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「Reinforcement」 3-3







 アリティアにおける闘技場は王都ではなく、南西の都市にあった。

 都市といっても、そこは中州にある巨大な島で、陸の玄関は南にかけられた橋しかない。

 しかし、そうした土地柄が馴染むのか商人が多く集まり、ともすれば王都以上に賑わっているのではないかと思われた。軍隊が落とす金を求めて商人から寄ってくるのではなく、軍属の連中が商人の元を訪ねている。

 街門を抜けると食べ物の匂いが漂い、串に刺した肉や焼きたてのパンに腸詰めと野菜を挟んだものを売る店があるかと思うと、少し進めば蜂蜜を軽く絡めた菓子を並べる売り子が声をかけてくる。

 他にも装飾品や服、酒に鍛冶屋、全てを数え上げれば確実にめまいがするほどだった。昼を回る前だから宿や酒場などの客引きが少ないのがまだ救いではある。

「祭りでもないのに凄いもんだなぁ」

 マチスはのんびりとそんな事を言ったが、ワーレンやノルダ、パレスといった大陸の華をじかに見てきたためか、そこまでの衝撃はない。

「これでも落ち着いてきた方なんだとよ。店の親爺がそう言ってた」

 言って、シューグが具だくさんのパンにかじりつく。自分の上官である騎馬騎士部隊長から話を聞いて、今回の件に乗ってきたひとりだった。

 他に同行しているのは、騎馬騎士、歩兵の各部隊長、あとは今日来れなかった部署の部隊長が部下を差し向けたり、賭けに乗る人間がついてきている。この中には仕事をさぼりたくて来た奴もいるに違いない。

 多少の寄り道をしつつ、ゆっくりと闘技場を目指す中、マチスは顔見知りのタリスの男達があちこちに視線を巡らす姿を見つけた。

 その様子は、物見遊山と呼ぶにはあまりにも物々しい。

「どうしたよ、険しい顔して」

「おお、マケドニアの。あんた達も来てたのか」

 隊長を呼ぶと言って男が路地の方へ手を振りながら大声で呼びかけると、やがて部下を連れたマジが現れた。

 挨拶を交わしつつも、マジは不思議そうな顔をしていた。

「こんな時期に休養を取っているのか?」

「仕事っていや仕事なんだけど……そっちこそ、こんな所で何やってんだ?」

「人捜しだよ。うちのカシムってやつは知ってるだろ。十日くらい前にいなくなっちまったんだが、この街にいるのをやっと聞きつけて捜してるのさ」

 カシムの名前はタリスの腕のいい弓兵としてマチスも耳にしていた。ただし、弓兵とはいっても猟師上がりであるため、正規軍の弓兵に比べるとどうしても評価は下げられてしまう。

「でも、なんで抜け出したんだ?」

「大方、病気の母親のために稼ごうとしたんだろうな。闘技場で挑戦者として戦っていると聞いた時には肝が冷えたさ」

 後ろで話を聞いていたマチスの部下達が驚きの声を上げた。そんな事をすれば命がいくつあっても足りない、そんな声も混ざる。

「けど、怪我をしたらしくて最近じゃあ出てきていないって話だ。名前が売れてきていたから興行師に引き取られているかもしれないと思ったが、それもなくてとりあえずは安心した――だが、どこに居るかがわからない」

「だから、そんなに血相変えて捜してたのか。それにしても、闘技場で勝てるのが凄いじゃないか」

「それもそうなんだが、脱走したことには変わりないからな。姫様に知られる前にきつく油を絞らにゃならんよ。先に見つけられたら洒落にならないしな」

「先って?」

「姫様さ。ここの見物に来るんだよ」

 聞かなければ良かったとばかりにマチスは眉間を寄せる。

「王族ってのはそんなにほっつき歩いていいのか……?」

「良くはないが、いいって事にしているのさ。ま、色々あるんだ」

 口数が多いのを自覚したのか、マジは話を切り上げて別れを告げた。

 ノルダの時のような物騒な事件ではなかったからまだ安心はできたが、シーダが来るというのはマチスにとって精神的に良くない。今は妙なことになっているのを知っているから尚更である。

 それでも、今回は仕事があるから(いささか遊びが交じってはいるが)まだどうにかなるだろうと、何の確証もない慰めを自分にしながら歩き始めた。

 高くそびえ立つ円形闘技場が見えると、街の入り口に負けず劣らず観客を目当てにした商売人があちこちに店を開いていた。

 そして、こちらが目当てにしている傭兵の姿も見える。挑戦者として殴りこむべきか、まだ賭けに執心すべきか迷う者もあれば、完全に賭けだけに手を出そうと決めているものもいる。

