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「A GRAY SWORD」 3-1





(3)


 追加報奨の懸念が消えた数日後、マチスは昼飯時で賑わう宿舎を出て、寺院へ足を運ばせていた。さっさと食事を済ませ、その後の一服もそこそこに切り上げてのことである。

 この時間帯に寺院に行くのは初めてではない。つい最近始めた日課は今日で三日目を数え、昼だけではなく朝と夜も通っている。

 周囲は何の前触れかと大袈裟なほどに驚いていたが、これは本人にも意外な事だった。

 賽で追加報奨の内容を決め、本営の立会人のもとで特別の取引を終えると、自分の難題は片付いたが、その代わりにカダインへ随行したレナやマリアの無事を願う気持ちが強くなっていった。

 正確に言えば、マチスが身を案じている人間はもうひとりいる。魔道の暴走がないように見守ると約束したリンダだった。彼女もカダイン攻めの一行に入っていて、人づてから聞いた話では、今度の敵地にいるミロア司祭の仇であるガーネフに強い敵意を抱いていたという。

 感情に流されれば、ノルダの時のような事がまた起こりかねない。約束を果たすのが無理でも、せめて声だけはかけてやりたかったというのが今の心境である。効果があるかどうかは別の話だとしても、だ。

 そんなことを考えているうちにマチスが出した答えのひとつが、自主的に寺院へ通うことだった。

 祈ることでレナ達の身を守れるかというとそうでもないのだが、鬱屈に繋がるこの気持ちをどこかで発散してしまいたかったのだ。

 不思議なことに、こうして通うようになってよく出くわすようになった顔がある。オレルアン四雄のひとり、ウルフだ。

 だが、元々近しい間柄でもないので言葉を交わすことはない。マケドニア人とオレルアン人が顔を合わせれば常に緊張が走った一時期に比べれば今はかなりマシになっているが、親しいというほどではなかった。

 寺院にたどり着くと今回もウルフの姿を見ることができたが、こちらも相手も声をかけることはなく、予定通りに祈りを捧げるとそのまま寺院を出て、最後まで挨拶をすることもなかった。

 マチスが故意に無視しているのはどことなくそんな空気が漂っている気がするだけの話で、ウルフが寺院に来る理由にはそれなりに関心はある。オレルアン勢がカダイン攻めに参加していないだけに、違う理由だろうとは思うのだが、寺院で立ち話をするわけにもいかず、尋ねるには至っていない。

 カダインの空の下では今までにない戦いが始まっているというのに、解放軍が占領下に置いたグラはこんな風に平穏な日々が過ぎていた。残党による暴動の気配すらない。

 春の雨に見舞われた日でも、マチスは自分で決めた時間に寺院を訪れた。

 天気のこともあってか、院内の人影はまばらだった。

 今日はさすがに来ないだろう――と思ったが、その後ろから雨に濡れた外套を派手に脱ぐ気配がした。

 振り返れば、ウルフが従者に外套を預けてこちらに向かって歩いてきている。

「どうしてそんな根性があるんだ……?」

 と、ため息をつくと、相手も同じような息をついた。

「さすがに今日はいないと思ったんだがな」

 やはり同じ事を思ったらしい。

「俺には、そんなに妹御を心配する理屈がわからん。今までもこうした事はあっただろうが」

 おや、と思ったが、マチスは寺院に行く理由を隠してはいない。いつのまにかレナだけに短縮されているが、色々な人にまわり回ってウルフの耳にまで届いたのならそういう事もあるかもしれなかった。

「そりゃそうなんだけど、なんとなくじっとしてられなくてな」

「なら、俺も似たようなものだな。俺が寺院で祈ろうが、ニーナ様が根を詰めて一日中祈るのを軽くできるわけじゃないんだが、やらずにはいられなくなる」

「ニーナ王女?」

 意外な名前にマチスは眉間を寄せる。

 アカネイア大陸における王族の頂点に在るニーナとはあまり関わりあいになりたくないし、表に出てくることが少ないから実際にほとんど関わらずに済んでいる。

 しかし、ニーナとウルフがどうして繋がってくるのか、そこがマチスには今ひとつわからない。

「あんた、王女の護衛か何かだっけ?」

「今は護衛の護衛だな。パレスに入る前にはつきっきりで守らせてもらったが。……ん? パレス攻めの時は同じ本隊に参加していただろうが」

「そういや、そうだったけか」

「忘れっぽい奴だな……まぁ、ディールの時もパレスの時もニーナ様は本隊の中心に居たから仕方ないといえば仕方ないが」

 密かな嫌味に聞こえないでもない。

「ハーディン様から護衛を任されて、それがパレスまで続いたんだが、それからはアカネイアの兵士がつくようになってな。それでも俺はニーナ様の傍近くに仕えたくて、ここでハーディン様の許可を得てグラにいる限りはお住まいになっている塔の近くを守っているわけだ」

「……何か、凄い執念だな」

「こんな機会はそうそうないからな。だが、外に出ることなく一日中を祈りに捧げて過ごしておられると聞いたら、それだけでは申し訳ない気がしたんだ」

「まさか、前からずっとやってるのか?」

「いや、つい最近だ。グラに入ってから物憂げにしていることが多かったらしいが、マルス王子がカダインへ向かった後から完全に塔に篭もられるようになった。色々と囁かれていることはあるが……まあこれは俺の領分じゃない。ニーナ様が早く立ち直っていただけるか、俺が新しい答えを見つけるまでは祈るしかないのさ」

 ウルフがとぼとぼと祭壇の間へ歩き出すのにマチスは付き合わず、その場でただ見送るだけだった。

 持っているものがあまりにも違いすぎて、並び立つ気になれなかったのである。





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