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「BRAND」 3-3






 往生際悪く留守であってほしいなどとマチスは願ってはいたのだが、ここでも願いは破れて彼はミネルバと対面することになった。ただし、というか当然、一緒に来たふたりは他の部屋で足止めされている。

 ミネルバの従者に身なりを厳しく注意されて(更に言えば、到着報告の時に大隊長の軍服を着替え直していたのも彼にとっては災いだった)、大きな樫の扉の前に案内された。

 従者と脇に立った兵士とでいくつかのやりとりがあった後、樫の扉が開かれる。白い光が入っているように見えるのは、窓がその効果を狙って仕掛けが施されているせいだった。

 絨毯が敷かれているからまだその人物の際どさは抑えられていたが、白い印象のある部屋の中でマケドニア竜騎士の軍服はひどく目立つ。

 窓際でこちらを向いているが、顔の輪郭のほとんどを肩にすら満たない深紅の髪が隠しているのと、陽光のせいで表情はよく読み取れない。

「……でも、別人なわけがないか」

 聞こえよがしな独り言を発したマチスを案内してきた従者が咎めようとした時、その人物が含み笑いのこもった声で止めてきた。

「よい、お下がりなさい。他の皆も」

 言われたのは従者の他に、護衛として部屋についていた騎士達だった。その瞬間は戸惑ったものの、主君の命令に従って部屋から出て行った。

 扉が閉まると、ミネルバは逆光のはたらかない位置へと歩いた。

「こうして会うのは初めてですね。マチス殿」

 名門と言われた伯爵家の息子とはいえ、カダインに修行に出ていたり、六年間の謹慎期間があったりでは、本人が積極的にならない限り王女との面識を持つのは難しい。

「じゃ、初めましてってことで」

 マチスにとっては当たり前だが、態度を改めたりはしない。そうでなくても、この場に引きずり出されたのが乗り気でなかったのだ。他の目を全て払ってくれたおかげで、強制的に頭を下げさせられないのが精神的に楽になってはいるが、何故そうしたのかはわからない。

「本当に噂通りなのですね。相手が王族であっても畏まらないというのは」

「だから、あんたの兄貴に逆らうようなバカな真似ができたんだろ」

「そう、そのおかげで先を越されました」

 ミネルバが笑顔で返した。不躾な言葉遣いにも眉ひとつ動かさない。

「本当はわたしが率先してミシェイルに反旗を翻すべきだったのに、貴方には悪い事をしたと思っています」

「……別に苦労っていう苦労はしてないけど。で、おれの元のとこの家がどうかしたっていうから、ここに来たんだけどな」

「いいでしょう。ですが、その前に話しておくことがあります」

 とっとと用事を済ませたくて出した言葉だが、ここはあっさりとかわされた。

 そうは簡単にいかないかと嘆息しつつ、仕方なくミネルバの言に耳を傾ける。

「同国人同士、わたしと手を携えてドルーアと戦ってくれませんか。貴方はあくまでも同盟軍としての騎士を貫きたいでしょうが、ミシェイルに立ち向かってマケドニアを正しい人の道に戻すのは、他国の方々でなくまずマケドニア人の手で行いたいのです」

「それは……言う相手はおれじゃない。もっと後で来た奴に言えば、ふたつ返事で賛成してくれるよ」

「どういう意味です?」

「おれは、マケドニア人部隊の長から降りるつもりでいるから」

 ミネルバが目を見張り、幾度も瞬きをした。

「何ですって……?」

「部下のみんなは王女に従いたいってのが多い。上と下とで意見が逆じゃ都合が悪いから、降りさせてもらうことになってる」

 ミネルバの顔つきが、驚きから厳しく引き締まったものに変わった。

「――そんなに、わたくしは貴方の支持を得る資格がありませんか」

「王族に従うってのが嫌なだけだ。王女が特別嫌いなんじゃない」

「以前からミシェイルを批判していたのも、それだけの理由ですか」

「おれは戦争が嫌いなんだよ。税は増えるし、人は死ぬし」

「……庶民のような事を言うのですね」

「伊達にそういう人達の上に胡坐かいて生きてたわけじゃないから」

 話が噛み合っているのかどうか、非常に疑問の残るやりとりである。

「それで、わたしには特にないと?」

「王女個人には、ね」

「では、何故王族をそこまで嫌うのです?」

「……聞かない方がいいと思うけどな」

 言いたいことを直接言えるまたとない機会ではあるが、さすがに間を取った。どれから言おうかと迷うほどたくさんあったからだ。ただ、言うのは悪口だから本当に聞かない方がいいと思う親切心がないこともなかった。

