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「ENEMY IS D」 2-2







 アリティア城の門がひとつ、またひとつと破られるごとに解放軍の兵士がなだれ込み、ドルーアの兵士を斬り伏せていく。

 ここまで来れば勝利は目前というのに、城門には決死の覚悟を決めて王宮に攻め臨もうとする一団の姿があった。

 カイン、アベル、ゴードン、ドーガといったアリティアを代表する若き騎士達にその配下各々二十数人ずつとマリク、かつてアリティアの先王コーネリアスに近く仕えていた数人の宮廷騎士、そして彼らの主君マルスである。

 城内に巣食うドルーア兵の駆逐はジェイガンやアラン、ハーディンに託し、この面々は魔竜モーゼスを討伐するためだけに集まっていた。

 ペラティやパレスの例を紐解けば、大陸の最高峰を連ねた技量の者達ならば対抗することはできる。しかし、一体を倒すのにそこまで費やしていては、竜人族が群れを成すというドルーアへの進攻はとてもおぼつかない。

 そうした考えに至ったアリティアの人々は自分達の中から精鋭を選んだのだ。

 今や大きい部隊の将や王太子がわずかな手勢で竜人族に挑む事に対して当然ながら反対の声もあったが、マルスがパレス城内で一人手柄としてマムクートを打ち倒した事が効を奏した。

 最初の城門を破ってからしばらく経ち、頃合い良しと見たマルス達は城内に入った。

 怒号と打ち重なる武器の音と断末魔が繰り広げられるのを耳にしながら、彼らは自分達がマムクートに対抗できる証明をするべく、玉座の間を目指してひたすら城を駆け上がっていた。

 最後の大階段を登りきり玉座の間の前に集まった一同は、大扉を打ち破って突撃するドーガ隊に場所を譲る。

 いざマルスが号令をかけようかというその時、床や柱をかすかに震わせる雄叫びが全員の耳に届いた。

「これがモーゼスの咆哮……」

 息を呑む宮廷騎士に、マルスは左手に伸びる通路を指し示した。

「玉座の間じゃない、僕にはあそこから聞こえた」

「しかし、あの先にあるのは宝物庫では……」

「門番にマムクートを置いたというのですか?」

 と、これはアベル。

「もう一体ですと!? モーゼスだけを相手取るつもりでいたというのに……」

 宮廷騎士がうなだれるのに構わずマルスが命令を口にする。

「カイン、アベル、ゴードン、宝物庫の竜は任せる。モーゼスは僕が討とう」

「お待ちください、マルス様おひとりに負わせるわけには!」

「僕にはこの剣がある。ドーガとマリクもいる。マムクートを討ち取るのにこれでまだ不足があれば、ドルーア打倒などできはしない」

 きつく言って宮廷騎士を黙らせると、マルスは三人のアリティア騎士に目を向けた。

「皆、頼む」

「御意のままに」

 騎士達が身を翻して走り去るのを見て、マルスもまた竜殺しの剣を鞘から引き抜き、大扉を指した。

け!」

「突撃!」

 大扉を破ったドーガ隊が雪崩れ込み、玉座の間で待ち構えていた重装兵をなぎ倒す。

 竜の姿はなく、フードをつけたローブをまとった老人が玉座に座っていた。おそらくはこれがモーゼスだろう。

 仮にも自分を警護する者が次々と倒されているのに、動じる気配は全くない。それどころか、そうなるのを待っている節すら見受けられる。

 マルスは抜き身の剣を手にしたまま、玉座の間の中央まで歩み寄る。

「お前がモーゼスか」

「いかにも、儂がバジリスクのモーゼス。メディウス様第一のしもべよ」

 老人は骨と皮ばかりの手に持つ、明滅する紫色の石を掲げた。

「まこと、人間の命は短い。メディウス様をしばし眠らせたあの小僧がいなければ、アリティアなぞ粗忽者の集まる国でしかないわ」

「アンリ様を侮辱するか!」

 叫び、風魔法の印を組もうとするマリクの腕を、マルスが引く。

「マルス様、何故止めるのです!」

「気配が消える。今は動くな」

 マリクは目を瞬かせる。

 モーゼスの前を守っていた重装兵は残らず倒れている。あとは玉座に座るあの不届き者だけではないかと再び訴えようとした。

 そこへ、ドーガ隊がマルスを中心に守るように半円状に展開する。

 敵はモーゼスだけではないのかと眉根を寄せるマリクに、マルスが囁くように言った。

「ドーガがここを離れた。モーゼスが動いたら、マリクは飛んでくるものを全て叩き落とせ」

 マリクは色を失いそうになった。どうして、今この時にドーガが主君から離れるのか。

 それに、モーゼスを共に攻撃するのではなく、飛んでくるものを叩き落せとはどういう事なのか。

「アリティアの王はコーネリアスといったか。あれはファルシオンを持て余しておった。その息子はどうであろうかの」

 マルスは挑発に乗らず、黙ってモーゼスを見据える。

「人間は怒りで強くなるというからな。王の妃リーザは既に儂がこの手で殺し、王女エリスはガーネフにくれてやったわ。悔しくば、儂をその手で倒すがいい。
 できればの話だが、な」

 言うや、紫の煙と共にモーゼスが竜へと変幻を遂げてゆく。

 マリクやドーガの部下達がマルスを仰ぐが、アリティアの王子は目の前に巨大な竜が現れてもまだ何も言おうとしなかった。

 まさか、いつかの虚脱症状が現れたのではとマリクは危ぶみ、大声で主君の名を呼ばわる。

「マルス様!」

 しかしマルスは微動だにせず、静かに言葉を発した。

「今は行くな。誘いに乗ったら最後だ」





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