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「BRAND」 3-6 |
* パレスまでの期限つきとはいえ、マチスの請願が却下された事には変わらない。どうにかして今までのように、少なくとも五百程度の集団として最低限求められるものに応えられるよう立て直さなくてはならなかった。 にもかかわらず、マチスの思考はなかなかそこへ向かなかった。 「簡単に受理されると思ってたんだけどな……」 「時期の問題ですから仕方ないですな。それに、パレスまでということなら、部隊の皆も強硬には抗議しないでしょう」 マルスのいた部屋を出た彼らは、本館の階段を降りていた。その先には大きな玄関が見える。 「どうせパレスまでやるなら、もっと長く続けたいんだけどな……」 「おや、そうなのですか?」 「今までのツケを払うのは、やれる事がなくなってからでもいいと思ったんでね。でも、ずっと続けるなら王女に忠誠を誓わなきゃいけないんだよな……」 マチスがどうしたものかとため息をつくのに、ボルポートは口を出さなかった。青年のささやかな不穏の気配に気づいたのかもしれない。 一階に降り、開かれた玄関の大扉を抜けて、そこでようやくマチスが次の言葉を発した。 「運を試す時ってどうすればいいかな」 「運ですか?」 「どっちかに決めたいけど、どうしても決められないから運に託そうと思って」 マチスが何と何を天秤にかけているのかを訊きたい衝動を抑えて、ボルポートは質問を答えることに気持ちを傾けた。 「ならば、くじとか……あとはこれが手っ取り早いでしょう」 懐を探ってボルポートが取り出した物は 「さいころ?」 「ええ。物事を決めるのに役立つこともありますので、常にこうして持っているのです」 賽を自分の小物として持ち歩く兵士は意外と多い。仲裁や割り当ての決め手にしたり、中にはお守りにしている者もいる。 「ふぅん……。で、結果を割り振っておけばいいのか」 「そうですね、奇数と偶数がわかりやすいでしょう。どうしても今すぐ決めたければ、ここでお貸ししますが」 「じゃあ、遠慮なく借りさせてもら………………待てよ」 途端にマチスの手が止まり、表情は険しくなった。 「どうしました?」 「うーん……。こういうのと、おれ相性が良くないんだよな」 マチスは、日頃の雑事で自分の運があまり良くないことをよく知っていた。中でも、山札から一枚だけ抜いたカードの数字を競うという単純なゲームをワーレンで興じた時に、十回中八回の負けを期したばかりか、ルールを逆転させても更に十二連敗をするという負けっぷりはあまりにも見事すぎて自分で自分を誉めてしまったくらいだった。 こんな勝負運で今まで将が務まったのが不思議なくらいだが、金の賭け事と戦場のそれは違うのだろうと適当に納得していたのだ。 「それなら、やめておきますか」 「でも、みんなに会う前に決めておきたいんだよ。ずっと大隊長をやるなら覚悟を決めとかないといけないし」 「やはりその事でしたか」 「ああ。……いっその事、誰か他の人に振ってもらうおうか」 「あなたの問題なのに、誰かに委ねるのですか?」 「おれの運が頼りにならないから、他の人の運を頼るんだよ。誰にやってもらうのかを決めるのはおれだから、間違ってないだろ」 理屈になっていない理屈だが、本人は大乗り気だった。 「では、誰に振ってもらいますか。言っておきますが、わたしは遠慮しておきます」 「じゃあそうだな……関係ない人にやってもらいたいから、これから最初に見かけた人にしようか」 と言って、現在立ち止まっているのは領主館の中庭、本館の近くである。辺りを見回して、最初に視界に入ってきたのは本営の玄関についている門番の兵士だった。アリティア兵という点でマチスは少し不安になったが、決めた事だから仕方がない。 兵士に話しかける前に、ボルポートが注意を促す。 「奇数偶数でどうするのか、決めておかないと」 「じゃ、奇数ならずっと続けて、偶数ならそうじゃないってことで」 小声で打ち合わせを終え、兵士に賽を持ってもらった。分配の事で揉めていて、どうにも決めかねているから適当に振ってくれないかと口実をつけたのだ。 三人して中腰になっていよいよ賽が振られるといったその瞬間に、声をかけてきた人がいた。 「何してるの?」 無邪気な声の主は、十二、三歳と見られる少女だった。 顔は全く知らなかったが、真紅の色をした髪が実に印象的だった。 マチスは恐る恐るその正体を尋ねた。 「……まさか、マリア王女……?」 「うん、そうよ。 あ、バセック家の――ええと、シスター ・ レナのお兄さんでしょ?」 「え!? いや、まあそうだけど……」 幼いときから丸々含めて初対面の相手に兄妹とわかってもらえたのは初めてである。相手が相手だけに素直に喜びづらいが、驚いたのは確かだった。何を訊くよりも先に、次にこの言葉が飛び出したのだ。 「どうして、おれがそうだってわかったんだ?」 「よく似てるもの。マケドニアにいた頃に見た絵とそっくり! あなたはお坊さまじゃないけど、あの絵も髪が伸びてたし」 「絵……?」 「それはいいから、何やってたの?」 マリアにとっては大の大人が三人も屋外で妙な姿勢をしていたのがよほど気になったらしい。その後ろからマリアの護衛の騎士が睨みをきかせているのなど(もちろんその相手はマチス達だが)、彼女は全く気にしてなかった。 マチスとボルポートが答えに窮している隙に、門番の兵士が笑って答えたものだった。 「賽を振ってくれと頼まれたんですよ。ちょっとした決め事をしたいみたいで、適当にわたしに頼んできたんです」 と、ボルポートが渡した賽を見せると、マリアは興味深げに見つめていた。そして、こう言ったのである。 「誰でもいいなら、わたしがやってもいいのよね?」 マリアとしては単に振ってみたいという願望だったのだろうが、マチスにとってはとんでもない事だった。ミネルバに忠誠を誓うかどうか賭けたものを、よりにもよってその妹に委ねるわけにはいかない。 「ちょ、ちょっと待って、とりあえず今は――」 「いいじゃないですか、マチス殿。こんな些事を自国の王女にやってもらえる機会はそうそうありませんよ」 ここでも普段の行動は災いしていた。マチスはアリティアの兵士にもそこそこ認められている上に、できるだけ身近に接しようとしたため軽い用事は軽い用事と額面通りにとられてしまったのである。 どうぞ、と気軽にマリアの手に渡った賽は、簡単にその手を離れて玄関の床石の上に転がった。出た目は1。 青ざめかけた顔と息を呑んだ顔が並ぶ。 「奇数……」 「偶然とは恐ろしいものですな……」 兵士を経由して返された賽を手に、ボルポートが小さく首を傾げた。 「ですが……マリア王女は直接選んだ方ではないですから、やり直そうと思えばやり直せるのではないですか」 彼の提案に、マチスは諦めの表情を見せて首を振った。 「やめとくよ。おれがこの人に頼んで、この人が王女に任せたんだし、やり直したら『運』に託した意味がない気がするから……」 言いながら肩を落としたマチスに対し、護衛を連れて本館へと入っていくマリアの様子は上機嫌だった。もちろん、こんな決断があったことなど知るよしもない。 そんな彼女を見送って門番の兵士とも別れたマチスとボルポートは、少し重い空気をまといながら宿舎への帰途についた。 |