サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[2]」 2-1:4






 解放軍が本営を置くマケドニア最南端の城は、今や各国の兵士が行き来する雑多な雰囲気の中にあるが、オーダインが主将を務めていたように元々は騎馬騎士団の拠点だった。

 元騎馬騎士団員で構成されたマチス隊の面々にとって、この城へは「帰って」きたことになるが、主な建物は本営が占めているし、解放軍が上に収まっているせいか町並みすら違うものに見える。

 それでも見慣れた風景は時折感慨を呼び起こし、先の戦にまつわる諸事が終わって酒の場に集まってみれば、自然とそうした話になった。

「何というか、本当に戻ってきたんだな……」

「オレルアンにいた頃には想像つかなかったからな。よく生きていたよ、俺達は」

 当然ながら、この途上で死出の旅に出ざるを得なかった仲間も多数いる。彼らとの命運の違いはほとんどなく、生き延びたのはたまたまそうした位置にいたに過ぎないという思いが強い。

「あとは家族に会えりゃいいけど……難しいだろうな」

「最悪の場合は敵だからな……嫌だけど、こればっかりはどうしようもない」

 領主軍との戦いで親兄弟、縁戚の人々と直接戦う事も普通にあり得る。

 国に反旗を翻した時点でついて回る事とはわかっていたが、この再認識は殊更堪えた。

「長殿が冗談で将軍に寝返らないのかって言ってた話があったけど、こっちの方がきついな。敵側に口の上手いのがいないのを願うぜ」

「それを言うなら、こっちの使者の口が上手いのを願いたいな。戦が終わるまで、あと少しなんだ」

 騎馬騎士団はホースメンを中心として低層出身の人間が多い。こうした思いが発露しやすいのも無理からぬ事だった。

 そうしたやりとりを見つつ、騎馬騎士隊副長のシューグはその輪に混ざらず、手甲の一部分を持ち込んでやすりをかけていた。

 それを目に留めた同僚が近づいて声をかける。

「呑まないのか」

「気分じゃねえな。腹の中が妙に落ち着かない」

「……何かあったか」

「別にそういうわけじゃない。

 ただ、浮かれるのは早いんじゃねえかと思うだけだ」

「ミネルバ様が勝てるとは限らないということか」

「いや、こっちの軍は大丈夫だろう。アリティアだのオレルアンだのだけでも勝つにゃ勝つ。竜騎士団が本腰入れて襲い掛かってくるんだから、俺達が生き延びるかどうかはわからんがな。ここまで来た強運だけじゃ足りないっていうんだ、贅沢なもんだぜ」

 口の動きと鑢をかける手先の動きは連動するようかのようにその速度を増す。直接言い表さずとも、胸に迫っているものを想起させるには充分だった。

「斬り込み役のお前でも不安に駆られるか」

「斬り込み役だからだよ。死んでった奴と一緒に命張ってたからな、戦場が残ってりゃまだ終わってねえって事だ。
 幸い、俺には心配するような身内は残ってない。せいぜい、最後まで暴れてくるさ。あとは死に際に、あいつに恩着せがましく言い立ててやれば充分だろ」

「あいつ? ……長殿の事か?」

 ああ、とシューグは返す。

「臆病者の理屈とやらで戦うのを避けようとしてたらしいが、どこ行っても小さいなりに戦闘は避けられなかったからな。賭けに負けた帳消しはだいぶしてやったつもりだっていうわけだ。
 ……けどな、最近の奴は余計によくわからん。剣が苦手だとか言ってた割には腕に覚えがある従兄弟に勝って、その上、単身で城に乗り込んでオーダイン将軍を退却させてる」

「間者の噂か。俺はその噂の方が疑わしいと思っているがね」

「そんな細かい事までできたら、少なくとも副官殿は要らねえな。そういう事を仕込んだっていうならまだわかるが」

「今、わたしを呼んだか?」

 と、シューグと同僚の前にそのボルポートが現れた。

 ふたりして複雑な面持ちで見上げる。

「なんでそう都合良く現れるんだよ」

「いや、それもそうだが……副官殿は、西方の領主を訪ねに行かれたのではなかったのですか?」

 この問いに、ボルポートは軽く肩をすくめてみせる。

「競合した相手にもっと良さそうな伝手(つて)があったのでな、選から洩れた。こういう時にまで騎馬騎士団と鉄騎士団の違いを見せつけられるとは思わなんだが、この今に隊を離れずに済んだから幸いだったと考えるべきだろう」

「あんたも、あいつの動向がわからねえクチか?」

 唐突な質問にボルポートは若干面食らいながらも、唸りを交えて返す。

「それこそ今更のような気もするが……あの人は変に身内に対して厳しい見方をしているのが、心配といえば心配だな。伯爵家の側にいる人間は全て敵だと思っているのかもしれん。相手がバセック伯爵では無理もないがな」

