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「A GRAY SWORD」 1-3







 グラの地方平定に要するまとまった数の人員を解放軍が派遣できるようになったのは、首都制圧から十日ほど後のことだった。

 マチスはこの間に工夫こうふ監督などというものをやっていたのだが、繋ぎの期間が終わって、首都から召喚命令が下された頃には騎乗騎士の自覚が抜けかけていた。どうやら性に合っていたらしい。

 首都に着いて報奨金の上乗せを部下から嘆願されるのを苦い顔で返し、従者を伴って登城すると、城内の様子は忙しなかった。案内役の兵士に訊くと、神剣ファルシオンを追ってカダインへ行く準備の最中だという。

 そういえば、暗黒竜メディウスを倒す戦争なんだっけなとマチスが本当に他人事のように思っていると、すれ違う人々の口から「天馬騎士の……」とか「ミネルバ王女の……」という話し声が聞こえてきた。

 首都に入る時にミネルバの不在を知らされていたから、真っ先に本営への報告に訪れたのだが、その前の戦いにおける詳細な点はほとんど把握していない。本隊はいつものように大勝して、主だった人々が無事だったらしいとだけ聞き、それで充分だと判断したから、あまり気を払っていなかったというのもある。どうせ後で誰かから聞くだろう、と。

 この軍隊の中では気楽にやっている方だという自覚はある。その分情報が回ってくるのが遅いのもまた仕方のない事だった。

 冬の間に、アカネイア解放同盟軍は自らの呼称を同盟軍ではなく解放軍とするようになった。アカネイア大陸をドルーアから解放する意味を強調するためだという。部隊の再編成が行われたのもこの時期で、指揮する人間の名で部隊が判別されるようになり(後から合流したアカネイアの部隊につく数字が大きくなるのは、アカネイア人にとって気分が良くないらしい)、それに伴って多くの部隊が人員を増強した。

 だが、マチスの部隊は名前が変わっただけで、様々な武装度合いの騎馬兵と歩兵が混在する使いどころの難しい部隊であることに変わりはない。人の入れ替わりも、ごく稀に物好きな人間がこの部隊を志願する程度でやはり変化には乏しい。

 ある意味で順調といえば順調である。ただし、その先に必要な展望の気配は全く感じ取れないが。

「よお、こっちに来てたのか」

 春の陽光が降り注ぐ廊下に野太く響いた声の主はドーガだった。

「こっちはやっと終わったけど、もうカダインに行くんだって?」

「俺の部隊は行かないがな。魔道士の国じゃ、装甲は役立たずだ。お前さんの部隊も多分居残りだと思うが、うちの大将が迷ってたから直接聞いた方がいいな」

「そりゃ、買い被り過ぎじゃないかねぇ……」

 ノルダで魔道士達の代理として動きはしたが、まっとうな魔道の使い手がいれば、マチスに声をかける必要は全くない。カダインに行ったことのない者だけで編成されるならまだわかる話だが。

「またお前さんだけで行けって言われるかもな。今度はガーネフの暗黒魔道に当たってこいって」

「嫌な事言うなよ」

「ちょうどいいじゃねぇか、光と闇で」

 よくわからない理屈である。

「そういや、カダインに行くってのは誰だ?」

「全員は覚えてないが、魔道勢と天空騎士はほとんど行くだろうな。そうだ、ミネルバ王女の直属部隊が合流した話は聞いたか?」

「いや。確か………………白――騎士団、か」

「思い出すのにずいぶん時間がかかったな」

「悪かったな」

 マケドニア軍にいた時はともかく他の事に無関心だったから、以前にカチュアと会った時は人に思い出してもらってどうにか把握する有様だったのだ。

「で、あの部隊がごっそり?」

「三姉妹の上のふたりだけだったな。一番下はグルニアに行ったままなんだと。三人揃うと凄いらしいが、あのふたりだけでも解放軍にゃ大きな戦力だな。ま、どっちも美人ってのがまたいいんだが」

「てことは、シーダ王女は天馬を降りるんかね」

 今までは空に長けた者がそう多くなかったから、天馬に乗れて多少槍を振るえるだけのシーダでも大いに需要があったが、マケドニアの『専門家』がきちんとした部隊を率いて加入すれば出番はなくなる。これからの戦いは厳しくなるから、周囲が乗せたがらないだろう。

「そういう話は聞かねえが、できれば乗って欲しかぁないな。俺らのわがままでしかないけどよ。肝心の大将は好きにしろって言うだけだ」

「そう言われちゃあ、何も言えないだろうな」

 これから報告があるからと話を切り上げ、兵士の後を歩くマチスは執務室のような部屋に通された。

 全体的な統括がアカネイア主導になったため、報告する相手もアカネイア人の軍務官となる。マチスはあらかじめ報告をまとめた書簡を軍務官に渡し、内容に関する質問に答え、最後にカダイン行きの人選から外れていることを聞いて、話は終わった。一応、報奨金の話を持ち出してみたが、管轄する人間が別なのでそちらに行かなければならないという。

「つまりは、王子達に直談判しろってことか……」

 部屋を出て、マチスは途方に暮れた。できれば避けたい事だったが、嘆願された以上はぶつかるだけぶつからねばならない。これが自分の給金だけであればとっくに諦めているというのに。

 案内役の兵士にマルスの居場所を尋ねたが首を振るだけだったので、彼とはそこで別れ、城内を手当たり次第に捜すことにした。どちらかというと、知っている顔をみつけて尋ねまくるというのが正しいが。

