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「BRAND」 3-2






「昨夜は申し訳ありませんでした」

 宿舎の建物から少し離れると、ボルポートが足を止めて頭を下げた。

 不意に言われたマチスは目を丸くする。

「ん? 何が」

「数々の非礼は許されるものではありませんが、ここにお詫びいたします」

 ふたりの足は完全に止まっていた。

「非礼も何も本当の事だし、おれのことは見限ったんじゃないの?」

「半分はそのつもりでしたが、気が変わりました。あんなに簡単に同行を許してもらっては、わたしとしてはそうするしかありません」

「行きたいっていうのを、いいって言っただけなのにか?」

「前の日にあれほど言い立てた人間に対して一切不審がらないなど、よほどのことがなければわたしには真似できません。
 もっとも、鈍感と紙一重かもしれませんが」

「じゃあ、鈍感なんだろ。悪口言われても、本当の事だったら平然としてるし。ある意味、幸せなんだろうな」

「……」

「こういうのは、おれの中から『貴族』が消えなきゃ直らないよ。世間をよく知って、ズレを直していかないと」

 マチスが再び歩き始めるのに伴って、ボルポートも続く。

「くどいようですが、本当に大隊長を辞めるつもりですか?」

「理由はちゃんと話したと思うけどなぁ……」

「いえ、それならそれで構いません。後はなるようにしかなりませんから」

 領主館への道程はそう遠くない。ほどなくその建物が視界に入ってきた。

 と、見覚えのある姿がこちらに向かってくる。

「兄さん!」

 少し息を弾ませて駆け寄ってきたレナが、マチスを見上げた。

「宿舎に戻ったって聞いたけど、ここで会えて良かった。久しぶりね」

「二ヶ月くらいだっけ?」

「二ヶ月半は経ったわ。ワーレンの城に来ていた時に会えなかったから」

 長く会えなかった間にかしこまった言葉遣いを直してくれていたのが、マチスには嬉しかった。戦場を渡り歩くような生活だが、充実もしているのだろう。

「で、おれに用って?」

「ええ。ミネルバ様に会ってほしいの」

 笑顔がパーフェクトなだけに、願い事とのギャップが激しい。

 マチスにとっては、悪意さえも見えかねなかった。大隊長を辞めてしまえば、対面は避けられるだろうと目論んでいただけに尚更である。

「どうしておれが!? ……避けたがってるのわかってるだろ?」

「でも、大切なお話があると伝えられてしまったし、マケドニア人同士で協力できないのもおかしいでしょう?」

「……それか」

 マチスが頭を抱えるのを、レナが不思議そうに見る。

「『それ』?」

 話すべきかどうか迷った挙句、マチスはきちんと話すことにした。

「まだ決まってないけど、大隊長は辞めるつもりなんだ。だから、協力の事で王女と話すのはおれじゃないよ」

「え……?」

 信じられない、とばかりの顔をしたレナは、次にボルポートを見た。

「本当なのですか?」

「はい。これからジェイガン卿の所へ行って、承諾が得られれば辞任が決まります。部隊で話し合い、そのようになりました」

「……」

 門前払いをくらった使者のように、レナは悄然としていた。

 さすがにこれはマチスも困って、しかし理由を説明するわけにもいかず、危なっかしく笑うしかなかった。

「ほ、ほら、同盟軍を抜けるわけじゃないんだし、似合わないつらで軍議に出なくなるくらいなんだから、あんまし気にしないで……」

 と、レナが鋭くマチスを睨みつけてきた。

 腫れ物を触るような慰めは、レナの心に火を点けただけだった。

「気にします! 辞めてどうするんですか! せっかくマルス様に頂いたお役目なのに!」

 ボルポートはどこかで聞いた覚えがある展開だと思ったが、兄妹のやりとりの邪魔をするのは無粋だから黙っておくことにした。

 一方、たまったものではないのがマチスだった。辞めた先のことを言おうものなら、止められるのは間違いない。

「どうするって、そういう事になったんだから……」

「だったら理由を話してください! 納得がいくのであれば、わたしだって引き下がります」

「引き下がるって言ったって……」

 どの理由を話したところで、簡単には了承を得られそうにない。

 意外な強敵の出現に、マチスは頭を抱えていた。

「どうすりゃいいんだよ……」

 しかし、往来であったことが彼に味方した。またもや見覚えのある顔が通りかかったのだ。

「久々に会ったのだから、それ以上やり込めるのはやめておいたらどうですか? シスター」

 穏やかなしわ枯れの声の主を振り返ると、そこに居たのは老僧リフだった。

 恥ずかしさとばつの悪さからか、レナの顔が赤くなる。

「あ……失礼致しました。このような往来で騒いでしまって……」

「分かっているならよろしいでしょう。では、失礼しますよ」

 去っていくリフに一礼するレナに倣って、マチスも頭を下げた。当然、感謝の意を込めてのことだ。

 自分の運もそうそう見放されたものじゃないかもしれない、などとマチスがどうでもいい事を思っていると、ボルポートがとんでもない事を言い出した。

「ところでシスター、ミネルバ王女からこの方へのお話とは?」

「何でそんな事を蒸し返すんだよ」

 すかさず止めに入ったマチスの努力もむなしく、レナは思い出したことを口にしていた。

「わたしは詳しく教えていただけなかったのですが、おそらくは家の事だと思います。特に、父の」

 兄妹の父はマケドニアの魔道部隊の長を務めている。表立って国を裏切ったマチスには、殊に知らしめたいことがあるだろう。ただ、推測するのと、事実として聞かされるのとでは心構えの点で完全に変わってくる。

 とはいえ、非常に会いたくない相手なのは変わりない。

 どうせならレナが聞いておいてくれれば良かったのだが、ミネルバがレナに対してぼかした伝え方をしたのは、色々と配慮した結果なのだろう。

 様々な要素がマチスの頭の中をぐるぐると回った結果、半ば自棄になって決断を下した。

「……わかった、行くよ。行けばいいんだろ」

「行ってくれるんですか?」

「ああ」

 どうなっても知らないけどな。心の中でそう付け足す。

 大隊長を辞めようとしてまでミネルバと会うのを避けようとしていたのに、これで完全にふいになってしまった。

 そうとなると、今回の元凶に文句を言いたくもなる。

「ど〜して、あのタイミングであんな事を言ったんだよ」

「敵がはっきりしているなら、あなたが前線の兵になっても生き延びる気概が持てるでしょう。一応、親切のつもりでしたが」

「……結果論だよな、それ」

「ええ。勘とも言いますが、基本的には好奇心というか……まあそんなものです」

 駄目押しの駄目押しに救いのない理屈だった。

 こうして、何らかの期待をしているのか嬉々として案内に立つレナと、予想外の伏兵だったボルポートを連れにして、領主館のとある棟にマチスは足を運ぶことになった。





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