「伯爵がやたら厳しい堅物ってのは聞いてるが、本当に家中が敵なのか?」

「本当も何も――今は戻っているから、直接聞いてみるか? わたしにはお前が言うほど変わっているように見えなかったから、さっきの答えを出すのもいいだろう」

「指揮官が気安いのも良し悪しだが、今回ばかりはいい事にしておくか」

 シューグが立ち上がり、三人して訪ねてみると、マチスは眉間に手を当ててため息をついていた。

 あまりにもはっきりした態度だったので、ボルポートが尋ねた。

「……頭痛か何かですか。あるいは、考え事か」

「ど〜して来たのかなと思って心当たりを思い出そうとしてるんだけど、なんかうまくいかないんだよ」

「訊かれる度にそんな面倒な事してるのか、お前は」

「変に癖になっちまってるんだろ。本当にまずいものはすぐに思い出すんだけどな」

 騎馬騎士部隊の副長に過ぎないシューグにお前扱いされても、マチスの顔色は変わらない。それは、これまでと同じではあるのだが、城の件を経ているだけに引っかかるものもある。

 それで? と弱った風に見せながらもマチスに訊き返され、シューグは早速本題を出した。

「伯爵家ってのは本当に全部敵なのか? 誰かしら味方がいてもおかしくないだろう」

「味方ねぇ……全っ然思いつかないな。親父がこうって言ったら、そっくりそのまま家も一族もそっち向くし。逆らう奴はいないだろ」

 希望のかけらすら窺わせない。

 この答えに、シューグはげんなりとしたものだった。

「あのな、少しは考えるそぶりぐらい見せろっていうんだ。だいたい、伯爵の兵には知ってる奴もいるだろう。そいつらと真っ向から戦うつもりか?」

「そうしなきゃいけないんじゃないか? 解放軍にとっては敵軍なんだし」

 湿りすぎていても困るが、こうもドライだと他人事のように捉えているのではないかと疑いたくなる。

 こうも気を削がれる答えが度重なると、こちらが眉間に手を当ててしまいたかったが、諦めるのもまた違う気がしてシューグは言葉を重ねる。

「オーダイン将軍を撤退させたんだから、こっちの説得もしちまえばいいだろうが。そうすりゃ敵も減るし、面倒な士気持ってる奴と戦わなくて済む」

「……難しい事をえらく簡単に言ってないか?」

「敵の本拠地に単身で乗り込んで生還した奴に言われたかねえ。
 そもそも、あん時に誰にも相談しなかっただろ」

「そういう気がした、ってしか言いようがないんだよ。同じ事もう一回やれって言われても、絶対無理だから」

「じゃあ何か、この間のは全部たまたまだった、って事か?」

「…………」

 押し黙ったマチスはどう答えたものか、決めかねているようだった。

 どうやら困らせたらしいとシューグは気づいたが、それだけではどうすることもできない。思っている事を連ねるのがせいぜいだった。

「毎回期待してるわけじゃないし、正直アテにしているとは思われたくねえ。けど、そのふにゃふにゃした仮面はそろそろ引っ剥(ぱが)したらどうだって言ってるんだ」

「仮面? ……何が」

「お前のその態度だ」

 戦場で切り込む時のように、シューグは深く踏み込んだ。

「これでも最初から見てきてるんだ、変に底の知れないところがあるのはわかってる。それでいて戦いたがらねえし、俺の暴言を見過ごすし、部下連中にはやたら甘い。それもいいところではあるんだろうよ。

 だがな、もう本腰入れねえとここまで来たのが無駄になるんじゃないか?」

 ここまで言われれば何かしら胸に迫るものはありそうなものだったが、そう言われたマチスはまだ首を傾げていた。

「本腰って言われてもな……どうすりゃいいんだか」

 本当に困惑しているのを見て取り、シューグは言い添えた。

「じゃあ言い方を変える、本気を出せ」

「今でも十分本気だって」

 冗談きついぜ、とこぼし、

「今、俺と剣でやりあっても形になるっていうんだな?」

と言ってやった。

「そう言われるとなぁ……あれだって形になってたわけじゃないだろうし」

「少なくとも、十三連敗を話の種にしてた頃の腕じゃああはならねえ」

 と、言い捨てたところでシューグはため息をついた。いい加減疲れてきていたのである。

「――まあいい、言ったって無駄なのはわかった。気が済んだわけじゃねえが、戻らせてもらうや」

 勝手に宣言し、部屋を出て少し歩いたところで、ボルポートと同僚が追いついてきた。

「わざわざ俺を追いかけて来なくてもいいだろうが」

「別段長居する用事もなかったから、少し話して終わりにさせてもらっただけだ。

 さっきの話だが、あの人なりに本気ではあると思うがな。常の場で鋭さが欠けているのは否定できないが」

「だとすると、そういう場面にならないとやる気を出さねえって? それも迷惑な話じゃねえか」

「やる時はやる、という言い方もできますけど……」

 と言いはしたが、同僚の言葉はそれ以上続かなかった。擁護しづらいと思ったのだろう。

「その『やる』が度を過ぎてて、普段とかけ離れすぎてるから落ちつかねえんだよ。
 ……あいつの中身がどうなっているのか、本当にわからねえ」

 この場にある人物がいれば、「心中お察しします」と言って深々と頭を下げていただろう。

 だが、その人は彼らの敵として接近しつつあった。





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