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「Reinforcement」 3-4




 五試合中、二試合で死者が出た。死神とまではいかないが、宣告しているようなものである。単なる五連敗ではなく、ある程度狙っているのだから余計に性質たちが悪い。

 次はどうするのかと伺いを立てに来た部下に、気疲れしたから一旦外に出ると告げて、闘技場を後にする。

 高くそびえ立つ巨大な円筒形の建物を振り返り、軽くめまいがした。

 自分の裏に賭ければ儲かるかもしれないからやってみようとこうして足を運んだが、心の底からそう思っていたわけではない。ましてや、闘技場賭博は経験がないのだ。なのに、ここまでひどい結果が出てしまうというのは気分のいい話ではない。

 部隊の問題や言った手前もあるからやめるわけにはいかないが、目標額に届いたらとっとと切り上げようと決めた。

 次の試合が終わる頃合になって席に戻ると、見慣れない人物が立っていた。

 そのまま、やってきたマチスを値踏みするように眺めてくる。

「あんたが、マケドニア人の指揮官?」

「そうだけど、そういうあんたは?」

 改めて見ると、変わった風貌の持ち主だった。

 橙がかるような赤毛の長い前髪を額の端の方で分け、その額には頭の後ろまで回る凝った額飾りをつけている。身につけている黒のような紫のような服は身体にぴたりとついていて、まず見かけたことのない形のものだった。

「俺はチェイニー。今はタリスの王女のお付きをしていて、あんたを呼びに来たんだ。ほら、そこに来ている」

 チェイニーが下の第一層を指し示すと、そこには確かにシーダとオグマの姿があった。

 この街に来ると聞いた時点で何らかの予感はあったが、わざわざ呼びつけなくてもいいじゃないかと思うのは気のせいだろうか。

「おれなんか呼んでどうするんだよ」

「こっちに言われても困るな。俺は頼まれただけだ。まあ、できれば行ってやってほしいところではあるか。この間までひどい状態で、やっと外に出られるようになったわけだし」

 自分も大概だが、このチェイニーという男も王族に対してものすごい口の利き方をするものだと思う。

 そして、この話からすると、シーダの具合が悪いというのは仮病ではないのかもしれない。踏み込んだ話を訊こうかと思ったが、ここは事情を知らない人間が多い。もしかしたら、チェイニーも多くの事までは知らないのかもしれなかった。

 カード賭博の場にいたマチスを呼んでも、シーダには愉快な話にならないだろうに、それを承知で尚も呼ぶのは、口止めをするためか。

 あまり気が進まないから断ってしまおうかとも思ったが、結局は折れた。

 少し顔を出してシーダの気が済んで、後は放っておいてくれるならその方が早いと自分に言い訳して、チェイニーと共に第一層へと降りる。

 階段にほど近い席に案内されると、オグマを側に従えたシーダが笑顔を見せた。

「こんにちは。来てくれて嬉しいわ。本当は座って欲しいのだけど、ここの規則で無理みたいなの。ごめんなさいね」

 この席は大理石でできていて、その上、クッションが敷き詰められている。試合場を最前列で見られることもあり、正に特等席だった。ただし、座れるのは王族や高位の貴族だけである。

 だから、オグマが立っているのは当然として、チェイニーはというと……床に座り込んで、あまつさえ寝転がろうとしていた。

 妙な恰好の男を指さして、問いかける。

「こいつは?」

「こいつとはひどいな。王女の隣に座るのがまずいからこうしているんだ」

 チェイニーはそう言いながら、体を支えていない方の手を広げてみせた。

 ひどいと抗議しているものの、本気ではなさそうに聞こえる。こいつ扱いで問題なさそうだと、マチスは勝手に決め込んだ。

 シーダがくすくすと笑いながら、チェイニーの素性を話してくれた。

「チェイニーは遠い国の人で、マルス様にお仕えしていたのだけど、お休みが取れるようになって、わたしに色々と親切にしてくれたの。もうタリスに帰ろうと思っていたけれど、ここまで立ち直れたのはチェイニーのおかげなのよ。今日もついてきてくれたし」

