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「BRAND」 2-1




(2)


 夕方くらいには本隊が駐留する領主館のある町に着けるだろうと見越した大方の予想に反し、この日の夜をマチスとロジャーの部隊はディール要塞で過ごすことになった。

 行軍速度の計算が狂うのはよくあることで、通れると思った道が通れなかったり、今回のように通り道で戦闘が行われてからあまり日が経っていなかったりすると、障害物を除いたり迂回したりで思わぬ時間をくってしまう。

 そうしたことをロジャーの隊は仕方がないと一言で済ませられたが、第五騎馬大隊の兵士達には苛立ちの種になった。多少士気を持ち直したとはいえ、その原動力は今日にもミネルバにまみえることができるという期待だったのだ。ここから領主館へは目と鼻の先だったというのも、大きな落胆の声を上げさせた要因となっただろう。

 周辺のみならず、要塞そのものも先日の戦闘の痕跡が残っている。最低限のものは取り除かれているだろうが、片付け損なったものがうっかり出てきてしまっても文句は言えない。

 要塞内の安全と損傷具合を把握し、夜露と風をしのげる人数を概算して、その他の人間の居場所や両隊から出す歩哨の数と時間などこまごまとした取り決めを終えたところで、マチスとロジャーにそれぞれの従者から声がかかった。食事の準備ができたのだという。

 必要があればその席を一緒にすることもあるが、基本的に食事は自分の部隊内で採ることになっている。この時も普段通りに食事をするため、ふたりは一旦別れた。

 普段であればという注釈をもっと続けるなら、マチスはボルポートなどを連れて兵士達に混じって食事を採ることが多い。以前に親交のあったホースメン隊以外には当初は困惑されたが、それもワーレンに着いた頃にはなくなっていた。しかし、今は従者に食べるものを取ってきてもらっては、ひとりになれる所を探す始末である。

 適当にその場所を見つけて従者を離れさせると、マチスは無言のまま食事に手をつけた。

 実のところ、誰も彼もとマチスを遠ざけているわけではない。だが、そうした人々と一緒にいれば、彼らとマチスに不満を持つ者とで軋轢が生じてしまう。部下同士の衝突は望むものではなかった。

 ゆっくりと食べているつもりでも、同伴者のいない食事は他にする事がない分、終わるのが早い。黙々と口を動かしている間に、器は空になっていた。

 今夜中に必要な事は決めておいたから、このあとは就寝に入るだけである。『いつもなら』ボルポートか各部隊長の誰かには声をかけるのだが、今日はこれもしないつもりでいた。

 食器を返しに行ってもらおうと従者の姿を捜していると、こちらに来るふたりの人物が視界に入った。第五騎馬大隊の歩兵部隊長と重歩兵部隊長である。

 彼らが足を止めて声を発するかそこらのタイミングで、マチスは座ったまま何気ないような口調で声をかけた。

「どうかした?」

 緊張感が著しく欠けているその言葉に、歩兵部隊長は歯噛みしたものの、すぐに本題を思い出してマチスに言い放った。

「何故こんな所で足を止めたのだ。目的地はここより目と鼻の先、今からでも急げば夜道に苦労する前に着ける。直ちに出立の準備を命ずるべきだ」

「ここで休むのを決めた時に言っただろ? このまま行くのは危険だって判断したんだから。さっきは納得してくれたじゃないか」

 やはり彼らの用事は出立の要求だった。

 歩兵隊と重歩兵隊は、人員のおおよそを元鉄騎士団員で占めている。マケドニア王女ミネルバの同盟軍参入の報に最も喜びを表したのは彼らで、その期待を裏切るような事をしたマチスに不満をもらしているのも主に彼らだった。

