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「Noise messenger[1]」 1-3:4






 陽も暮れかけた頃、解放軍からの使者がまた城門の兵士に止められているとオーダインの元に報告が入ったが、今回は知っている名前だった。

 バセック伯爵家の元子息マチス。

 ミネルバほどではないにしろ、最初の造反者としてマケドニア軍では悪い意味で名が知れている。捕らえて王都へ送ればすぐさま首になる人物だ。

 そんな人間がのこのことやってきたのは不審としか言いようがない。

 だが、マチスの名前には付加すべき要素があった。

 バセック一族、特に伯爵と将軍は懇意にさせてもらった。その時に語っていた事とマチスが叛意を明らかにした後の態度の違い、そして、そのいずれとも重なりを見出しにくい覇気のなさそうな容貌の奥にある何か。

 捕らえるのは簡単である。

 だが、それは後回しにできる。会って話をしてからでも遅くない、そう思いオーダインは風変わりな使者を迎え入れた。

 彼がオーダインの前に現れるまでの間に、階下ではかなり騒がしくなっていた。騎馬騎士団に属していたことがあったため、配下の騎士のほとんどがマチスをマケドニア軍の中で比較的近い位置で知っている。罵る声が大きく、すぐにでも騎士達に取り囲まれそうだった。

 まさか命令を無視して袋叩きにはしまいと思ったが、起こってしまってからでは遅い。側仕えの者を護衛として向かわせた。

 その判断が若干遅れたのか、オーダインと顔を合わせる段には悶着を経たのがよくわかる姿になっていた。元からあまり身ぎれいな恰好でもなかったのだろうが、やはり悪い方向へ拍車がかかってしまっている。

「久しぶりです……って言っていいのかわからないけれど」

 決まり悪そうにマチスが汚れた顔を拭う。

 初めて顔を見た二年半ほど前――それがオーダインの持つマチスの外見に対する印象の全てだった――は、特筆して取り立てるところのない雰囲気だった。

 今もそう変わっているわけではなさそうに見えるが、そんな青年がそういう顔をして敵地に単独で乗り込んで来ているのは異様ですらある。

 だがオーダインはそんな思いを心の中に押し込めた。

「一対一で会うのは初めてだ。
 思えば、そなたがミネルバ殿下の使者として現れてもおかしくはないな」

「いいや、王女の使者じゃあないです。もっと言えば、解放軍の使者でもない」

「……?」

「おれは単に、将軍に会って話をしてみたかっただけで」

「何だと?
 では、ただ話をするためだけにここへ来たと?」

「ええ」

「馬鹿な! 儂が命じればすぐ捕まるというのに!」

「そういう意味じゃ、解放軍でも同じです。少なくともおれにとっては」

 言葉を理解しようとすると、めまいのする思いだった。

 すぐに捕らえるべきかと、ふとそんな考えが起こったがまだ堪えることにした。

「それで、儂と何を話そうという」

「ここ一年半くらい一緒に行動してきた人達の事です。
 貴族の身分がなくなったのに、それでも強引に貴族の名前を使って国を裏切った時に、ただそれだけの理由でおれを長にしなけりゃいけなくなった人達でした。
 おれは剣も槍も闇雲に振り回す程度で、何百もの騎兵を動かす方法もピンと来なければ、部隊の運用なんてまともにできやしなかった。
 このままじゃ危ない、近いうちに全滅しちまうと思ったわけで。おれが死ぬのは戦いが下手くそだから仕方ないけど、ついてきている人達がその巻き添えになるのは気の毒だし理不尽だったから、せめて戦争が終わった時にひとりでも多くの人が生きのこれば、とそう思ってずっとやってきました」