 オグマの目が気になったが、直接シーダに聞き返した。

「じゃあ、ずっと具合が悪かったってのは?」

「うん、嘘ではないの。でも、そう思ってくれない気がしたから」

「言っちゃあ何だけど、カードやってる時の王女はすごく生き生きとしてたよ」

「そうね。あの頃は、あそこにいれば何もかも忘れていられたから。でも、楽しい時を過ごした分、後はつらくて、寂しかったの。わたしが必要とされていないのは変わらないんだもの」

「そんな事はないと言っているでしょう、姫」

 オグマが横から言うものの、シーダは首を振った。

「いいの。出てきてしまったから帝国を倒すのを見届けるまではついて行かないといけないけど、戦争が終わったらタリスに帰ってずっとお父様の側にいるわ」

「帰るって言ったって……」

 戦争が終わったらマルスと結婚するんじゃなかったのか――そう続けようとしたら、何となくはばかられた。

 どうやらシーダはいじけているようだが、理由がよくわからない。もっとも、長年仕えているオグマの言葉を聞かないくらいだからマチスの出番などあるはずもない。これ以上首を突っ込むつもりはなかった。

「……まあ、何かあったっておはわかったから、おれは戻るよ」

「もう戻ってしまうの?」

「話は聞いたし、長居するのも何だから」

 そう告げた直後、観客席全体がまた騒がしくなり始めた。次の試合がそろそろ開始されるのだろう。

 ここから見る試合場は距離が近いだけあって、様子がよく見える。さすがは特等席だった。

「見ていきたいでしょ?」

 シーダがかすかに笑みを見せる。

「せっかくだから見て行って。呼んだのはわたしだもの」

「そりゃ、そうだろうけど……」

 ここに居るのは気まずい気もするが、誘惑には抗いがたい。

 そうしているうちに、観客席からの声はどよめきに変わっていた。

 何かあったのかと見回すと、試合場に剣闘士の姿がなかった。係員が走り回るのを横目に挑戦者が暇を持て余している。剣闘士が急に出場できなくなったのかもしれなかった。

 やがて、係員が挑戦者に向かって何かを話し、それが了承されると、人の姿をすっぽりと隠す大きさの鋼鉄の板を重ねた遮蔽物が試合場にいくつか置かれる。弓を使う試合に使われるものだ。

 弓同士の試合になるのかと思いきや、挑戦者はその場に残ったままである。

 やがて、剣闘士の入場口から大振りの弓とボウガンを持った人間が現れた。得物は立派だが、身の守りにはあまり関心がないのか左胸を守る胸当てだけだ。

 しかし、その顔は知っている顔だった。マジ達が探していたカシムだ。

「なんでこんな所にいるんだ……?」

 聞いた話では、闘技場にはいないはずだった。

 試合場では係員が事情を説明し、両者の紹介をする。

 興行師のお抱えにあったという触れ込みだったが、あそこにいるのはカシムであることは間違いない。

 紹介を聞いたオグマが通路にまで出てくる。

「これはどういう事だ? あいつら、見つけられなかったのか」

「どうしてカシムがここで戦おうとしているの?」

 シーダが不安そうに問いかけた。

 オグマは事情を知っていて、シーダは全く知らなかったようだ。しかし、全てをかいくぐってカシムが試合場にいる。それが何故なのか全員がわからない。

 いつの間に身を起こしていたのか、チェイニーが横に並んだ。

「珍しいな、剣士と弓使いの対戦か。弓使いはよほど自信があるんだな」

 弓は射程が長いものの、矢を使い果たしてしまったらそこまでである。だから、こんな対戦は矢を使い果たすまでしのいでしまえばいいのである。

 なのに、カシムはこんな試合で戦おうとしている。弓同士の試合で名を上げたからといって、そこまで無謀な手に走っていいものか。

 そんな一同の動揺をよそに、試合が始まった。

 まずは挑戦者が遮蔽物に身を隠してやり過ごそうとする。それを目に留めながら、カシムは距離を広げてボウガンの弦を引いてひっかけ、そっと地面に置いた。観客席から失望の声がもれたのは、今のうちに挑戦者が接近してしまえば後は簡単に決着がついたからだ。

