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「A GRAY SWORD」 3-2







 カダインの本格的な戦況は、戦線の予想に準じて苦戦を伝えるものが多かった。

 本格的な戦端を開いたのはマルス達の出立から五日後、ガーネフとの対決は北西にある都を攻める時だろうからあと五日は先の事だろうというのが当初の予想だった。

 しかし、それ以前に魔道士とマケドニア竜騎士団の猛攻にさらされて、カダインを攻め落とすどころか、一進一退の攻防が続いているという報がもたらされるばかりだった。

 グラに残っているのは、重騎士や戦車、一部を除く騎馬の部隊、そしてニーナを守るために組織されたパレス選抜の兵である。

 いずれも砂漠の行軍には不向きと判断されて居残りに回った部隊だから、救援に向かわせても下手をすれば返り討ちに遭ってしまう。補給路の確保に使うのが最適な利用法だ。

 グラを守るハーディンは撤退の可能性も考慮して、ロシェとビラクの騎馬二隊をカダインへ、ドルーアが占拠するアリティア方面の備えとして重騎士のトムスとミシェラン、戦車隊のベックで構成する重量部隊をそれぞれに向けて派遣した。

 他の面々はグラの守りを固めるためにまだ居残ることになった。

 出撃を命じられた将がいなくなった後の議場でザガロがカダインの地図をじっと見据えている。

「これは……どうなんだろうな。魔道士と竜騎士で構成されていたなら、弓兵を揃えていった方が攻めの姿勢だとは思うが……と言っても、風に邪魔をされてはあまり意味がないか。地上の弓兵ならまだいいが、俺達ホースメンは馬が保たねば話にならん。今回の場合は、敵の追撃を打ち落とす役が適任になるだろうな」

「それ、ハーディン公に進言したらどうだ?」

 横で聞いていたロジャーが口を出すと、ザガロは首を振ってみせた。

「これは俺の独り言だ。そうできればいいというだけの話だ」

 そんな話が繰り広げられる一方で、マチスは窓に乗り出して地上を見据えるウルフの姿を見つけた。

「……何やってんだ?」

「いや、塔の入り口が開いているんでな。ニーナ様が外に出られるのかもしれん」

「まぁ見つかってもいいってんなら止めねぇけど……」

「どういう意味だ?」

 訊きつつも、視線は外さない。

 『王女を案じる』のではなく『王女に恋をしている』と変えても十分通りそうな姿勢だった。

「あんたの主君が今戻ってきたらまずいんじゃねぇ?」

 ハーディンは出撃を命じた後、すぐに執務室に戻っている。アカネイアの役人と顔を突き合わせて決める事が山のように積み上がっているとのことだった。グラはオレルアンと海を挟んだ国だから、自国の利益も睨まねばならない立場にあって人任せにはできないのだという。

「戻ってくることがあったら、もっと大変な事があった時だな。ここの守りは薄くなるが、今のところは問題――――何の声だ?」

 ウルフが耳を澄ませるのに倣い、マチスも周囲の音に集中する。

 部屋の真ん中にいるザガロ達の声は聞こえるが、不審なものの気配はない。

「外だ。上の方から聞こえているから、そっちを頼む」

「おれが?」

「俺は下から目を離せん」

 さらっと言ってのける。

 仕方なくウルフの横から頭を出すと、甲高い声のようなものが耳に入った。

 鳥の鳴き声などではない、人のものだ。

「まさか、誰か落ちかけてるんじゃないだろうな」

「いや、かすかでよくわからんが、多分違うものだ」

 視線は固定させたまま随分と器用な受け答えである。

「ひょっとして、耳がいい方?」

「それなりに自信はある。――救援要請? さっきしたばかりなのにか?」

 言いつつ、ウルフは窓から離れて中央に居る残りの者に歩み寄った。

「天馬騎士が何か報せを持ってきた。かなり切羽詰っていたから、次の命令が発せられるかもしれん」

「どうしてわかった?」

「窓に居たら上から聞こえてきた」

「それ以上の事はわからんのか?」

「あまり良い報せではないだろうな」

 ウルフの言葉に一同は嫌そうな顔をする。苦戦が伝えられる今でさえ状況は良くないというのに、これから更に悪くなるとなれば敗戦の気配が強くなる他にない。

 城内の騎士にハーディンの元へ行って伺いを立てるようにザガロが命じたが、その騎士はハーディンと共にすぐに戻ってきた。

 オレルアン王弟は厳しい声音で一同に言い放った。

「本隊がガーネフの暗黒魔道に攻撃されて広大な被害を受けた。負傷者の搬送と本隊の補助にウルフ、ザガロ、マチスの隊が回り、残りはただちに首都の守りにつけ」

 状況と命令の説明だけだったが、各人は一斉に動いた。

 今までニーナのいる塔に目を奪われていたウルフもザガロと共に隊の召集に動くべく、駆けながら配下の騎士に命令を下し、一気に階下へ向かっていく。

 マチスも遅れないようについていき、途中で待っていたシューグと合流した。

「まずい事になったんじゃないか?」

「まずいってよか、最悪だな」

 解放軍はこれまで異様なほどの強さを発揮していた。新しいものでは、メニディを守るグルニアの木馬隊は鉄壁の兵器であったにもかかわらず、強力な魔道の力を中心にして大した被害もなく撃破したことが挙がる。それ以前にも、アリティアとオレルアンの騎士団が個々の実力の差で敵軍を蹴散らしたなど、その手のことはいくらでもあった。だが、今回はそれが通じなかった。

「事によったら覚悟しねぇとな……」

 危険な場所に居たであろうリンダだけではなく、レナやマリアにも何かが被害がもたらされる可能性が高い。

 知らず、マチスは歯をくいしばっていた。今にも歯軋りをしかねないくらいに、顔に力が入っていた。

 顔ばかりではない、体全体に怒りの力が込みあがってくる。

 城を出て、従者が引いてきた馬に乗ろうと鞍に手をかけた時、こちらをまともにみつめてくる視線に気がついた。

 振り向いた先にいたのは、アカネイアの騎士だった。単に佇んでいるだけなのに全く隙がない。普段であれば威圧感さえあっただろう。

 しかし、今は非常時であることも手伝って、マチスは一切怯まなかった。

「何か用があるなら後にしてくれ」

「姫様からのご伝言です」

 マチスの言ったことなど斟酌せずに騎士は淡々と述べる。

「申し上げます。『わたくしの過ちをもう一度見破った時、反抗を許可する』以上です」

「……はい?」

 騎士の言ったことは全てが滅茶苦茶だった。

「さっぱり意味がわからんぞ、そりゃ」

「伝言をもう一度述べましょうか」

「いや、そうじゃなくて」

「では受理されたということで、これで失礼します」

「人の話聞けよ! つーか『姫様』ってのは……」

「我らが主君アカネイア王女ニーナ様です。他に何か」

「……」

 とんでもない時にとんでもない話を持ちかけられては考えようもない。

 それに今は時間が惜しかった。

「とりあえずはいい。もう行っていいんだな」

 マチスの確認に、騎士が敬礼してみせる。

 もうこれ以上考えるのも嫌になって、すぐさま騎乗した。

 馬上でシューグが話しかけてくる。

「何だったんだ? 今のは」

「おれが教えて欲しいもんだ」





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