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「A GRAY SWORD」 2-2







 翌日にでも現れると言った酒場の男は四日経ってもマチスの前に現れず、その間にカダイン行きの本隊が出発した。三月の半ばのことだ。

 ミネルバを始めとするマケドニアの天空騎士は偵察任務からそのまま先発隊に組み込まれ、レナとマリアは本隊と同行している。マリアの言っていたように、マケドニア人でカダインの激烈な戦いへ行くのは女性指揮官の部隊や尼僧だけだった。

 マリアが望んでいたように、マチスがマリアやレナの護衛を務めても何ら不思議はない。その程度ならマルスに願い出れば叶いそうなものだったろう。

 ただ、マリアの願いがあったにせよなかったにせよ、今はカダインに立ち入れないだろうと、他ならぬマチス自身がそう考えていた。魔道を己が力にできなかった人間の行く場所ではないという思いが、拒絶の気配を感じ取ったのかもしれない。

 少年時代、マケドニアを発って魔道の修行に赴く際には相当な自信を持っていた。父は若くして司祭の地位につき、マチス自身も幼少期にカダインで暮らしたことがある。だから、先に修行期に入った従兄弟よりも早く一人前の魔道士になってみせると豪語した――鼻っ柱の強さばかりでなく、父の後継として疑問視する連中を見返そうとしての発言だった。

 だが、従兄弟を追い抜くどころか魔道を習得することすらできずに、マチスはカダインを去った。

 その理由を数年経った今になって考えてみると、ある程度は見当がつく。しかし、それを当時わかっていたとしても軌道を修正することはなかっただろう。わかっている正道を歩くことほどつまらないものもない。

 もっとも、そういう事ができる人々がいて今の自分がいるわけで、彼らには感謝するしかなかった。

 だから、、、、追加分で貰えた報酬はうまく分配しなければならない。

 駄目元で挑んだ交渉は、時期が良かったのかあっさりと承諾を得ることができた。ただし、希望額の金額よりももっと少ない元手で特別な取引を行う権利を得るという、予想外の形である。

 グラの戦いのさなかに強力な商業網をもつ商人と解放軍本営につながりができたということで、さまざまな物が今までよりも安く仕入れられるようになったのだが、これは個別の部隊には適用されないという話だった。あくまでも今回は特別措置であって、口外禁止をきつく言い渡されている。追加報酬を得る唯一の条件がそれだからだ。

 そのために、三日前からどういう取引にしようかと頭を悩ませているのに、誰も事情を知らないものだから、周りからは気味悪がられるばかりだった。

「なんでおれなんかが、こんな事を考えなきゃならんかなぁ……」

 マチスのぼやきに応える者はない。ふと気づくとひとりになっているのは、周囲の部下が気を遣うという建前で彼に近寄らなくなっているせいだ。

 そんな中、シューグだけが度々顔を見せに来ている。

 目的はただひとつだった。

「奴はまだ来ないか」

「まだだな。他ん所でカタがついたんじゃないか?」

「それならそれでいいけどよ、あれだけ好都合みたいに言っておいて気が変わるってのは気にいらねえな」

 シューグからこの話を聞いた時、マチスはあまり深刻には受け取らなかった。アカネイアの妙な事情を聞かされてもなお、この役目がマケドニアの人間に来るとは思えなかったのだ。

 内部争いというのが本当の話だとしても、根回しをかけるだけで終わると思っていたし、正直なところを言えばアカネイアとはあまり関わりたくない。

「けど、そいつの名前を聞いてないんだろ?」

「抜けた事やっちまったと思ってるよ。別の事が目的だったんなら嘘をついてきたかもしれないがな」

「おれらに対して、そこまでやるかねぇ?」

「その程度はやるだろうよ。嘘や反故で情報が拾えるなら安いもんだ」

 と、ここで声を抑えて、

「アカネイアはどうせ、ミネルバ王女が治めるようになったマケドニアからも絞れるだけ絞り取ろうとするだろ。救い主の上っ面をしているだけタチが悪い」

 最後は吐き捨てるように締めくくった。

「そういう目的なのか?」

「可能性はあるだろ。どういう攻め手をするかは一切見当がつかねえけどな。お願いだから、この隊は狙われないなんて呑気な事を言わないでくれよ」

 言おうとしていたところに先手を取られては、苦笑するしかなかった。

「ここを探る意味なんて全っ然なさそうだけどなあ」

「お前がそんなんだから周りが考えなきゃいけないんだろうが。こういうのは頭が悩んで、部下を気持ち良く働かせるのが理想的な部隊のあり方なんだよ」

「そりゃ、あんたが楽したいから言ってるんだろ?」

「今楽している奴にだけは言われたくねえ」

 どこまで本気なのか本人達にも線引きをしかねるふたりのいがみあいだったが、突然鐘の音が鳴り響いて中断することになった。

 まだ昼の頃合ではない。広場ではなく、城門の鐘楼から鳴っているということは、重要な使命を帯びた何者かが来たと思って間違いなかった。

 誰かに見に行かせようと思ってマチスは回りを見回したものの、従者さえここにはいない。

 何となくシューグに命じるのはためらわれて、仕方なく自分で城門へ見に行くことにした。

 その後ろをシューグがついてくる。

「おい、どこに行くんだ」

「誰が来たのか見に行くんだよ。頼めるのが誰もいないから」

「俺でいいじゃねえか」

「何か悪態つかないと行きそうもねえから、やめとくよ」

「少しは歯に衣着せることを覚えろよ」

「どっちにしても文句言うんだな」

 無駄にテンポのいいやりとりをかまして城門まで行くと、数騎のアカネイア騎士が通り過ぎていくところだった。

 同じように集まってきた人々に何があったのかと尋ねてみたが、さほど実のある答えは返ってこなかった。カダインに行った部隊からの救援要請ではなさそうだという話だったが、かといって具体的にどんな使命を帯びているのかというと、これが全くわからない。

 どうせ後でわかる事だろうし、むきになって嗅ぎ回ることもないと判断して持ち場へ引き上げると、部下の兵士が騎士らしき男と一緒に待っていた。

 兵士が用件を告げる前に、シューグが声を上げる。

「あ、お前!」

「遅れて申し訳ない。――とはいえ、あの話はアカネイアの方でどうにかなったから、なかった事にさせてもらいたい」

「やっぱり、手前(てめえ)らで片付けられたじゃねぇか」

「そう言われると面目ないな。グラの敗残兵が恭順を示して、我々に従うのがこんなに早いとは思わなかったものだから。仲間割れする方が割が合わない」

 誰が誰と名乗らずに話が進んでいたが、マチスは気にせず間に割り込んだ。

「これでカタがついたんだな?」

「ああ。余計な話を持ち込んで申し訳なかった」

 男はふたりに頭を下げ、重歩兵部隊長にもよろしくと言って去っていった。

 あっという間に解決に至ったというのに、シューグが納得いかないとばかりに首を傾げている。

「なんか、釈然としないな」

「そりゃそうだろうけど、そういうものなんじゃないか?」

「後でとんでもないしっぺ返しにならなきゃいいんだが」

 ずいぶんと慎重なものだが、そこを突付けばまた藪蛇になると思ってマチスは黙っておいた。

 だが、まだ片付いていない用事を思い出して額を押さえた。

「どうした?」

「ちょっと……うん、まあ考え事なんだけどな」

 もうすぐにでも追加報酬分の品物を決めないと、下から突き上げをくらいかねない。だが、こういうものは選択が難しいだけあって、却って決めかねるのである。

 こうなったらまたさいで決めるか――半ば諦め、半ばいいかげんにマチスは心の中で呟いていた。





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