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「Preparedness」 2-2 |
* 祖父がマチスと対面して発した第一声は、意外にも平穏なものだった。 「大部隊の長なんぞになってどれだけろくでもないものになったかと思っとったが、思ったほど悪くはないな」 褒められているのかどうかはともかくとして、少なくとも祖父の態度に険はない。てっきり憎まれ口を叩かれると思っていたのがこれでは、どうにも調子が狂ってしまう。 「おれは充分ろくでもないと思っているがね」 「いやいや、王女殿下の兵士に比べれば、半分板についていないだけまともというものよ」 「それ、まともっていうのか……?」 半分は板についているという判定は、あまり嬉しいものではない。ミネルバの臣下という意味でも、数百人を率いる部将という意味でも。 十数年ぶりに会う祖父の外見は、最後にマチスが見た時とあまり変わっていない。がっしりとした体格に、農夫と見紛うばかりの日焼けぶり、強いて言えば、十数年の年月が顔に新たなしわを刻ませていた。 まあ座れと祖父が簡素な椅子を示した。その手には、簡素な杖が軽く握られている。 話している間に猛撃で鳴らすこの武器が実用の機会を得ない事を、マチスはこっそりと祈るしかない。 「まあ、逃げずによく来たと行っておこうか。お前はレナと違って、儂を避けようとしておったからな」 父親が爵位につき、それから色々と揉めはしたものの、マチスがどうにかバセック伯爵家の後継と目された頃にこの祖父と初対面を果たしたため、当時のマチスは魔道に関心が向いていた。というよりも、そうしなければ両親が否定されてしまうと強く思い込んでいたため、結果的に祖父へ親しみが持てなかったのである。 もっとも、親しみが持てなかったのは若い頃の父親と違って、僧侶と呼ぶには豪快であり、移住先のグルニアの村で揉め事が起こって仲裁を求められると、仕方がないと言いつつも嬉しそうに拳を握っていた記憶が鮮烈に焼き付けられたのも大きい。その上で、数人の賊程度ならひとりで打ち倒してしまうなどと聞かされれば、おじいさん、などとは呼べなくなった。 「今も避けられるもんなら避けてたけど、そういうわけにもいかなくなったんでね」 「一応成長はしているということか。 「なんで、あんたがそんな事を……?」 先にレナが会っているとはいえ、喧嘩真っ最中のマチスの事を事細かに語るとは考えづらい。この話をするにしても、王族のところで止まりそうなものである。 「人を遣ってレナの行方を調べたら解放軍に行き着いただけじゃ。先にお前が似合わん事をやっているのを知ってしもうたがの。 「あんただって、俺の事なんか気にかけてなかっただろうが」 マチスの切り返しに、祖父は咽喉の奥を動かすような苦笑いで応えた。 「悪いが、お前には数百人の長などいつまでも続けられぬと思っとったよ。王制への反感は持つものの、力を蓄えるどころか策を見出しているようにも見えなかったからな」 その点については、今もたいして変わっていない。元来が、戦に気の乗らない気質なのである。 「おれがここまで続けられたのは、部下になってくれた人達のおかげだよ。あんたや親父とは違って」 「マケドニアの魔道部隊を大成させたお前の父親と儂を一緒くたにされてたまるか。儂は祖先からの位を受け継いだだけの僧に過ぎん」 「……あんたにそう言われても、全然説得力がないけどな」 「説得力がないついでに言えば、儂からすればお前の方がよほど恐ろしいわ」 「は?」 誰が? と続けてやりたいくらいである。 「おれが何やったっていうんだよ」 「これからの事よ。王女殿下に仕えるふりをしてまで、何を成そうとしておる」 「…………」 「部下の力のおかげと言うが、大量の脱落者を出さずにグルニアまで率いて来れたのは、何らかの考えに裏づけされておるからじゃろう。少なくとも、考え無しなんぞではない」 「悪いけど、そういう理由じゃねぇよ。おれについてきてくれた人達に死んでほしくなかっただけだ。兵隊は代わりが効くような扱いだけど、その人の一生はそこしかない。腕っぷしも知謀もないおれなんかが隊長になって、それで終わりなんてあんまりだから、せめてマケドニアまで連れていって、それからはみんなそれぞれに生きていくっていう形にしたいんだ。……それが、王女に仕える理由になったわけじゃないけどな」 「では、何なのだろうな。レナは本当にお前を恐れていたようじゃったが」 「へ?」 予想だにしなかった言葉にマチスは目を丸くし、それを振り払うように首を振った。 「いや、確かにちょっと前に言い争いしたけど――そこまで レナとの喧嘩は、敵に回った身内に対する考え方の違いが原因だった。マケドニアと戦えば、嫌というほどそういう場面に出くわすことになる。それまでには心の整理をつけておかなければならないはずだった。 だから、この対立はグルニアを出立するまでにどうにかなると踏んでいたのである。 