心地の良さがあった事も否定できない。自分を含む王侯貴族の否定に著しい反応は見せるものの、ルザ自身に降りかかる問題ではなかったため、当時は「困った人」程度の認識で済んでいた。

 マチスが反ミシェイルの一番手に立ったと聞いた時、大それた――しかも、似合わない事をするものだと思ったものの、そこまで強い意志があったかと驚いたのも事実だった。それでも、同盟軍は遥か離れたオレルアンにいたから「敵」の現実味は乏しい。そうした対峙は遠いいつかの話だろうし、二度と会わない――というよりも、会えない可能性も相当にあったと考えていたのだ。

 しかし、その時は間近に迫りつつある。この戦線に居続ければティーザ勢の存在はマチスにも届くだろう。

 仮に交戦へ至ったとしても、おそらく自分が直接刃を交えることはない。だが、その先で倒されると思えば胸は痛んだ。

 もっとも、こんな思いを抱くのがルザだけである事も承知している。だから、間違っても表には出せない。

 貴族らしくなく、人当たりはやわらかい。

 自分の無力を承知していて下には甘い。

 貴族であるくせに、自分もろとも存在を否定する。

 駄目なところは多いが、嫌いではないのだ。

 なのに、敵味方に分かれて全力で命を取ろうとしなければならない。

「――まったく、嫌な時代だ……」

 今度の呟きもまた誰が聞くでもなく、風へ流れていった。





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