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「00Muse」 1-5




 手紙を持ってきたシーダがどのくらい事情を知っているかわからないが、ノルダのどこかへ行った彼女を追って詳しい事情を聞いておきたいとマチスは考えていた。簡易簡潔に過ぎる手紙が怪しく見えたせいもある。

 そこで今の分隊を更に半分に分けて、片方に街門に張りついてマリアの到着に備えるようにしてもらい、マチス自身は残りの五人を連れて町の中央地区にある寺院を目指した。シーダが街門にいた兵士に行き先を言付けていたため、訊き回る手間が省けたのだ。

 荒れていた町の寺院ということで景観には期待できないだろうと踏んでいたのだが、そうした意味では予想通りだった。院のどこを見ても修復の跡があり、屋根さえも病人の包帯さながらに不恰好な補修跡を見せている。それに、さほど大きくない寺院のようだった。

 寺院の入口に立つ僧侶に身分を名乗ってシーダの来訪中を確かめると、外で待たせてもらうことを告げて一旦外に出た。戦場を離れてまでの用事ということは大層なものだろうから、無理に押し入らないのが無難である。

 下手をすると一時は待たされるかと思ったが、幸いにも一刻ほど待った辺りで目当ての人は寺院から現れた。

「あ、来ていたのは聞いたけど、まだ待っていてくれたのね。――そういえば、手紙は受け取ってくれたかしら」

「だから来たんだけどな。……ってことは、これは本物なんだな」

「疑っていたの?」

「あれで信じられるほど直感が良くないんでね」

「うーん……そうよね。ミネルバ王女の伝言を聞いた人が急かせて代筆の人に頼んだんだもの、無理ないわ。だから署名はなかったけど、本物なの。
 ねえ、良かったら街門まで護衛をお願いできないかしら」

「ここまで来るのについて来た護衛がいるじゃないか」

「ここの状況を聞いて帰らなきゃいけないから、マチスさんからならちょうどいいでしょ?」

 シーダの笑顔が(色々な意味で)眩しいくらいに輝いていた。

 どこかの重騎士曰く、この笑顔を見られる事以上の幸せはないということだが、マチスに言わせれば、どこかの妹と同じように女の笑顔は課題か難題を吹っかけているとしか思えなかった。

 では突っぱねれば良さそうなものだが特に断る理由がないために、少女ひとりと男六人で、揃ってノルダの通りを練り歩くことになった。どう吠えようとも、その笑顔に押し切られているのは事実なので話にならない。要修行というやつだ。

「そういえば、第五騎馬大隊の人達がマチスさんを心配してたわよ。部隊を離れることがあまりないからって」

「その言葉、そのまま連中に返しといてくれよ。どっちが危ない所にいるんだか」

 まだ一日半しか経っていないが、不定期に前線の様子を報せる伝令がやってくるから、それなりの事はわかっている。最初の砦の守りが堅くて突破に難儀しているが、幸いにも同盟軍の被害は少なく済んでいる。ただし、同盟軍の今までの勢いを考えると、らしくない戦いぶりではあった。

「それに、今回は速攻をかけないとまずいんじゃなかったか?」

「ええ……ちょっと、時間はかかっちゃってるわね」

 この戦いは迅速に勝って終わらせなければならない。時間を与えてしまえばパレスにドルーアの増援が来てしまうし、今までの苦労を考えれば退却は論外である。だから、負けられないのだ。

「マルス様も気が気でないみたい。ニーナ様達と中陣に残っている身が悔しいって仰って」

「まだ出てきてないのか……? 軍議の時もいなかったけど」

「マムクートさえいなければ大丈夫なんだけど、まだ無理みたいね。マルス様は行きたがってたけど、ジェイガン卿が止めたから」

「そうか……。で、こっちの事だけど……」

 と切り出したはいいが、マチスから語れる事はあまり多くない。聞く話は凄いが、実際に見たのは昨日の壁だけでたいした手がかりもない。どちらかというと、自分が町を歩いた中で目にした平和そうな光景の方が印象に残ってしまっている始末だった

