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「ENEMY IS D」 2-4







 動くな、と言われても相手は竜だから、ほんの少し歩を進めれば炎の息吹が迫ってくるのは目に見えている。

 それが来れば風の魔道で吹き払うのが役目だとはわかっていたが、マリクはどうしても確かめておきたい事があった。

 モーゼスがバジリスク――魔道を受け付けない竜だと聞かされてもマリクはこの特攻隊に志願した。光のオーラには劣るものの、それでも超人的な威力を誇る風のエクスカリバーであれば、魔竜に対抗しうるかもしれないと踏んだのだ。風は切り裂く力を持ち、動きを制限させる勢いも持つ。だから不可能ではない、と。

 しかし、今はマルスの指示に従わなくてはならない。炎の気配が来たらすぐに魔道を放てるように身構え――マリクはそこでようやく気づいた。

 右手の方から感じる、刺すような気配。

 マルスが言っていたのはこれだったかと理解する間もなく、何の前触れもなく彼の主君がモーゼスめがけて全力で駆け出した。

 そこへ、何かが閃くのを肌で感じ、ほぼ反射的に風の魔道を放った。

 マルスの体を狙う矢は魔道で弾き飛ばされ、矢の軌道を素早く察して、その射手が柱の影にいるのを見つけた。炎の魔道を放つと、そこをめがけてドーガの部下が殺到する。

 玉座へと駆けていったマルスはというと、モーゼスに刃が届くところまでいこうとしていたが、間の悪いことにモーゼスが炎の息吹を吐き出すところだった。

「マルス様、下がってください!」

 その声を聞いたのか、マルスは飛び退こうとした。

 だが、マリクは間に合わないと判断して、咄嗟に風の魔道をぶつける。

 凄まじい勢いの風はマルスを助けるばかりでなく、炎をモーゼスに浴びせることもできたが、残念ながらこの竜は何の痛手も示さなかった。

 続けざまに風魔道を放つも、魔竜の鱗は切れ味鋭い魔道の風を消滅させてしまう。

 マリクには悄然とさせる結果だったが、この攻撃はマルスに間合いを取り直させるのに十分な時間を与えた。

 マルスは先程よりも速くモーゼスの懐に到達し、竜殺しの剣を両手で構える。

 マヌーの時は気圧された。パレスのマムクートは自分の手で討ち果たした。

 ならば、この竜は――母の仇というこの魔竜はどうか。

 王祖アンリは神剣を手にするまでに幾多もの困難を超えてきた。そう、この程度の輩にも己の力で立ち向かったはずだ。

 暗黒竜を滅する我に王祖の道をなぞれぬはずがない!

 マルスが剣を大きく振り落とすと、刃が堅い皮と肉の感触を腕に伝えながらモーゼスの腹を易々と裂いていく。

 敵が耳を潰す絶叫を発するのにも構わず、マルスは素早く剣を引き抜き、今度は喉に突き刺した。

 竜の痙攣に振り落とされないよう、剣にすがりつく。

 強大な命を奪う、破壊の波動はいつまでも続くものかと思われた。

 永遠のような、それでいてわずかな時間のような、奇妙な感覚を経て、マルスは却って痛みさえ感じそうな静寂の中で立ち上がった。

 足元に竜の死骸が転がっている。

 人間よりも強い力を持ち、本来は及ばないはずのものが自分の前に横たわっている。

 以前は父王の後継者でしかなかった自分が、国の主として敵から玉座を取り戻している。

 不思議なものだった。

 この手が神剣を握る時、また違う世界の入り口をに立つのだと、何故か確信していた。





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