サイト入口同人活動記録FE暗黒竜




「Noise messenger[1]」 1-2:5






 魔道を敵に回すのであれば、聖水かマジック・シールドの世話になって対策を施す必要がある。

 このタイミングでレナと顔を合わせるのは賭けのようなところがあったが、命の危険を避けるのが先決だった。M・シールドの手配を依頼して、マチスは隊員に収集をかける。

 一本の杖で数百人に対して効力を発揮するには、数人の術者と道具が必要になる。といっても、これはM・シールドならではの使い方らしく、転移や治癒の杖では構造の違いがあって同じように展開するのは不可能であるらしい。

 その準備を進めている光景を見ていると、術者の中にリンダの姿が見えた。レナにあれこれと訊きながら打ち合わせをしているようだった。

 十代半ばにして司祭への階段を上るつもりなのかと思うと、驚きを禁じえない。元より僻む性質ではないが、それ以前の問題とすら思える。

 話を終えたリンダがこちらに気づいて近づいてきた。

「もう法力も使えるのか……」

「まだ聞いているだけで、今回は準備のお手伝いだけなんです。まだ、そんな……。でも、できるだけ多くのものを見ないと追いつけないから。お父様に一歩でも近づいて、ガーネフを倒すためには……」

 ここまで素直に父親を敬って後を追えるのは幸せな事だろうな、とマチスは思う。

 遠慮がちに、リンダが再び口を開いた。

「もしかして、これから戦うのはお身内の方ではありませんか?」

「レナが言ってたのか?」

「いいえ、けどそういうお家だと聞いていましたから」

 ふと沈黙が訪れる。

 色々と問いたい事もあるだろうに、この沈黙である。

 今更どうとも繕えない問題なのでそのまま黙っていたが、しばらくしてリンダが顔を上げた。

「もし、マチスさんが魔道を使えていたら、あちら側にいるんですよね。ノルダでわたしを止めてくれたのも別の人で、別の形になって」

 過日カインとも似たような話をしたが、本当にかけ違いの連続で今のマチスが存在できているというわけだ。

 どおりで、まっとうな目的を持っている連中とは反りが合わないはずである。

 こんな時に腹の底からくつくつと笑いがこみ上げてくるのを堪えているうちに、マチスはしかめ面のようなしていた。

 リンダが驚いてこちらを見る。

「わたし、何か悪い事言ってしまいましたか?」

「いんや、気にしないでいいよ。
 何つうか不思議ではあるよな。こうやって立ってみると」

 アイルはミネルバに目もくれずマチスを討ち取ろうとしていたらしい。相当な敵愾心である。

 対するマチスはマケドニアが嫌いで裏切ったのではない。命が助かる方に流れていた、というのが一番近い。

 今回もアイル個人が憎いかどうかよりも、わざわざ指名してきたのを利用するのだ。戦うのに積極的でないのもあいまって、心の中には一種の――しかし普通のとは違う――冷静さが宿っている。

 屋敷に閉じ込められていた頃は友人のような付き合いすらあったのが、こんな形で再会しようというのは奇妙なものだった。

 法力の準備が整ったところで、マチスはレナに近い場所に立ったが声はかけなかった。レナの精神力が揺らぐのを望まなかったせいもある。

 微妙な緊張感の走る中、数人の僧によってマチス達二百人に魔道を防ぐ法力が施された。

 これは永続的なものではなく時間が経つにつれて効果が薄くなるので、効いているうちに行かなければならない。

 だが、どうしても話をしておきたくてマチスは出撃の準備を副官ボルポート達に委ね、レナの元に向かった。

 どんな言葉をかければいいだろうかと迷った挙句、

「行って、来るよ」

言い表せない思いをその言葉に乗せて発するのが精一杯だった。

 身内と戦う事に関してふたりの間で心の整理ができているわけではない。さぞぎこちない反応で送り出されるのだろうと思っていたが、意外にも違う言葉が返ってきた。

「もう少しだけ、時間をもらえますか?」

「時間?」

 レナは古びた杖をマチスに見せてきた。

「多分、これがわたしの役目だと思うんです」

 実物を間近に見るのは初めてだったが、家に代々伝わっていたハマーンの杖と見て間違いなさそうだった。

 マケドニア建国の際に国父アイオテを助けた祖先が用いていた杖であり、バセック家の僧侶に受け継がれている。

 杖に一度視線を落とし、レナは言葉を発する。

「この杖をお祖父じい様から渡された意味を考えていました。人を癒すべき僧が戦に使う武器を直す、その意味を。
 誰かのために傷を癒すのであれば、その誰かが何かと向き合う事までも内包して、支えよというのがご先祖様の教え。――まだ未熟ですから、迷いは振り切れないかもしれないけれど、それでもこの杖を持つ覚悟を決めた以上は教えに従うつもりです」

 まっすぐ見つめてくる双眸は、後ろ暗い思いを持っていたら射抜かれそうなほど強かった。

「やっぱり……レナはレナだな。おれよかずっとしっかりしてるよ」

「兄さんだって、戦いは苦手だと言っているのにずっと逃げなかったでしょう。だから、わたしも応えないと」

 そんな立派なものじゃないけどな、とマチスは内心で呟く。

 が、はたとある事に気づいた。

「でも実際に使う機会はあんましないんだろうな。解放軍こっちは物資豊富だし」

「だから、兄さんの剣を見せてもらえませんか」

「剣?」

 途端に嫌な予感がし始めたマチスである。

「槍でも良かったんですけど、今は時間がないですし、この杖の力の祝福をさせてほしいんです」

「いや、槍は毎回換えてもらってるからいいんだけど、剣はなぁ……」

 渋い顔をしつつ剣帯から鞘ごと取って、水平にしてゆっくりと刃を見せる。

 ほとんど傷のない、きれいな状態だった。

「換えたばかりだったんですか?」

「アカネイア辺りでこれ貰ってから使ってないんだよ、一回くらいしか」

「…………」

「形だけの護身用みたいなとこに落ち着いちゃったんだよな、うん」

 言いながら、気まずいものばかりを感じる。

 レナの杖を握る手に力がこもる気配がした。

「本当に、それでアイル様と戦いに行くつもりなんですか」

 この事態すら冗談としか思えないんだと言ったら大惨事が待っている。

 それにしても間が悪いとしか言いようがない。

 この流れは、対決の前にせめて祝福だけでも――となる様になる場面になったはずなのである。肝心な所で間が悪いのは筋金入りなのか。

 刃物を直せるのだったら、包丁にでも使った方が戦いに赴く人間の力によほどなるんじゃないか、などと余計な思いつきが更に出てきたが、身の危険を考えて口にはしなかった。

 呆れているのか、レナがはっきりとひとつ息をつく。

「……でも、兄さんらしいのね。そういう所が」

 十中八九、いい意味ではないのは明白だった。

「ま、まぁあれだ。気持ちは受け取ったからさ」

「そうね。……行ってらっしゃい」

「ああ」

 恰好はつかなかったが、レナとの平行線に角度がつけられただけマシというものだった。





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