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「BRAND」 2-2




 マチスの淡白な答えに、シューグは上目でため息をついた。どうにも、この『坊ちゃん』には執着心が欠けているきらいがある。

「……ま、その辺は後々でいいとして、どうしてこうなったんだ? 最初からこんな話をしてたんじゃないだろ」

「おれがミネルバ王女に忠誠を誓えって話だったんだけど、いつの間にか話が変わってた」

「ん? そんな話してたのかよ」

 今の問題よりも、はるかに興味をひかれたような顔だった。

「で、お前は何て言ったんだ」

「まだ何も。歩兵部隊長と重歩兵部隊長がそう言ってきたから、他のみんなも同じかって訊いた」

 いつの間にか騒ぎの中心になっていたボルポート達のやりとりは終わり、一同の注目はこの三人に集まっていた。

 各部隊長らに意見を促したということは、譲歩する心積もりがあってのことか、はたまた全く関係ないのか。全員の願いと思惑が混ざり合って周囲を渦巻いている。

 それに気づいたシューグは奇妙なプレッシャーを感じつつ、成り行き上、もう一度マチスに尋ねた。

「それで、どうすることにしたんだ?」

 ミネルバに忠誠を誓うのか。

 今までの姿勢を続けるのか。

 それらの期待に反して、返ってきた言葉は予想されたどの答えにも当てはまらないものだった。

「おれが王女にどんな態度取ったってみんなには関係ないよ」

「ん? どういう事だ?」

「領主館に着いたら大隊長を辞めるって願い出るつもりだったから」

「辞める!?」

 驚きの声はどちらの立場の者からも発せられた。

 そう、とマチスは軽く頷く。

「おれは反ドルーアのマケドニア人の受け皿になってくれって言われてみんなの代表になってたけど、その役目はもう王女のものになる。そうしたら、騎士の実力がないおれが上にいる理由がなくなると思うんだ。この大隊だって、しっかりした人間が長になった方がいいだろ」

 あっけらかんとしたマチスの告白に、すぐに対処できた者はいなかった。

 数拍置いて、やっとホースメン部隊長が口を開いた。

「そうしたら、今まであなたを慕ってついてきていた者達はどうなりますか! 力不足を殊更口にしますが、あなたはここまで皆を率いてきました。武や策謀に秀でるばかりが指揮官の条件ではないと、証明してみせたではありませんか。それに、あなたが人を大事にしていたことは大隊の全員がよく知っています」

「でも、みんなの心が王女に傾いているんだから仕方ない。
 それに、手柄を上げたがらない上官ってのも問題があると思うんだよ。前線には出れないし、給金は少なくなる。こんなんじゃ戦う気概が起こらないだろ。おれみたいに、戦いたがらない臆病なやつばっかりじゃないんだから」

 歩兵部隊長の目が油断なく光り、吐き捨てるように言った。

「ミネルバ様と貴様を天秤にかけるなど、愚かしい以前の問題だ。
 それに、結局はミネルバ様に膝をつかないということか」

 マチスが肩を落としつつ言い返す。

「だから、大隊長を辞めるんだから関係……」

「黙れ! そもそも、その発言も人を侮っている。いつでも長の地位に戻れると思っているから、軽々しく辞めるなどと言えるのだ。失うものの大きさをわきまえていないとしか思えん!」

「戻らされてたまるか」

 一瞬、彼の迫力に気圧されたマチスだったが、歩兵部隊長を正面から睨み据えていた。

「おれは今までのツケを払わされるために、マケドニアから戦場に送り込まれたんだと思ってた。二十歳過ぎて軍隊の訓練なんか受けたって、他の連中には全然及ばない。近いうちに死ぬんだろうってな。けど、どうしてかアリティアに命を拾われて、こんなに沢山の人の上官になっちまった。どこかおかしい気はしたけど、命を拾える人が出てくるならそれでいいって考えてたよ。
 でもな、やっぱりツケは払わなきゃいけない。六年も何もしないで安全な所で暮らしてたんだからな。『受け皿』の役割をする人間が他に出てきたし、ちょうどいい機会だと思ったんだ」

 シューグが眉間にシワを作って言う。

「俺の気のせいならいいんだが、死にに行くって言ってるんじゃないだろうな」

「戦場の一番前に出るんだから、みんなと同じだよ。大隊に残って都合が悪いんだったら、他の所に行くけど。
 本当は明日、向こうに着いてから話すつもりだったんだけど、今ここでおれが辞めていいかどうか決めてくれると有難いな」

 これには、まず各部隊長が困惑した。非常に予想外の展開である。しかも意思が固まっている分、逆にやりづらい。

 第五騎馬大隊の人事は基本的にマチスに委ねられている。参考意見を聞いた上でひとりで決めかねるような時があれば、ボルポートと各部隊長を加えた六人で協議するのが取り決めだった。どうしても決まらない時は多数決を採るが、そうした事態になったことはない。

 この場合はマチスが自分の役職をかけているから、それ以外の五人で決めることになる。

「どうしても、今決めねばならないのか?」

 そう言ったのは意外にも『王女派』の重歩兵部隊長だった。

 マチスが首をかしげる。

「大体みんなの意見は固まってると思って言ったんだけど、何かまずい事があるかな」

 このまま決を採れば、辞任を認める結果になる可能性が非常に高い。当人のマチスとしては望むところである。

 五人を見回すが、ボルポート以外は首を振ってしまう。ならば、その副官に訊いてみようとしても、横を向かれてしまった。話さえもしたくないといわんとばかりの態度である。

「何か言ってくれないと、わからないんだけどな……」

「主殺しをするようで、気が引けるのではないか?」

 外野から届いた声の主がゆっくりとマチスに近づき、大柄な姿を現した。ロジャーだった。

「よその人間が口を出すのはどうかと思ったが、一晩中この状態で話し合われても困る」

「あ、それは……済まない」

「元々、領主館の町に着いてからするはずの話だったのならば、予定通りにそうすればいい。考える猶予ができれば色々と意見も変わってくるだろうし、どうしても彼らが駄目だというのなら独断で決めるか本隊の連中に話してみればいいだろう」

「まあ……それは確かにそうだな」

「では俺はこれで失礼する。これ以上を首を突っ込むのも何だしな。
 くれぐれも夜を更かさぬよう頼む」

 そう言って、ロジャーは離れていった。彼の部下なのか、外野から後を追う兵士の姿も見えた。

 ああ言われてしまうと、話の続きをするのははばかられた。時間が必要なのもまた事実なだけに、なおさらである。

 マチスは皆の承諾を得て、今夜はここで打ち切ったのだった。





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