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「ENEMY IS D」 0-2







 アリティア進撃の出立を三日後に控え、従者を伴って部下の見舞いに訪れたパオラは、怪我人を収容する建物の入り口で外に出ようとしていたレナと出くわした。

「あら、パオラ様。……もしかして、おかげんでも悪いのですか」

「いえ、部下を見舞いに来たのですが……その」

 様づけはやめていただきたいのですと言いかけたものの、結局パオラは押し黙った。

 レナは自分の意思で家から離れて一介のシスターの道を歩んでいるのだとミネルバから聞かされ、実際にカダイン戦で初めて会った時も最初からパオラを目上の人として接してきた。

 しかし、出奔したとはいえレナはパオラより遥かに上の家柄の人であり、一時は国王の許婚いいなずけだったのだ。態度の端々から見える気品のある気配にも圧されて、どうしても居心地の悪さがつきまとってくる。

 ため息をつきそうになるのを抑え、パオラは姿勢を正す。

「お出かけのところをお止め立てして申し訳ありませんでした」

 どうぞ、と先を譲るのにレナが少し驚いてみせる。

「そんな、わたしのような者にお気を遣わないでください。もったいない事です」

 心の底からそう言っているとわかっているだけに、パオラは尚更いたたまれない気分になるのだが、引き止めるのは更に良くないと思ったので目的をもう一度告げて、この場はすみやかに別れることができた。

 カダインではガーネフの暗黒魔道に晒された歩兵部隊ばかりでなく、かの地の魔道士や駐留していたマケドニア竜騎士団――かつての仲間にも苦しめられて多くの部隊で被害が出た。パオラの部隊は主君ミネルバや妹カチュアの弱点を突かれないよう果敢に戦ったため、グラに帰り着くことはできたがこうした場所で治療に専念するようになった隊員が他より多い。無謀な戦いをしたつもりはないが、敵も強かったのだ。

 次のアリティア解放の戦いはさほど間を空けずに始まる。復帰に間に合わない者も多数出てくるが、パオラは誰に何と言われようと部隊を後ろに下げたり偵察要員に収まるつもりはなかった。天馬騎士でも前線に立てることを証明し続けるのはミネルバに忠誠を誓うことと並び、パオラの生き甲斐になっているのである。

 部下の見舞いを終えて建物を出たところで、パオラはふと、レナもまたカダイン戦で怪我を負っていたことを思い出した。

「なんてこと……」

 深いため息が漏れる。

 何事もないように振舞っていたから気づかなかったのだろうが、すっぽりと記憶から抜け落ちていたとは不覚に尽きた。

 その足で建物の中に戻って、居合わせていた医療隊員にレナをいたわる言葉を伝えてもらうように頼みはしたが、それだけでは不十分に思えた。

「シスターの行きそうな所はご存知ですか?」

「さっき、お兄さんの宿舎に行くと言っていましたよ」

 シスターの兄と聞いて最初はピンと来なかったが、すぐに思い出した。

 覇気のない容貌も思い出して、落胆のようなものを顔に出しそうになるものの、それは抑えて素直に礼を言い建物を出た。

 マチスを最初に見かけたのはカダイン戦への準備のさなかだった。悩み事でもあったのか、気の重そうな様子で誰かを捜していたようだったから声はかけなかった。

 ともかく、その時は「冴えない人」というのが第一印象だったのだ。

 解放軍には綺羅星のような人々が集まっていて、奇跡のような大戦勝を幾度も成し遂げられたのは一重に人材に恵まれたからと言ってもいい。カダインの戦いで幾人かの武将を目にしてきたが、前評判は決して間違っていなかった。

 そんな中にあって、どうしてマケドニアに反旗を翻して主君と同じ道を歩く人間の筆頭がああいう人なのだろうと思う。人を心酔させるオーラのかけらもない。更に言えば、レナと血の繋がっていることも信じ難い。

 しかし、今はマチスに会いに行くわけではないのだから、これ以上考えることはやめておいた。

 宿舎を訪ねると、果たしてレナは来訪しているという。

 兵士が呼びに行こうとするのを断って、少しくらいはと待っているとレナは武人を伴って出てきた。

 髭を生やした武人が可笑しそうに口元を隠しているのに、レナがうつむきつつも口を尖らせている。

「そんなに笑わないでください……あの、大人気なかったと思っていますから」

「いえいえ、あれくらいやりこめていただけるといっそ気持ちがいいです。真正面から言える人は限られていますから」

 と、そこまで話したところでパオラがいるのに気づいて、武人が敬礼し、レナは声をかけてきた。

「またお会いするなんて……。こちらにもご用事なのですか?」

「いえ、先ほどお会いした時にお見舞いを言えなかったので、時間もあったことですしこちらに足を運ばせてもらいました。お怪我が大したことがなくて何よりです」

「お見舞いだなんて、わたしの怪我は火傷程度のものでしたのに」

「けれど、ミネルバ様も心配なさっていました。それと、マリア様を守っていただいたことも深く感謝したいと仰っていましたし」

 レナがまたもったいないと言いかけたが、宿舎の入り口で話し込んでしまいそうだったので、武人や兵士に辞去の挨拶をして外に出た。

 心なしかレナが機嫌良さそうにしているのを見て、パオラは思わずこんなことを口にした。

「何か、いい事でもあったようですね」

「え? あ、申し訳ありません、はしたない所をお見せしてしまって」

「けれど、嬉しそうなお顔でしたよ」

「嬉しいだなんて、……さっきだって笑われてしまいましたのに」

 パオラは少し迷った末に、思っていた疑問を発した。

「ああした事はよくあるのですか? その、兄君の部下と親しく話すような事が」

 もっと言えば笑われる事が、だ。

 男所帯の中に女性が訪れれば大抵は大事に扱われる。貴族出身の隊長の妹なら尚更だ。だが、あの様子は何とも庶民的な感覚に襲われる。

 しかし、その思惑とは関係なくレナは肩を落とす。

「さっきのはたしなめられただけで、親しくだなんて……でも、兄や部隊の皆さんに会いに行くのは楽しいですよ。
 わたしはマケドニアを出た時に、もう家族とは会えなくなると思っていました。だから、今、そうした場所があるのが嬉しいんだと思います」

「家族、ですか……」

 くるりとレナの目がパオラを見つめる。

「そういえば、パオラ様は……」

「はい、妹のエストが任務先から戻ってきておりません。けれど、わたしにできる事は妹を信じるだけです。あの子も騎士ですから」

 泰然として言葉を口にしたが、心の中では不安も渦巻いている。おそらく、レナには見透かされているだろう。

 エストが戻ってもなお父母に槍を向けている状況は変わらない。ここはレナと並ぶ事情だ。

 ミネルバがマケドニアの行く末を憂い、ミシェイルに叛旗を翻すという決断に従った事に後悔はない。迷いもしなかった。だが、カチュアやエスト以外の家族に敵対している事実は辛い。

 そこへ来ると、レナはそうした葛藤の地点を通り過ぎているように見える。もし、この私見が当たっていれば、この尼僧はとても強い人ということになる。

 選ばれる人は、それにふさわしい理由があるから選ばれるのか。

 心の片隅で恥じ入ったパオラだった。





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