「Noise messenger[1]」 1-2:2 |
* 中央にはその場に残った部隊が揃っていたが、ここでの中心はハーディンだった。左腕を未だ負傷していても指揮能力はずば抜けており、その存在だけでもオレルアン勢は奮い立つ。 そのハーディンはザガロとビラクに中央のオレルアン勢を追加して与え、接近する鉄騎士団に当たらせようとした。 しかし、ここで華奢な魔道士の少女――リンダが進み出た。 「初手をわたしに当たらせてもらえませんか」 「まさか、たったひとりで行くつもりなのか」 「はい」 ハーディンを相手に、リンダは臆することなく言い切った。 「もちろん最初の魔道が終わったらすぐに退きますけど、装甲を打ち破るのにわたしの光の魔道は適していると思います」 ハーディンが眉をひそめる。 「オーラを使うというのか? 今まで敢えて使わなかったと聞いているが」 「頃合良しとウェンデル司祭から許可をいただきました。光の魔道を制御できなければ父の仇を討つ資格はありません。それをご覧に入れたいと思います」 真剣な眼差しのリンダを前にしてハーディンはわずかに思考の時へ入ったが、予定外の行動を取らない誓約を取って受け入れることにした。 オレルアン勢の準備が整うと、リンダは自分の従属扱いになっているアカネイア騎士を連れて敵の重装歩兵部隊に迫り、相当の距離を取ったところで馬を止めて地上へと降り立った。 従騎を使って敵に警告を発したが、退く気配はなかった。 リンダは馬の前を進み、二十歩ほど行ったところでオーラの詠唱を始めた。 魔道を引き出す数百文字の言葉が頭脳を巡ってひとつの発音を成し、それが幾十も繰り広げる。 その途中でリンダの足下に光の螺旋が生じ、詠唱が進むにつれて彼女の体全体を螺旋が包み込んだ。 最後の言葉を紡ぎ終えると、螺旋がリンダから離れて正面にいた敵部隊の三分の一ほどを襲い、重厚な装甲を持つ兵士達が光熱によって薙ぎ倒される。 この初撃だけで敵にかなりの被害をもたらしたはずだったが、リンダは再び詠唱を始めた。 最初と同じように螺旋が発生し、狙い違わず同じ正面とへ飛ぶ。 今度は衝撃に耐え切れず、リンダの正面にいた敵部隊は進行できなくなった。 その術者であるリンダの横にアカネイア騎士が駆け寄って、すかさず鞍上へ引き上げ、本陣へと退いた。 たったひとりの魔道士によって四百人の重装歩兵が倒され、マケドニア鉄騎士団を始めとした敵の前衛も後退する。 後から駆けつけてきた大部隊のザガロとビラクは肩透かしを食う形になったが、鉄騎士団の後ろに控えていた存在を伝令から聞かされて身を硬くした。 グルニア黒騎士団の生き残りが中心となった千四百騎。 開けた空を見上げれば、マケドニア軍らしき竜騎士の姿も見える。 同時に相手取るのはあまりいい想像ではない。 そこへ、大集団――四百程度はいそうな竜騎士の集団が近づいてきた。 ザガロはホースメンに弓を構えさせようとして、しかしそれが味方だと気づいた。解放軍とミネルバの旗を翻しているのである。 元からいた解放軍の竜騎士はもっと少ないはずだったが、さすがにこれを撃ち落とせと命じることはできない。 部下から何かを訴える視線を向けられている気がしたが、ここは待つしかなかった。 ザガロが次の行動を起こす前に、後方からアリティア王子がオレルアン諸将の軍勢を率いてやってきた。 マルスは総大将ではあるが、こうして普通に前線を走り回る事もある。彼らの主君ハーディンも前に出て戦う機会は多いものの、アリティア王子のように個の戦闘力をひたすら発揮するのとは違う。今回も戦ってきたのだろう、戦装束に戦闘の跡が見えた。 現況の確認を求め、元黒騎士団の存在を聞くとマルスは少し下がった場所に前線を展開し、本陣以外の兵を集結させる断を下した。 ザガロにとって今回は何の功もなかったが、このまま戦ってもオレルアンの兵に甚大な被害が及ぶのは確実である。 そうすると上空が気になってきたが、天馬騎士の伝令がやってきて、東上空のマケドニア竜騎士隊をミネルバの指揮下に置いたと伝えてきた。その数三百五十。 完全に信を置くかどうかはともかくとして、敵の力をそのまま取り入れる事ができるのは王族ならではの強みだ。 これにはマルスも感心したようで、伝令に指示を出した後でぽつりと呟いた。 「本気を出してきたね」 |