トップ同人活動記録FE暗黒竜小説INDEX>7 00Muse 3-2




「00Muse」 3-2






 瀕死の重傷を負った部下がマリアの治癒で一命を取り止めた事を聞くと、マチスは小隊の中から十人の志願者を募って、もう一度南地区に向かった。その日の昼近くのことだ。

 実のところ仮眠を勧められていたが、リンダが町の中に居ると断言したのに捜しに行かないのは、どこか無責任な気がした。

 あれから一時余り。発見の報がないのは、人斬りが現れて混乱が生じたせいもあるのだろう。

 とにかく、一度にふたりもの危険人物が町にうろついている状況は早く脱してしまいたかった。特にリンダに関する事は、いち早く片付ける必要がある。というのも、今になってまずい事実が発覚してしまったのだ。

 ――それは、聖水を余分に持っておこうと、捜索に出る前に補給物資を置いている小屋を訪れた時のことだった。

 取りに来た物を告げると、物資を管理する兵士は申し訳なさそうに言った。

「すみません、もう聖水はないんですよ」

「もう? そんなに使ったのか……?」

「元々、そんなには多くなかったんですよ。それを皆さんが持っていってしまいましたから。これ以上本隊から貰うのも無理なんだそうです。ノルダでは扱っている商人がいないというし……」

 兵士が弱りきった風情を見せるその後ろで、ターバンをつけてベールをまとった黒髪の美女が憂える表情で言い添えた。

「聖水はうちでは取り扱っていないの。ディールにいる姉妹から仕入れたのでしょうけど……。ごめんなさいね」

 本当に済まなそうにするものの、やはりその艶姿はほこりっぽい物資倉庫には似合わない。だが職は合っている。

 ララベルと名乗る彼女達は大陸各地に拠点を置いて、魔道書や法力の杖、傷薬など様々な物を扱って商いをしている。そうした意味では、この美女はノルダのララベルと呼ぶのが正しいらしい。

「仮に買いつけに行くにしても時間がかかるし、ミネルバ王女麾下きかの竜騎士を借りることはできないでしょうから……余分に持っていった部隊から回してもらわないといけないですね」

 こめかみに手を当てて提案する兵士に、マチスは首を振った。

「いや、昨日使ったあとで補充したから手持ちにはあるんだ。こっちも余分に持っておきたいと思っただけだから」

 と、結局はそれで引き下がった。予備を用意できないのは痛いが、ない物はないのだから仕方がない。同じ事を考えていた人々に先を越されただけの話だ。だが、事態は深刻である。

 今までと同じように魔道との遭遇を繰り返していれば、近いうちに聖水が行き届かなくなる。そうすれば、オーラに立ち向かうのは命がけだ。今日明日、悪くても明後日までには解決させなければ、住民を守る前に自分達が壊滅の憂き目に遭いかねない。

 南地区への道中、部下のひとりがこんな事を口にした。

「十四くらいの女の子がそういつまでも逃げてらんないでしょ。十日逃げおおせただけでもおかしいのに」

 彼はマチスに向かって言ったようだったが、他の部下が反論を始めた。曰く、魔道の使い手だからだの、匿われているかもしれないだのと、憶測は尽きない。

 そうするうちに、不穏な言葉が飛び出した。

「こうしている間に、彼女が北地区で何かやらかしてるとか……」

 北や中央地区では、同盟軍兵士と出来合いの自警団が協力して警戒態勢をとっている。だが、その密度は事件が起こっている南に比べれば薄い。リンダが北方面に行く可能性が常につきまとっているとはいえ、これ以上人手を回せないのが現状だ。こうなると、大事な戦と重なった事がつくづく恨めしい。

「大隊長はどう思ってますか? 大司祭の娘が逃げ続けていられる理由は」

「ただの女の子じゃないからなぁ……今まで姿を見た奴もいないし」

 特に答えを用意していたわけではない。どうせ常識なんか通用しないと、そのくらいに思っていた。言ってしまうと避難を浴びそうだからやめておいたが。

 いざ南地区に到着すると、一同はさっきまで何だかんだと言っていたのを一旦忘れて、前と同じように捜索を始めることにした。

 路地の表裏、あるいは脇道を集団で捜し回るのだが、以前に行った道をもう一度捜したり、他の同盟軍兵士と出くわして成果がないのを言い交わしているうちに、どうしても士気が下がっていく。

