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「00Muse」 3-3




 向かいの建物の屋根から来たとおぼしき赤い影は、マチス達が何事かと認識する時間を与えず、着地の体勢からしなやかに剣の一閃を放ってきた。

 狙われたマチスは剣を抜いていなかったが故に、避けざるを得ない。のけぞるようにして、どうにか刃を躱した。

 そんな彼の目の前で、部下が赤い影に体当たりをかけた。もうひとりの部下も反対側から挟みかけていく。

 そこへ更にマチスが押さえ込もうとしたが、その直前に影はふたりを振り払うように投げ飛ばした。やや細身に見える外見から想像がつかない膂力だ。

 その隙にマチスは剣を抜いて構え、大声で倉庫の中の面々に呼ばわった。すぐに駆けつけてくる足音が聞こえてきた。

 マチスは剣の向こうの影を睨み据える。

 体勢を立て直した影も俯き加減にこちらを見つめてくる。血に汚れた髪の隙間から見える目の色は、青かった。

 部下がばらばらと倉庫から出てくると、影はその俊敏さをもってして隣の建物の中へ駆け込んでいった。

 十一人は闇雲にそこへ飛び込もうとはせず、扉に多数の人間をつかせた上でその建物の鎧戸や他の出口を人で塞いだ。周辺の分隊に応援を求めるためにふたりの隊員を出してしまうと、あとは救援を待つだけとなる。

 早く来ないものかと所在なく見回していると、マチスは不意に何者かの気配を感じた。もっとも、ごくかすかなものだ。

 辺りを注意深く窺うものの、何も見当たらない。

 気のせいかと思ったその直後、数本先の曲がり角から一瞬だけ強烈な光が放たれた。

 まさかと思うまでもない。あの先にリンダが居るのだ。

「あそこに大司祭の娘がいるから行ってくる。救援が来たら、おれの後を追ってきてくれ」

 マチスは部下にそう言い放って、その角へと走り出した。

 道筋通りに曲がり、先に伸びる路地裏をまっすぐ行って抜けると、かなり開けた所に淡い緑の光をまとった人間が佇んでいた。よく見れば、少年の服を着た髪の長い少女だとわかる。

 しかしながら異様なのは、全身が淡い緑色の光に包まれていることである。神秘的に見えなくもないが、この光の正体を何となく察しているだけに、そんな気持ちにはなれなかった。

「あんたが、大司祭の娘か」

 少女に呼びかけたが、応じる気配はない。その場に突っ立って、風もないのに髪をなびかせているだけだ。

 表情を窺うのは難しい。目を閉じる様が何かに集中しているように見える程度か。

 走る足音を立てて、部下のひとりが追いついてきた。こちらも光る少女に驚きの表情を見せる。

「うわ、何なんですかこの娘……」

「もうあっちは大丈夫なのか?」

「まだですが、おひとりにはできないですから」

 これで向こうは七人。まだ持ちこたえることはできるだろう。

「それで、こりゃどうすればいいんですか」

「聖水を被って取り押さえるしかないだろうな。話は聞かないし、オーラを撃たれたらおしまいだから」

「では、自分に行かせてください」

 彼がそう言った瞬間、マチスは部下を突き飛ばしていた。

 部下の顔がその寸前まであった場所、今は腕を突き出しているマチスの鼻先近くを熱線が通り過ぎていく。

 慌てて飛び退いてマチス自身も事なきを得たが、今さっきの行動を思い返して手を見つめていた。

「何だったんだ、今の……」

 突き飛ばした本人でさえこの行動を理解していない。意識すらせず、何かを感じたとも思わなかった。

 しかし、呆然としている暇はなかった。目を開いた少女が、自分の胸元に手を当てて詠唱を始めていた。未だ光ったままで。

「後ろに逃げろ! ここは決着つけるから!」

 部下に言いながら、聖水の注ぎ口を叩き割った。そして、中身を頭から被る。これで死ぬことはないはずだ――多分。

「光の魔道――か」

 これから対峙するものに対し、マチスは少年の日のことを思い出していた。

 挫折したが、決して魔道が嫌いなわけではない。精霊を通じて世の摂理を追究していくことは、少年の日の彼にとても魅力的に映った。

 血反吐を吐くほど努力すれば、父親には及ばないとしてもエルファイアーを操る程度の術者になれた、らしい。それでもマケドニア魔道隊の長を務めることはできただろう。いずれ、家督を継ぐことも。

 貴族の役目を全うするなら、魔道の向き不向きはむしろ関係なかった。適性がなかったからと言って、最後まで足掻くことなく魔道の修行をやめたのは口実に近い。少年の頃に魔道から離れた直接的な理由は、今の彼の目の前にあった。

 特別な――超強力な精霊との契約にこぎつけた数少ない者だけが操ることを許される魔道の存在。修行時代に或る司祭が実演してみせたそれは、数百人の軍勢をも蹴散らせそうな威力を誇った。

 あれが敵方の司祭から放たれたら、魔道に耐えうる器を持たないただの兵士などたまったものではない。その魔道が未成熟な少女の手からとはいえ、今から放たれようとしているのだ。

 リンダはいよいよ燃え盛るような緑の光に包まれていた。彼女の周りの空気がゆらゆらと揺れている。

 陽炎の向こうで魔力の光をまとう現人の女神は、何を憎んで味方にまで攻撃を仕掛けていたというのだろう。彼女がこんな事にならなければ、これだけの被害は出ず、町の人々もここまで脅かされなかったというのに。