「……陛下――ミシェイル王への反逆心が、戦いを続けられた理由ではないのか」

「そっちもないではないけど、一応敷いてたって感じだったかな。多分、それが一番強かったらここにはいない。同じ軍にいる他の国の連中が強くてね、そいつらに引っ張ってもらってマケドニアまで来れたってのが正直なとこだ。
 それで、部下になってくれた人達が将軍の事を話すんだよ。
 マケドニアで強くはない騎士団だけど、団長からは大切な事を山のように教わって、それがあったから騎士で居続けられた、って。どうして敵になっちまったんだろうって言う声もかなり聞いた。
 そういうのを聞いているうちに、これはもう適わないだろうなって思い始めてきたわけです。それで、ここに来ました」

 長口上をひとまず終えて、マチスが息をつくのを見ながら、オーダインは発せられた言葉の意味を集約させる。

 しかし、これがおかしな形にしかならない。

「儂にはどうも、そなたの部下を儂に預けるというように聞こえるが……?」

「ええ、その通りです」

 この場でそんな話になるのがそもそも奇妙でしかなかった。

 だが、続けないわけにはいかない。

「どれくらいの数かは知らぬが、今まで守ってきた者達を敵たる儂に渡そうというのか」

「それじゃ、意味がないです。多分この城は解放軍の攻撃を受けるだろうから。
 でも、別におれは将軍がミネルバ王女についたり、解放軍の一員になるのを望んでいるわけじゃない。
 おれの部隊の人達がオレルアンで戦いに負けてアリティアの捕虜になった時、誰も自分の手で死のうとしなかった。将軍が自分から死ぬなって言ったおかげです。
 あの人達が誰も欠けずに助けてくれたから、騎馬騎士の技量がほとんどなかったおれでも生き延びることができた。
 生きていれば、まだ終わりじゃない。そうさせてくれた将軍が、今度は生きてほしいんですよ」

 どんなに恰好がつかなくても、どんなに無様になろうとも、死んでその先を見られなくなるよりはずっといい。

 面子に生きる騎士の中でそんな事を言えば、鼻で笑われるだけだった。

 だが、地を這う思いでかつての戦場を切り抜けてきたオーダインには、それが絶対の哲学となった。

 そして、その考えに共感する青年が今ここで実践しろという。

「儂は随分年を取ったと思ったがな」

「多分、将軍はおれよりもずっと槍の腕は上ですよ」

 目を若干細めてにっと歯を見せてくる。

 愉快な行動の中にも、やはり不敵さがあった。

 話の内容を振り返れば、実に内輪のものでしかない。

 なのに、乗せられつつある。

 生きて欲しいと言う割には純粋な願いではなく、歪みを介在した願い。

 自分の為ではないだろうに、何故か欲目みたいなものも見える。おかしな存在だった。

 これがあのバセック伯爵の息子だとは……。

 パシン、とまるで音を立てたように、オーダインは目の前の青年の肩書きを改めて認識し直した。

 身分を失ってはいるがバセック伯の息子で、王ミシェイルに反意をはっきりと抱いている。この奇妙な存在が、、、、、、、、

 オーダインの中で、様々な情報がめまぐるしく動いた。

 そして、結論を出す。

「生きろと言うそなたの言葉には従おう。だが、代わりを務めるのは今しばらく待ってもらえんか」

「……というと?」

「そなたには、また後ほど会おう。今は逃れるだけだ」

 それと、と言いつつ胸元にある少し角張りの大きい古びた勲章を取った。

「儂でなくとも、これで代理程度にはなる。預かっておいてくれ」

 マチスは少し考えた節を見せたものの、遠慮がちに勲章をオーダインの手から受け取った。

「儂達は北の門から出る。足止めを頼むぞ」

 青年が頷くと、オーダインは大股に部屋を横切って、扉を抜けた。

 敗戦の将が責を取らずに抜け出そうとするのも問題なら、敵方の人間に助力を請うのも間違っている。

 しかし、この奇怪な事象によってオーダインは先を見る事ができる。

 そして、是非とも伝えるべき事を確実に伝える必要があった。





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