軽い困惑の中にあるマチスへ、祖父が言葉を発する。 「儂はお前を止めようとは思わんが、解放軍の力を借りたとしても勝者の側に立てば、伯爵家はお前が背負うことになろう。レナの不安がそういう意味かどうかはわからんが、欲目が働けば邪魔者を排除しようとする考えになっても不思議はあるまい」 ぴくり、とマチスのこめかみが動いた。 「どうしておれがそんな事をしなきゃいけない、誰よりも向いてないのを知っていてあんなのを乗っ取れるか!」 「積極的に消極的だのう……。だが、それはそれで、マケドニアの民を苦しめる事になりかねんな。お前が伯爵家の実権を放棄すれば、他の奴が喜んで掠め取り、搾取に走るだろうて」 「…………」 「権力を嫌って逃げ続けていては、誰のためにもならんぞ」 最後は諭すように言った祖父だったが、対するマチスは首を捻っていた。 「そん時はじーさんがもう一回伯爵やればいいんじゃないか?」 この科白に、祖父は実に苦々しそうな顔を向けて言い返した。 「二〇歳そこそこの若い者が、七〇の坂を越えた老人を担ぎ出すでない! 情けないと思わんのか!」 「それだけ元気なんだから、あと三〇年はやっているんじゃないかねぇ」 口調の勢いだけならこの一瞬において、言葉の年齢は逆転していた。 まったく、とこぼす祖父の眉間には一時的なシワが寄せられている。 「だいたい、もう一度やろうと考えていたら、ミネルバ殿下に応えておるわ」 「そういや、外にいた人に帰らされそうになったけど、王女の要請で何か悪い事があったのか?」 「悪いというものではないがな、儂の役目に 「いや、別に。じーさんが好きでやってんのを止めるつもりないし」 あくまでも穏やかな返答が、前々代のバセック伯爵をうなだれさせる。 「老人を労わってくれるのは有り難いが、もう少し覇気があっても良かろうに」 「覇気なんかあっても、いいと思う方向に行けると思えないから別に欲しいとも思わないけどな」 マチスが肩をすくめるのに、祖父はため息をつきながら問いかける。 「それなのに、マケドニアを攻めようというのか」 「最初は成り行きで来ちまったけど、どうしても背中を向けられないんだよ。一度はこんな役目を降りて、貴族の血をアテにするような事は完全にやめようとしたことがあった。でも、そこにも迷いがあって、ここまで来ちまっている」 「……わかっていると思うが、お前の思う王侯貴族への反感はごく少数の人間しか共感せぬぞ」 「そりゃ、解放軍をずっと見てきたから、よくわかってるよ。たまたま、おれが血に頼る体制を嫌いになっただけなんだし」 解放軍、というよりもアカネイアはマケドニアへの影響を強めようとしている。ミネルバはその影響を少しでも弱めようと、密かに画策している。 マケドニアの民にとってはこれだけで充分であり、それ以上の事が望まれない可能性は相当にある。 「……じーさんは、解放軍がマケドニアを攻めるのはどう思ってるんだ?」 「世の 臆面もなく言い放つところはいっそ気持ちいいほどだった。 「それで、僧侶なんて務まるんだな」 「だからこそ務まるのよ。人を助ける者は柔軟すぎるくらいが丁度いい。 マケドニアの戦力を列挙すれば、ミシェイルの竜騎士団、あくまでも王に忠誠を誓おうとする天馬騎士団、要所を守る鉄騎士団、マケドニア唯一の聖騎士にして元上官のオーダインが率いる騎馬騎士団、大多数の領主勢、そして父親が率いる魔道部隊。 彼らが最初の裏切り者であるマチスを見逃すはすがない。特に、父親は。 その上、解放軍あるいはミネルバの元で戦うことに未だ心の決着がついていない。これまではその時になったら戦わざるを得ないから戦っていたが、同じようにして通すには、今度はあまりにも危険すぎる。 突きつけてくる全ての現実は、異端の考えを持つ自分を追い詰め、絶対に許さないつもりなのか。 押し潰そうとするものは全てマチスの持つ力よりも遥かに強大である。 だが、だからこそ。 「生き延びるよ。おれには力がないけど、力がないからってそれで諦めたら、力が強い奴だけが正しい事になっちまうから」 「なるほど、お前さんらしくはあるな」 と、祖父は握っていた杖を何の前ぶれもなくマチスへと放り投げた。 考えた末の言葉を放ったばかりのマチスは、この不意打ちに対して不恰好になりながらどうにか受け止めたが、慌てたのには変わらない。 「いきなりこんなのを投げてくんなよ!」 「それは餞別じゃ」 祖父がにっと歯を剥いてみせる。 「何の仕込みもない杖だが、頑丈さだけは保証する。他にくれてやる物があれば良かったが、あとは儂の身ひとつだからな。勘弁してくれ」 「勘弁してくれって……そんな、無理してまでくれなくていいのに」 「覚悟を決めたお前さんへの、せめてもの気持ちじゃ。誰かが正しいとか間違っているとか、そういう問題ではない。どうせマケドニアへ行くのなら命懸けになるだろうからな。その心意気に応えたいと思ったまでよ」 |