 壁や呼び込みの看板には今日の見世物に出る剣闘士と挑戦者の名前が張り出されており、近くに立っている男達が戦う連中の事をわかりやすく、耳を引きつける語り口で説明している。彼らの説明には私見が入っているから、賭けの予想にいくばくかの影響が及ぼされるだろう。

 マチスはどうしようかと考えたが、次の一戦は回避して見物を決めた。シューグ達から不満の声が上がるが、形として賭けはついでである。だいたい、全試合を賭けて、全て、たとえ逆にでも当たってしまったら目をつけられて仕方がない。

 部下達が私的に賭けるのを考えるというので、マチスや参加しない人間が先に中へ入る。入場料は取られなかったが、身分に応じて観客席が振り分けられ、二番目の層に落ち着くことになった。

 客席は左右五メートルくらいの間隔で高い壁によって隔てられている。日除けのためだ。一日中見物する人間への配慮だろうが、客をも物色するこの一行には少し不便だった。既にいる人間で二手に別れて座ることにする。

 眼下に見下ろす試合場では係員が次の試合の準備をしており、不浄を清めるための祭司が祈りの言葉を唱えているようだった。

 後から来た連中に意図を伝えて離れて座らせるように指示を出し、試合が始まるまでの間、試合場を挟んだ真向かいの観客席の様子を眺めていた。

 まだ昼になっていないから席もさほど埋まっていない。しかし、毎日興行ができるということは、それだけの素材があるからで、大きな戦争の真っ最中だというのがこんな所でも身に沁みてくる。

 マチス達がアリティア軍に敗れたオレルアンの草原の近くには闘技場があったというから、あと一歩間違っていたら戦場ではない場所で死んでいたのかもしれなかった。

「……なんか、ぞっとしねぇな」

 呟くと、横にいたホースメン副長が目を向けてきた。

「何か、変わったことでもありましたか?」

「別に。賭けないと暇だなってくらいで」

 おかげで、余計な考えに気持ちが引っ張られる。

「入るのが少し早かったかもしれませんね。ところで今度の試合、賭けは抜きにして、どちらが勝つと思いますか。剣闘士と挑戦者と」

「それだけで決めろって?」

 ホースメン副長が苦笑する。

「やっぱり無理がありますか」

「ちょっとな。まぁ、今回は本当に見るだけにするよ」

 それだけの材料で予想して逆の側が勝って、しかも死人が出れば、早くも死神扱いされてしまう。それは遠慮願いたかった。

 試合場の準備も終わり、剣闘士と挑戦者が東西から入場して、係員によるふたりの簡潔な紹介が成される。何かある度に歓声と罵声が混じって闘技場にこだまするのが、また観客の熱気を誘った。

 剣闘士はどこかの興行師に属しているとだけしか紹介されなかったが、挑戦者はアカネイア出身の傭兵だった。両者の体格は似たり寄ったりに見える。

 試合開始の合図とともに、ふたりは瞬く間に距離を詰めた。剣の間合いに持ち込み、剣闘士が踏み込んだ瞬間、傭兵はそこを狙ったかのように素早く動き、胴体へ横薙ぎの一撃を放っていた。

 よろめく剣闘士へ、傭兵が続けざまに剣を振り下ろして昏倒させると、そこで勝負がついた。

 始まってからすぐに決着がついたため、勝ち名乗りを上げている傭兵に対して観客から不服そうな声が上がった。しかし、勝ちは勝ちである。

 その頃、マチスから離れた席にいた部下達がやってきた。次の試合はどう賭けるのかを聞きに来たのである。

 今の試合で感じを掴んでおきたかったのだが、ああやって速攻されてしまうと対処も何もあったものではない。部下が持ってきた試合表を見て、適当に判断するしかなかった。

 この先五試合の予想をすると、彼らは矢のように飛び出していった。当然、逆に賭けに行くためだ。

 座して見送ったマチスは苦笑するしかなかった。

「これは、賭けをやってないって言い張っていいのかねぇ……」

「一応、やっているのは部下ですからね。彼らは禁止されていませんし」

 こういう時ばかりは、マチス隊の大部分がミネルバを主君と思っていることが有難かった。本当の部下が数少ないことの裏打ちに他ならないが、この際使える材料は全て利用してしまうべきだった。

 そうなると、今のマチスはさしずめ、当たらない予想屋と言える。

 本当にそうなるかと次の試合を待ち受けると、実際にマチスの予想は外れた。その次と、さらに次の試合も。

 そして、残り二試合も予想が外れるのに至って、マチスは席を立ちかけた。

「ちょっと、これは洒落にならないな……」





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