 グラの王城は今までのものよりも小さな規模で、アカネイア・パレスならこの城が十個分は入りそうだった。

 この分ならまたドーガに会うかもしれないなと思ったが、その意に反して、マチスの前に現れたのはレナだった。

 少し驚きの気配を混ぜつつ、レナが微笑む。

「久しぶりね、マチス兄さん。無事で嬉しいわ」

「レナこそ元気そうだな。おれよりもよっぽど」

 マチスが茶化すと、まあ! と言ってレナは唇を尖らせてみせた。

 こう言っては何だが、美少女然としていた去年の春よりも健康的な可愛らしさが加わって、どことなく距離が縮まっている気がする。お互いに歩み寄ったというよりも、レナが変わっているのだろう。

 妹をこうさせているのは、赤毛の義賊の存在だともっぱらの評判である。ならば戦争が終わった後にでも一緒になるつもりでいるのかというと、すんなりと決まらないのでは、という声が多い。ジュリアンはレナの気持ちを尊重しているから、毎日欠かさず朝夕の祈りを熱心に捧げるレナの「聖女」ぶりが変わらない限り男女としての仲は進展しないだろう、と。

 とはいえ、何かのきっかけで鉄壁の守りが崩れることもあるわけで、マチスはそこまで楽観視していない。男女の事だからこそ、いつ急接近してもおかしくないと思っている。

 ねえ兄さん、とレナが呼びかけてきた。

「カダインはどういう所なのかしら。わたしは行ったことがないから……」

「おれもあそこが戦場になったのは見たことがない。普通の軍隊だと砂漠に足を取られるから、魔道士や天空騎士を選んだんだろうけど」

「兄さんは?」

「おれは入ってなかったよ。今回は司祭もいるし、出番は回って来ないよ。そうだ、せっかくだから色々見てきて土産話をしてくれると嬉しいな」

「あら、シスター・レナは行楽のためにカダインに向かうわけじゃないのよ?」

 胸元の高さから声がしたと思ったら、マリアがふたりを見上げていた。

 レナが年少の王女に佇まいを正して一礼をするのに対し、マチスは気づかれないように重いため息をついて浅い黙礼を一度だけした。

 マリアがにこにことしながらマチスに告げる。

「わたしもカダインに行くの。姉様やパオラとカチュアも一緒なのよ」

 それこそ行楽にでも行くような口調だった。

 一瞬、何を聞き間違ったのかと思ったマチスは、

「それ……何か間違ってないか?」

と、苦し紛れに言うのが精一杯だった。いい言葉が出てこなかったのである。

 それでもある程度の意図を汲み取ったのか、レナが強く頷いて同意を示した。

「ミネルバ様が強く反対なさったのだけど、癒しの杖が使える人間はどんなに居ても魔道士相手には足りないくらいだと窮状を訴えられて、押し切られてしまったの。最後方で、少しでも危険があればM・シールドを張って護るから、危険は一番少ないと言われていたけれど、マリア様には過酷な旅だわ」

 実際、ミネルバ以外にも反対の声はあったに違いない。

 マリアは現在十三歳。従者の中でも一番の下っ端で戦場に出る十三歳の少年はいるだろうが、一国の、しかも武器を手に取らない王女が、この歳で激戦を予想されている戦いに赴くのは異様である。ただひとりの王家の生き残りが国を取り戻すためとか、それほどの事態にならない限り、違和感は取れない。

 しかし、マリアはあくまでも上機嫌だった。

「わたしね、姉様の近くでお役に立ちたいの。邪魔はしたくないけど、守られているだけでいいって思うようになりたくないから」

「まぁ、そりゃ、それが悪いとは言わねぇよ。言わねぇけど……」

 どうにも調子が狂う。

 行く事に決まったものをどうこう言う立場ではないし、言ってもどうにもならないのだから聞き流してしまいたいのに、前面に出されたマリアのひたむきな気持ちが逃がしてくれない。この歳でつい最近まで六年間の人質生活を送っていただけに、同じ年頃の少女とは考え方が違うのか。

 意外なところに意外な難敵を見つけた気がするマチスをよそに、マリアは残念そうな表情を見せた。

「マチスさんもカダインに行ければ良かったのにね」

「……どうして、おれが?」

「やっぱりみんな居てくれた方が心強いもの。それに、住んでいたことがあるんでしょう?」

「住んでたって言っても、ずいぶん前の事だから役に立てねえよ。砂漠に馬で入っても、本当の足手まといになるだけだし」

 マチスの言葉に、マケドニアの妹王女は考え込む様子を見せた。

 ――まさか、おれをカダインに行かせる方法を考えてるんじゃないだろうな。

 危惧するマチスの横から、レナが助け舟を出してくれた。

「マリア様、私はこれから司祭様の所へM・シールドの扱い方を教わりに行くのですけど、用事がなければご同道していただけませんか?」

 マリアがきょとんとした顔でレナを見返す。

「シスターはまだだったの?」

「はい、治療所にずっと居たものですから」

「じゃあ、早く行きましょっ。大丈夫、シスターならすぐに使えるようになるから。マルス様のために頑張らないとね!」

 レナの手を引っ張っていきそうな勢いで、マリアは無邪気に手を振ってマチスと別れ、軽い足取りで回廊を進んでいった。

 どうやら、マリアの前向きの要素は最後の一言に集約していたようだ。そういうところがまだ少女らしくて、どこか安心できた。

 それはそうと、

「レナに借りを作っちまったか……」

 ひとりごちて、マチスは二度目の重いため息をついた。

 妹は借りを借りとも思わないだろうが、どことなく気分は晴れない。

 それに……と考えかけたが、まずは報奨金の問題をどうにかしなければならない。

 気の重い問題はそうそうなくなってくれそうにはなかった。





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