 そうした時は大隊の仲間が前線に残って必死に戦っていることを思い出させたりして、どうにかやる気を取り戻してもらっていたが、その反面、マチス自身の意欲は失われていった。

 最前線で戦う大隊の事は気がかりなどといった言葉では片付けられない。できるものなら、今からでも駆けつけてしまいたいくらいに思っている。命令だとわかっていても――魔道士の代役としてこの町に来ているくせに、そうした役に立っている実感がないから――大隊長の責任を放棄している気がしてならない。

 この大隊の人々は故郷を敵に回す覚悟を持って、勝ち目の薄い側に身を置くと決めてくれた。中には腹に一物を含む人間もいるだろうが、共に命を賭けていることには変わらない。だから、戦功を捨ててでも生き延びることを優先して、この人達をマケドニアの地に立たせたいと考えていた。なのに、今この瞬間に命を落としている仲間がいるかもしれないと思うと、更に胸が痛んだ。

 その一方で、大隊の部隊長の任務遂行能力に対し、マチスは日頃からかなりの信頼を寄せている。自分よりも遥かに上だと思い、そうした部分では放任主義を取っていた。前線指揮官としては問題のある態度だが、ディール城砦の時以外は分裂も起こさず不思議とうまくいっていた。もしかしたら、その態度が却って危機感を煽っていたのかもしれないが。

 どんなに心配したところで彼らは彼らなりに役目を果たそうとするし、その全力にけちをつけるのは不信に他ならない。

 そこまで思いを巡らせて、マチスはこの余計な焦燥を振り切ってしまおうと決めた。

 それが随分と長い時間だったのかそうでないのかはわからないが、気がつくと十人の部下は道のあちこちに三、四人づつで散っていた。

 マチスはそのうちのひとつに付いて脇道をある程度見て回ったが、ここも特に変わった人間がいるわけではない。

 空を見上げると、わずかに陽が傾き始めていた。

 彼らは狭い路地から出て、一旦小休止を取ることにした。この二日でほとんど眠っていない部下の体調を訊いて、まだ行けることを確認する。

 この休憩の間にも、同盟軍の兵士がすれ違っていった。そろそろ再開させようとした時に来たのが三組目だ。これまた成果と事件がないのを言い交わしてそれで終わるかと思われたが、その分隊長は少し考えた節を見せてこんな事を教えてくれた。

「アリティアの騎士が前線からすっ飛んで来たよ。殺人のあった寺院に向かったらしいが、こんな時に何の用事があったのやら」

「あぁ、あそこでアリティアの兵士が――」

 マチスが答えている最中に、その闖入者は路地から飛び出してきた。

「来てくれっ! 今、仲間が殺人鬼を追っているんだ!」

 アカネイア兵士の科白に一同が色めき立つ。最優先で捜したいのはリンダだが、こちらの排除も臨むところだった。

 駆けつけた兵士の案内で再び路地に入ると、すぐに問題に突き当たった。二十人の集団は狭い中では動きづらい。先読みして回り込む役割をアカネイア兵士から指示されて、マチスの分隊は途中で別れた。

 これと予測した場所に着いて影と兵士達を待ち構えることにしたが、しばらくしても一向にその気配がない。

「読み違ったかな……」

「ひょっとしたら、もうカタがついたんじゃないですか?」

 いずれにせよ、こうしている意味はないと判断して、待機するのをやめてまた捜索を始めた。事の成り行きは気になるが、いずれ他の隊に遭遇すると思って確認の手間は省いてしまった。

 なりゆきでたどり着いていたのは、二階建ての大きな建物が立ち並ぶ一角だった。これらは倉庫として使われているように見えた。何気なく目についた最初の建物の扉は、強い衝撃を受けたのか真ん中に大きな穴が開いてボロボロになっている。

「こういう所は隠れやすそうですね……」

「なら、調べてみようか」

 こう荒れた風情では、遠慮をする必要もなかった。鍵も壊れている。

 誰が外に残るかを決めた結果、中に八人が入り、マチスは見張りのふたりと外に残されることになった。リンダではなく殺人鬼がいた時のためだと言われてしまったのである。

 見回してみれば、他の建物の扉も似たようなものだった。中には扉がすっぽりなくなっているものもある。

「ここらも、一旦は調べていったんでしょうね」

「多分な」

「けれど、今いないとも限らないのでは?」

「だったら、ここにも夜の見張りを立てるか……。逆効果かな?」

 そこへ、突然赤い人影が飛び降りてきた。





BACK                     NEXT




サイトTOP        INDEX