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「Reinforcement」 3-2







 演習を終えて部隊の問題点を洗い出し、数少ない資金でどこを補うか。部隊の主だった面々が揃って、ああでもないこうでもないと言い合うのを副官ボルポートと会計役が会議の調整役になって整理していた。

 マチスはそれを離れてみていたが、実のところ、この会議で何かを言える立場ではない。日頃の行いのせいでもあるし、最近でも成果を出せていないせいでもある。

 こんな体たらくなのに、彼らはあまり非難しない。こういう奴だと認識されきっている上に、伯爵の息子という血筋が効いてしまっている。

 いつまでもこんな事が続いていいはずがない。誰かが気づいてくれないかと思うのだが、その気配は未だ訪れなかった。

 せめて今の状況を少しでも軽くできればと思うのに、それも叶わない。

「どうすりゃいいもんだか……」

 小さく呟いたつもりが予想外の大きさで発せられ、皆が振り向いた。

「あ、いや悪い。何でもないから続けてくれ」

 マチスはそう言って謝ったが、ボルポートが首を振ってきた。

「そうは言っても、もう手詰まりなのですよ。あと小さい波がふた押しくらいすれば手が打てないでもないですが、こればかりはどうも」

「だったら、思い切って借金するとか」

「余所では普通ですが、ここは事情が違います。金にとらわれてマケドニアの士を失うのは得策ではありません」

 借金をすれば、返済のためにどうしても無理をする。その結果、かけがえのない命を落とす者が増えてしまう。それでは意味がない。

 どこからも借りていないわけではないが、身の丈以上のことはせずに、使いどころを押さえている。部隊の経済状況が破綻せずにいられるのは、地味ながらもこうした手腕がものをいっていた。

 その実務能力を持つ彼らでさえも、今回は手に負えないと訴えてきている。小さい波と言ってはいるが、それでも数百枚もの金貨の単位である。

「だからって、闘技場に行けって言うわけにもいかないだろ?」

 弱ったように言うと、部隊長達の表情が強張った。

 闘技場で戦う連中と一対一で戦うのは正気の沙汰ではない。軍勢の戦いは数と質(と、天運などの要素)が複雑に絡み合い、戦闘も複数対複数で行うことを想定しているから、どうやっても正規軍の兵士が勝つ見込みは薄い。

 もちろん例外も居るには居るが、そうした人間は戦場で派手に稼いでくる。逆に言えば、闘技場は落ちぶれた強き者が集う場所でもあった。

 それとは別に、賭博で稼ぐのは分が悪い。悪循環にはまり込んだら最悪だ。

「闘技場は志願者になりそうな人間が多く集まっているでしょうが、都合よく見つかる可能性は低いでしょうな……」

 ボルポートが言うのに、全員の視線が集まる。何を言っているんだというのが総意だった。

「マケドニア軍と戦う際には弓隊がこれまで以上に必要になるはずだから、傭兵を雇用してそうした部隊を作り上げてしまうべきではないかと考えていました。先の戦いでホースメン隊を補う意味合いもあります。ただ、問題点が色々とあるわけですが……」

「問題っつーか……そんな事、いつ言った?」

 見回してみれば、誰も知らないという風情である。

「それに、雇う金がないだろ。後払いでいいなんて物好きはいないだろうし」

 言いながら、口にすると一層所帯じみてくる言い方だとマチスは感じていた。自分が蒔いた種とはいえ、微妙に切ない。

 長の感傷を知ってか知らずか、会計役が提言する。

「しかし、できる事は全てしておいた方がいいでしょう。食うに困る人間もいるかもしれません。興行師の手段ですが、この際仕方ないと思います」

 闘技場と戦場、どちらも命のやりとりをする場所である。程度の差は導かれる志願者にしかわからないだろう。

「なら、それはそれでいいとして……あとは金か」

 部屋の空気がため息と共に沈む。ボルポート達でさえ匙を投げかねない状態に、どうしたら対抗できるものか。

 十倍、という言葉が不意にマチスの脳裏に蘇る。

 どこかで聞いた覚えのある言葉だと思った瞬間、何の事か思い出した。次いで、笑いが漏れる。

 すぐに手で口元を隠して堪えるのに努力したが、周囲の怪訝そうな視線は避けられなかった。

「どうかなさいましたか」

「い、いや、ごめん、ちょっと思い出しただけなんだ」

 アリティアの将校は、マチスが賭ける裏に十倍を張れば確実に儲かると言っていた。

 本気になどかけらもしていないし、今でも冗談としか思っていない。このタイミングで思い出したのが可笑しかっただけだった。

 しかし、そんな理由が他の人間に察せられるはずもなく、結局は話すことになった。

 聞き終わった一同の反応はほぼ半々だった。ボルポートやホースメン部隊長などは身も蓋もないことを、と額を押さえ、騎馬騎士や歩兵の部隊長は面白そうだという顔をした。

「俺らの長殿に神様がついているかどうかを試す、いい機会じゃないか」

 神は神でも縁起の悪い方のような気がするのは、気のせいだろうか。

 静観していた会計役がぽつりと言う。

「皆さんお忘れのようですが、長殿は賭事を禁じられていますよ」

「賭けるのがおれじゃなければいいんだろ?」

 すかさず言ったマチスを、残りの全員が意外そうに見た。

「おれは闘技場に行くことは行くけど、志願してくれそうな人を捜すだけで賭けはしない。まぁ、何か言うかもしれないけどさ」

 最後の方をゆっくりと言って、すましてみせる。

 ボルポートが苦味のある顔つきをする。

「十中八九、どなたかには悟られると思いますが」

「それはもうそん時だよ。こっちも困っちまってるんだから」

 言ってから、レナの事を思い出したが、もう引っ込みはつかない。溝が深くなるのはわかっていても、どうしようもなかった。

 部隊の今後を闘技場に賭けるという、傍目には破滅的な結論を出して会議は終結した。

 席を立って皆が出て行こうとするのを、マチスはすんでのところで呼びかけた。

 一瞬ためらったのちに、問いかける。

「多分そんなにいないと思うけど、おれが魔道の修行をしてたのを知ってるの、どれくらい居る?」

 あまり関心はないだろうと思いながら振った話だったが、意外にも全員が知っていた。もちろん普段は意識しないが、言われれば思い出すといった感じである――おそらく、これはノルダの件が大きいと思われた。

 先日ウェンデルから持ちかけられた話をすると、大勢たいせいとしてはそこまでしなくてもいいんじゃないかという反応だった。アテにはしないが、ないものとしてしまうのも何だか惜しい気がする、という程度。

 思い返してみると、不測の事態が起こる可能性はほとんどない。悩むほどでもなかったか、とマチスは頷いた。

 近いうちに闘技場へ行くことを確認して、一同は散会したのだった。





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