「――腹立たしい」

 マチスの手が拳を握った。

 理屈も、偏屈も、この際どうでもいい。

 普段なら、臆病な感情を無理に押し殺して立ち向かうのに、今はそれがない。

 怒りはあるが無心に近かった。

 何をしようと思ったわけでもない。

 考えがあったかというと、それは怪しかった。

 ――マチスは無造作に最初の一歩を踏み出した。

 飛びかかろうとはしない、あくまでも歩むだけだ。

 ゆっくりと距離を詰めるうちに、彼の足が何か軽い物を蹴った。

 リンダの方に転がっていくそれは手の親指ほどの石だった。と、ここで彼女が初めて反応のようなものを見せた。

 とは言っても、自由になっている右手を何もない所で手をそっと動かしただけ――かと思いきや、蹴った石がマチスの脇を回りこんで転がり、元の位置に戻ったのだ。

「――うしろへ」

 マチスの方を見て感情のない声で言ったリンダは、両手を複雑な形に組み合わせた。すると、両手の光が特に強くなり、眩い輝きを放った。詠唱を終え、そこにオーラを留めたのだろうか。

 どう言われても退くつもりはない。最大の好機を逃す理由などなかった。

 リンダが一拍だけ瞑目して組んでいた両手を解き、大きく腕を広げた。魔道を放つ瞬間の隙をそこに見つけたマチスは、体当たりをかけるように懐へと飛び込んだ。

 ところが、リンダの周囲に急展開した光の螺旋が彼を弾き飛ばす。

 もんどり打ったマチスは、衝撃の勢いで左肩を派手に擦って、仰向けに倒れた。

 失敗を悟り、これから放たれるオーラの魔道に備えて頭だけは守ろうとしたが、その耳に悲鳴が聞こえてきた。

 気を取られて仰向けのままそちらを見ると、マチスが来たのと同じ路地裏の道から赤い影が飛び出してきた。

 オーラへの警戒も何もあったものではなく、すぐさま飛び起きて、リンダと赤い影に背中を見せないように向き直った。

 左を見れば、リンダが両腕を頭上に挙げてそこに大きな光を溜め込み、右を見れば、赤い影が汚れた剣を持ってマチスとリンダを視界に収めた所に立っている。

 赤い影に向かえばオーラの魔道で狙われ、リンダをどうにかしようとすれば後ろから斬りつけられかねない。

 あと少し持ちこたえれば同盟軍の兵士達が駆けつけてくるから、大多数対一なら勝ちに持ち込める――と思ったが、オーラの事を考えると彼らには来てほしくなかった。

 などと、マチスが動くに動けない思いをしていると、赤い影が最初に均衡を破った。

 低い前傾の姿勢で、近くにいたマチスに飛び込んでくるのを、彼は躱そうとした。

 そこへ、光の魔道がふたりを狙って襲い掛かってきた。

 魔道の光は眩しいなどという表現を通り越して、もはや目の毒であった。マチスはすかさず目をつぶったものの、それは身の守りをほとんど放棄することを意味した。

 オーラをまともに受けて、魔道の衝撃波で近くの小屋に左肩から激突し、壁を突き破って床に体をしたたかに打ちつけた。

 衝撃と自重のほとんど受け止めた左肩が激しい痛みを発していたり、盛大に埃を吸って咳き込んだりと全身が苦情をもらしているが、それらに構っている暇はなかった。また逃げられては新たな犠牲者が出るのはもはや必至である。

 足運びも怪しく外へよろけ出ると、予想外の光景が待っていた。

 リンダが顔を覆って泣き、多くの同盟軍兵士が駆けつけてきているものの、彼女を遠巻きにしている。赤い影の姿はなかった。

 ともあれ、標的は目の前にいる。これで本来の任務は終わるのだ。

 ……もっとも、取り押さえられるような雰囲気ではない。これが演技でない事を祈るばかりだが、さっきまでの状況と異なるために非常に動きづらかった。

 やがて、少女が溢れる涙を拭い、マチスに向き直って頭を下げた。

「ごめんなさい……生きていて、くれたんですね……」

 今まで散々やっておいて、その言葉はどういう意味なのかと思わないでもなかったが、彼は優先すべき任務の言葉を口にした。

「じゃ、連れて帰っていいんだな? ……はっきり言って、相手になる体力がもう残ってないんだよ」

 歯をむき出しにして笑ってみせるのも、辛い強がりだった。さっきの激突で、肋骨辺りにひびがいっている気がするのだ。

 色々と気になる事はあるが、全ては終わった後で聞くことになるだろう。いっその事、全部わかってから聞けば手間が省ける。

 リンダはマチスの問いに頷いた後で、「そういえば」と思い出した様子で言った。

「もう、あの赤い人はノルダから出て行くそうです。さっきわたしに言っていきました。だから、もう心配はしなくていいって」

「そんな事言ったのか?」

 リンダが更に頷くのを見ながら、マチスは少し嫌な気分になっていた。

 あの接触寸前のさなか、赤い影はオーラを躱してみせたのである。それだけではない。今まで見せてきた動きにしろ、跳躍にしろ、常人離れしているにも程がある。さっき建物の中に追い込んだのを突破したのも、いやらしい。

「ま、本当にこれ以上戦わなくて済むのなら、それでいいか……」





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