 次いで、カシムは弓に持ち替え、中央近くに走り寄った。

 今度こそ攻撃を仕掛けるのかと思いきや、次の瞬間、カシムはあさっての方向に矢をつがえた。そのやじりは遥か上を向き、矢羽根から手が離れる。

 南側の中央に近い第一層の観客席に矢が吸い込まれそうになって、ようやく何が起ころうとしているのか観客達は理解したが、それを止める間もなく、矢は観戦していた人間を襲い、断末魔が響きわたった。絶命の声だ。

 予期せぬ、しかし最悪の事態が起こったにもかかわらず、闘技場は静まり返る。何が起こったのかはわかるものの、重大さが実感として湧いてこない――そんな雰囲気だった。

 最初に我に返って、行動を起こしたのはオグマだった。

「若干不安はあるが、シーダ様を頼む!」

 そう言い捨てて、階段へ向かって駆け出してしまう。

 しかし、そのシーダがすかさず後を追ってしまった。

 嫌な成り行きだと思いながら、マチスも走り始めた。チェイニーも続いている。

「王女が行ってどうするんだよ!」

「わたしが行かなくてどうするの、カシムが大変なことをしたのよ!」

 言い合っているうちにオグマがかなり先行している。試合場に繋がる通路を目指しているようだった。

 ともかく後を追うしかないから、いつまでも走らされるような感覚に陥っていた。どことなく頭が混乱しているせいもあるのだろう。

 が、逃げようとしていたカシムを見つけると、そこでは奇妙な事態が起こっていた。

 簡単に言えば、カシムがふたりいたのである。

 見かけは多少違うものの、顔は全く同じのふたりの少年が通路の真ん中で対峙している。背中を向けている方はあちこちに包帯を巻いているが、武器はない。こちらを向いているほうは無傷で矢筒を背負い、弓を手にしていた。

 傷を負っているカシムが口を開く。

「僕に化けて、何をしたんだ」

 じっと睨みつけるが、もう一方のカシムは何も答えずに身構えるだけだった。

 シーダが目を丸くして呟く。

「これは一体、どういう事なの?」

「どっちかは偽物ってことさ」

 チェイニーが吐き捨てるように言った。

「見たところ、弓を持っているのが俺のお仲間だろうな。汚い真似をしやがる」

 忌々しそうに言うのと同時に、入場口から幾人もの闘技場の係員が駆け込んでくる。しかし、そこにカシムがふたりいるのを目の当たりにして、足を止めてしまった。

 どうするべきかと、迷う面々に、ふたりとも捕らえてしまえと、どこかから声が上がり、それが引き金になって係員がわっと飛び出した。

 一瞬、マチス達に近い側のカシムをかばおうとオグマが動きかけたが、一転、すまん、と呟いて少年を組み伏せる。

 あちら側は抵抗が強いのか、なかなか終わらない……かと思いきや、いつの間にか揉み合っているのは係員だけになっていた。どこかに見慣れない顔が交ざっていることもなく、人数が増えた様子もない。

「変身が解けた拍子に逃げられたな。ここは逃げ道が多すぎるから」

 チェイニーが言うと、係員は一様にため息をつき、そして動きを封じられているカシムを見た。

 その視線からかばうようにシーダが踏み出すが、係員のひとりが首を振った。

「捕らえなければ、かえって彼の命が危なくなります。あれを見た全員は間違いなくカシムが犯人だと思っているでしょう。なのに、野放しにしておいたらどうなるか」

 言われて、シーダは悄然とうなだれた。

 オグマが体を自由にしても、カシムは逃げようとしなかった。

「隊を逃げ出した時点で、僕はもう間違っていたんですよ」

 その場にいた全員の苦い思いを受け止めて、カシムの身柄は係員に委ねられた。





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