 そう語ると、シーダが同意の頷きを返した。

「確かに、女の人が結構出歩いているものね。
 ……あ、あの人大変そう。ちょっと行ってあげましょ」

 止める間もなくシーダが向かっていった先には、やたらと大きな籠を抱えた若い女性がいた。結い上げた髪と赤い服がほとんど同じ色で、見る者の目を惹きつける。

 女性の脇に回ってシーダが話しかける。

「お手伝いしましょうか?」

「あら、いいの? って、あなた、まさか騎士様……!?」

「気にしないで。持ってくれる人がいるから」

 女性が畏まろうとするのを止めて、シーダは男達に片目をつぶった。どうやら最初から彼らに持たせるつもりでいたらしい。拒否すれば面倒な事になるのはわかっていたし、放っておくのも後味が悪いからマチスは部下のひとりに籠を持ってもらうように頼むことにした。

 赤毛の女性がしきりに頭をさげる。

「すいません。近所の人とか同盟軍の方々への差し入れだったんですけど、まさか持ってもらうなんて……」

 町の治安を取り戻すのに動いているのは同盟軍の人間だけではない。地元の人もまた然りだ。

「でもこんなに沢山、ひとりで作ったの?」

「はい。没頭していたらこんなになってしまって。ご近所さんのお気遣いで、ずっと作らせてもらっていたんです」

 含みを持った言い回しにマチスは首を傾げたが、どうせシーダが訊くだろうと思って黙っておいた。

 案の定、タリス王女が女性に尋ねた。

「それ、どういうことかしら」

「恋人が戦場に行っているんです。帰ってきてほしいけど、お城を守っているからちょっと難しくて」

「……」

「……」

 ここで言うお城とはもちろんアカネイア・パレスの事であり、女性の恋人は彼らの敵方であるグルニア軍かドルーア軍の兵士なのだ。

 占領下の土地で結ばれる他国人同士の男女がいても不思議ではない。ただし、人の目という障害を乗り越えた上で、こうした悲劇に見舞われるのも覚悟しなければならない――そんな恋愛だ。そして、最も辛い場面にこの女性は立たされているのだ。

 少しの沈黙の後でシーダが口を開いた。

「でも……胸を張って恋人だって言えるのでしょう?」

「はい。グルニア兵の中にも優しい人はいるって、あの人が教えてくれました。ごろつきから守ってもらったのが出会いだったんです」

「じゃあ、とても勇気があって意思の強い人なんでしょうね」

「いえ、そうでもないんですよ」

 この切り返しには一同揃って肩透かしをくった。これまでに作られた彼氏のイメージが台無しである。

 そんな七人にはおかまいなしで、女性は朗らかに言ってのけた。

「あの人、女の子の頼みにはかなり弱いみたいで、すぐに引き受けちゃうんです。わたしの事を忘れちゃうんじゃないかしらって心配したくなるくらいに」

「それは……どの女の子でも?」

「ええ。十二歳くらいまでの幼い子は別みたいですけど。あと、近寄り難い雰囲気の人は苦手みたいでした。だから、付き合ってしばらくするまでは他の女の子に浮気するんだろうなって構えてたんです。そんな事は一度もなかったんですけどね」

 マチスには女心の機微などといったことはよくわからない。けれど、口を尖らせている割に楽しい想い出だったのだろうというのは、何となく察せられた。

 何気なくシーダの方を見ると、軽く頷きながら何か考え事をしている様子だった。こちらは現役の恋する乙女≠セから、何か感銘を受けることがあったのかもしれない。

 だが、その後でシーダが赤毛の女性と恋人の名前をセットで訊いたり、挙句の果てに彼氏の兵種まで訊く『暴挙』はいかがなものかと思うと同時に、聞かなかったふりをした方がいいだろうかと、マチスはそんな事を悩みながら歩く羽目になった。





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