「構いません。貴方のことは少しはわかっています」

「本当かな……」

「大丈夫です」

「じゃ、言わせてもらうけど――自国の国民は頭を下げるのが当然だって顔をしてるのが気に入らない。子供の頃からそんな風に育てられていれば、そうなるんだろうけどな」

 ミネルバの秀麗な眉がぴくりと動いた。

「国を守る者には威厳が必要でしょう。他国に隙を与えないことが即ち国を守り、国の守護者の責務を果たすことになるのですから」

 思わぬ風向きにマチスは慌てて両手を振った。

「別に、論議とかそういうのをしたいんじゃないんから!」

 冗談じゃないぞ。マチスは嫌な予感がして焦り始めていた。

 主張や好き嫌いに絶対は存在しない。特にマチスの場合は論理としては穴だらけである。いくらでも覆せるだろう。そして、その反論もいくらでも覆せる。延々と水掛け論が続くだけだ。

「貴方の思い違いというのもあります。わたし自身のことも含めて嫌っていると聞かされたら、理由を聞いて誤解があれば解くのが当然です。
 まだ他に言うことはあるのでしょう?」

「逆に訊きたいけど、同盟軍に来た理由は?」

 苦しまぎれの質問だった。

「貴方の言い分はいいのですか?」

「こっちも聞きたいことがあって来てるから」

「――そうですね。まずはこちらに身を寄せた理由を話しましょう」

 ミネルバの関心が逸れて、マチスはほっと胸を撫で下ろした。他の用事もあるというのに、決着のつかないことで体力を使いたくながったのだ。

 それについでの質問ではあったが、ミネルバの同盟軍加入のいきさつにも興味はあった。最初に聞いた時は罠ではないかという話が先行して、全体像を捉えづらかった印象があったのだ。じかにミネルバから聞けるとは意外の感があったが、深くは考えないことにする。

 ミネルバが再び口を開いた。

「戦争が始まってから、わたしはマケドニアの将軍として戦場に出ていましたが、それはせめて騎士として恥じない戦いをしてマケドニアが完全に人の道から堕するのを防ぐためでした。父王の死の半分はドルーアに起因していましたから、最初から帝国に背くことも考えました。ですが、そうすればマリアの身に危険が及びますし、王族の身で国を裏切ることは何よりも国民に対する裏切りですから、思いとどまっていたのです。
 ですが、同盟軍の躍進に伴って考えは変わっていきました。竜の下で人が人と争い、滅ぼそうとする事の愚かしさかわかり、今までのできうる限りの罪滅ぼしとマケドニアの進む道を正すために、敢えてわたしは国を裏切ったのです」

 マケドニア王女のこの言葉には故国にいる中での葛藤や正義の決意が強く込められていて、これを聞いた大抵の人間の心に感動を呼び起こしただろう。演説の口上に使えば名演説になったに違いない。

 が、今回は相手が悪かった。聞き役のマチスはたいした感情の起伏を見せず、あまつさえ質問を飛ばしてきたのだった。

「レフカンディで戦わずに退却したっていうのは?」

「あれも、離反を決意させたきっかけのひとつです。罠を仕掛けて、時間稼ぎをするなど騎士の戦いではありません」

「……」

「これでわかってもらえましたか」

「まぁ……とりあえずは」

 マチスは胸中のもやを表には出さず、形だけは頷いてみせた。

 何にせよ体裁を気にしているのが耳について仕方がないし、どうにも引っかかるのだが、それを言ったところでおそらく解決にはならない。それに、今までの責任を(彼なりの正論付きとはいえ)放棄しようとしているマチスに、他者に面と向かって批判する資格があるとは思えなかった。だから、これ以上言い立てるのはやめたのだ。

 それに、ここに来たのは別のことを聞くためである。

「それで、おれの……」

「貴方の父上のことですね。
 結論から言いますが、伯爵は貴方の討伐宣言をしました。マケドニアが講和をしない限り、戦いは避けられないでしょう」

 ミネルバがマチスの科白を引き取って一気に言った言葉は、彼が予想していた通りのものだった。

 マチスが最後に父親と顔を合わせたのは、謹慎処分が下される前だった。それから七年以上経った今になって、その父親から勘当を通り越して何があっても討ち果たすと(間接的ではあったが)言われたことになる。

 物心ついた時は医者のような僧侶だった父親はいつの間にか司祭になり、知らない間に実の子供とでさえ親愛をもって接することはなくなった(魔道の修行に送り出される前の時点でそうなっていた)。その代わりに、誰に対しても厳格たる姿勢をとるようになったのだ。そんな父親にマチスは威圧感こそ感じているものの、もう憎しみはほとんどない。生涯及ばない人だというのが最も強い思いだろうか。

 もちろん戦わなければならないのなら、そうするまでだった。将としてまみえることがなさそうなのは、少し悪い気さえするが。

「動揺はしないのですね」

「まぁ……そう予想はしていたから」

「貴方には不本意でしょうが、これでわたしと同じく肉親を公の敵にしたことになります。これでも、仲間ではないと言うのですか?」

「そういう条件は同じだろね」





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