「先程は先程、今は今だ。他に何も理由がなければ引き下がれるが、大隊長の個人的な理由を最優先にされては敵わん」

「おれの理由?」

「大隊長は、ミネルバ様と会うのを避けようとしているのではないか?」

 これは同行していた重歩兵部隊長だった。

「この要塞を攻める先発の誘いを蹴ったというのもそうだ。抗議した者には先走るなと言っていたが、それもミネルバ様を忌避するための口実に過ぎないのではないか?」

「じゃ、二割当たりってことにしておくよ」

 マチスの即答に部隊長ふたりは絶句し、次には渋面になった。

 堂々と当たりと言ってほしくない問いである。それ以上に二割というよくわからない言葉が、いいかげんなごまかしの感を強めている。

 ふつふつと怒りが込み上げてくるのも無理はない。

「我々を愚弄するのもいい加減にしてもらいたい!」

「そんなつもりはないよ。二割……一割五分はそれだけど、三割くらいは同情扱いっぽかったのが嫌だったんであって……」

「やっぱり大隊長の所に居ましたか」

 残りの五割強の理由が明かされる前に三人の間に割って入ってきたのは、ホースメン部隊長だった。彼の後ろから騎馬騎士部隊長とボルポートがついてくる。

 これだけ集まるといつまでも座っているのはばつが悪い。マチスはゆっくりと立ち上がった。せっかくひとりきりでいるつもりだったというのに、どうにも賑やかである。

「やっぱりとは何だ。俺に用があったのか?」

「直談判を避けてもらいたかったからです。もう遅かったようですが」

 歩兵・ホースメン両部隊長が睨み合う。前者はともかく、後者がこんなに語気を強めるのは珍しい。

「でも、今のうちに出発しろって言われただけなんだけどな……」

「それで、どう返事したんだ」と、これは騎馬騎士部隊長。

「もう決めたことだからって言ったけど……急いで駆けつけて止めてもらうほどの事じゃないよ」

 あっさりと片付けたマチスに、歩兵部隊長がむっとした表情を見せた。

「ならば、もうひとつ言わせてもらおう。
 この大隊は同盟軍の部隊だが、同時にマケドニア人の集合体だ。マケドニアの王族が我々と志を同じくして同盟軍に加入したのなら、その方を戴いて結束を強めるのが当然だ」

 彼の後に重歩兵部隊長が続く。

「捕虜の身から掬い出してくれた恩人に忠告とは心苦しいが、これまでとは状況が違うのだ。今までのこだわりを改め、ミネルバ様に忠誠を誓った上で我々の上に立ってほしい」

 乱暴に言えば、自分達と直接の上官とでそうした意識が異なるのは何かと都合が悪いから、譲歩してほしいということだ。立場があべこべではあるが、今までのマチスは部下に寛大だったから、こうした時に彼らにつけ上がられるのは当然でもあった。

 歩兵部隊長の言う事を逆手に取れば、第五騎馬大隊はマケドニア人の集合体だが、元はといえばあくまでも同盟軍の部隊である。どちらに重きを置くかで、答えは決まるようなものだ。

 だが、マチスには気になっていることがあった。

「他のみんなも、おれにそう思ってるのか?」

 この問いに三人の中で最初に答えたのは、ホースメン部隊長だった。

「わたしは違います。大隊長について行くと決めた以上、あなたの進む道に口出ししようとは思いません」

 これと逆のことを言ったのが、騎馬騎士部隊長である。

「初志貫徹というのはわかる気はするが、それも相手によりけりだ。大隊長に期待するのは無理かもしれんが、相手をきちんと見極めた方がいい」

 マチスは彼の言い分に唸っていたが、ふとその動きを止めた。

「……こっそりと人のことをけなしてないか?」

「おや、すいません。部下の口癖がうつったようです」

 シューグのせいにしてとぼけた騎馬騎士部隊長はともかく、まだ発言していない人物がいた。

「ボルポートは?」

「別段。特に言うことはありません」

 副官の答えはそっけなかった。

 歩兵部隊長が、ふんと鼻で笑ったものだった。

「主君と定めているのだから、口出しする必要がないというわけか」

「勝手に勘違いされては困る」

 ボルポートがぴしゃりと言った。

「誰がこんな欠点だらけの人間を主君と決めるものか。
 力不足であろうがそれを努力で補うのであればまだ許せるものを、それを公然と言い訳にして、精進しようともしない。そういう身であるにもかかわらず、全ての者を平等の目で見ようなどと笑止以外の何物でもなかろう」

 彼の言葉に、部隊長達は意外そうな顔をした。ボルポートはマチスに最初に味方して、歩兵部隊長の言う通りに主君として敬って(当のマチスは嫌がるだろうが)いるものだとばかり思っていたのである。

 今までは、諌める形でこの手の言葉が発せられたことはあったが、今回は全く雰囲気が違っていた。

 困惑顔のホースメン部隊長が宥めに入る。

「副官殿、少しは抑えた方が……」

「誤解されてはたまったものではないから、はっきり言わせてもらったまでだ。抑える理由はない」

「でも、あんな、目の前で言わなくても良いではありませんか」

「ホースメン部隊長。あなたは大隊長を過剰評価しているようだが、考え直した方がいい。このまま霧の中のような道に順じたところで、破滅を待つだけだ」

 ボルポートの冷徹な言葉に、ホースメン部隊長の目は見開かれた。

「何を言っているんです! あなたはずっと大隊長を支えてきたではありませんか!」

「それまでと今回のことを踏まえて、そう結論づけただけのこと。何らおかしな点はない」

 周囲を見渡してみれば、兵士達が食事の手を止めてこちらを見てきている。第五騎馬大隊だけではなく、ロジャーの部下の野次馬もちらほらと現れてきていた。

「なんか、えらい騒ぎになってきてないか?」

 ふらりと現れたのはシューグだった。

 マチスの隣にいた彼の上官、騎馬騎士部隊長が困ったように「ああ」と低く頷いた。

 ちらりと見たその先では、ホースメン部隊長がボルポートを諭そうと言を尽くしている。

 視線を戻した。

「どうにか収拾を図りたいんだが、いつもその役を務めている人がこれでは、難しいかもしれん」

「うん、あれは凄みがある。止められないな」

 まるっきり傍観者の面構えで言ったマチスを、シューグが思いっきり罵倒する。

「お前が感心してどうするんだ! 少しは怒れ!」

「いや仕方ないよ。口の出しようがないし」

「自分の事を言われてんだってわかってるなら、少しは反省しろって言ってるんだ!
 ……けど、副官殿がお前の事をああ言うのは何でだ?」

「さぁ……気が変わったんじゃねぇかな」





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