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「BRAND」 1-4






 初秋前の昼下がり、樫の大扉を前にしてレナは不安げな顔をしていた。日頃と同じ赤の尼衣姿である。

 ディール要塞を同盟軍が陥として数日が経った。マケドニア王女マリアが無事な姿を見せ、約束通りに姉王女ミネルバが同盟軍の一員になっている。

 遠大な旅征の途上でこの光景を目の当たりにしたのは、レナにとって素直な喜びだった。ドルーア打倒の確固たる意思を持っていても、故国の王族と敵対するのは本意ではない。戦わずに済んで良かったと心の底から思った。

 だが、レナはこの人達の前に姿を見せるつもりはなかった。少なくとも今の彼女は一介の僧侶なのであって貴族の娘ではない。遠くから見ているだけで充分だったのだ。

 とはいえ、秘めた決意で人の流言が止められるはずがなく、行方不明とされていたバセック伯爵令嬢の存在はミネルバに知られた。そしてレナに会わせてもらえないだろうかと、ミネルバ本人から請われて今に至る。

 レナの困惑は前述の理由以外にもあった。どうせなら、同盟軍のマケドニア人を束ねているマチスが先にミネルバに会って、レナの順番はそれから、というようにしたかった――それなら形になるからだ。その前に、無礼をはたらかないように兄に言い含めなければならなかったが。

 扉のこちらと向こうでやりとりが続き、やがて目の前のそれが厳かに開いた。

 衛兵のあとについて、午後の陽光を白く取り入れた絨毯の部屋を歩く。すると、奥の装飾がある長椅子から黒と赤、そしてわずかに緑を取り入れた軍服の女性が立ち上がるのが見えた。その隣に女性の肩を少し越したくらいの背丈をした青い服の少女が、これまたちょこんと立ち上がる。共通した深紅の髪が、名乗らずともふたりの身元を証明していた。マケドニア王女ミネルバ、そしてその妹であるマケドニア王女マリアである。

 レナは前に進むと、初めの挨拶をするために膝を折った。

「このような見苦しい服装で失礼致します、ミネルバ様、マリア様。お召しに上がりましたレナにございます」

 貴人に対するごく普通の名乗りに、マリアがただレナを見返すのに対し、ミネルバは小さく息を吐いた。

「あくまでも一介の尼僧を通すのですね。もうバセック家の名は名乗らないと」

「……はい」

 ミシェイルの婚約者として宮廷に上がった時、この王女は五つ年下の未来の兄嫁に対して、好奇の目や詮索好きの宮廷人から干渉を防ぐべく積極的に動いてくれた。この時のレナがミネルバに更なる好意を持ったのは言うまでもない。

 マケドニアを出るということは、ミネルバとの訣別も孕んでいた。故国の王族として慕う気持ちは変わらないが、こうして姿を見せるのは辛い。無理にでもこの対面を断ってしまえば良かったとレナは悔やんでいた。

「ともかく、無事な姿を見られて安心しました。行方不明になったと聞いてから、ずっと気がかりだったのですよ」

 レナは慌てて首を振った。

「そんな、わたしのような者に勿体ないお言葉です。
 わたしのことよりも、ミネルバ様がご健勝でおられて何よりでした。それに、マリア様も」

 名前を呼ばれてマリアが笑顔を見せた。

「ありがとう、えーと……シスターでいいのよね?」

 次の瞬間、レナとミネルバの目が合った。

 一瞬で目を反らしたが、互いに思い巡らす事があったということだ。

 結局、時機を逸する前にミネルバが声をかけた。

「そうですね、マリア。シスターで構わないでしょう。
 レナはマケドニアの魔道と法力の権威バセック伯爵家の令嬢でしたが、故あってマケドニアを離れ、今は反ドルーアのために同盟軍に加わっています。僧として従軍していますから、そうしたことであなたが教えを請うのも良いでしょうね」

 ミネルバがマリアに話しかける声音の響きはとても優しく、諸国で謳われている強将の雰囲気を全く感じさせない。軍服を身につけているのに、母性めいた包容力すら感じさせた。

「わかりました、姉様。ではシスター・レナ、これからよろしくおねがいします」

「いいえ、マリア様のお役に立てるなら光栄にございます」

 のびのびとした素直さを見せるマリアもまた、レナの顔をほころばせた。長い間人質生活を送っていたとは思えない活発さである。

 話が一段落したところで、少し難しい話をするからとミネルバがマリアを退室させてしまうと、彼女は長椅子に腰掛けてレナに椅子を勧めた。

「おかけなさい。立ち話も何ですから」

「いえ、わたしはこのままで……」

「では、わたしも立ちましょう」

 ミネルバは立ち上がり、そのことをレナに止めさせる間を与えず、次の言葉を発した。

「あなたには、謝らなくてはなりませんね。兄の身勝手のせいで国を出なくてはならなくなった」

「そんな! 謝罪するのはわたしの方です。勝手に国を出て……」

「貴女が謝る必要はありません。貴女には非のないことです。
 兄が無責任に指名しなければ、あなたの人生が狂うことはなかった。今のように僧の道を行くにしても、国はおろか父君や親族を捨てることはなかったでしょう。それだけでも、あの兄の罪は重いのです。
 貴女は賊に誘拐されたことになっていますが、聞いた話では自分の意思でマケドニアを離れたとのこと。それでも、女がひとりで生きていくには苦難があったでしょう」

 マケドニアを出てから今までのことを振り返れば、危険なことはいくつかあった。サムシアンに囚われたことは、その最たるものだ。

 だが、大陸の現実を目の当たりにしたり、様々な人に出会えたことなど、得たものも少なくない。

「ミネルバ様、あの時のわたしは迷っていました。結局、周囲の人に背を押されてマケドニアを出たようなものです。ですが、そうでなければわたしはあのままミシェイル様の花嫁になって、戦場に晒された土地の現状を知らずに、僧の教えを無駄にして過ごしていたはずです。危険な事もありましたが、外の世界に出て良かったと思っています」

「貴族の生活にも、もう未練はないのですね」

「はい」

 まっすぐに告げたレナに、ミネルバの口元が緩んだ。

「強い心を持っているのですね。わたしの憂いなど無用でした」

「い、いえ、そんなことはございません。お気遣い感謝いたします」

 レナは慌て気味に恐縮して、頭を下げた。

 ひょっとして、今のは深慮に欠けた発言ではなかっただろうかと、やきもきしながらゆっくりとミネルバの方を見たが、そういった気配はなかった。

 そして、話題はレナが同盟軍に同行している事に関したものになり、その経緯を(サムシアンに捕らえられていたことは省いて)話し始めて間もなく、マチスの名前を出すことになった。

 世間から忘れられた人のような生活をしていた兄が軍にいた驚きや、アリティアの人々に助けを請うたことを説明しているうちに、聞き役のミネルバが頷きを強くしていった。その様子は、確信を深めているように見える。

 どういうことかと問いかけたいのはやまやまだったが、思索を邪魔するのも憚られてレナは黙っていた。

 幸いにも、その時間は長引かずに済んだ。

「マケドニアでは、貴女の兄上は以前より企てていた反逆の計を実行したと言われていましたが、話を聞いているとそうとは言い切れないようですね」

「……はい」

 オレルアンの平原で捕虜になった時にレナがいなかったら、マチスは反ドルーアのマケドニア人の先頭に立とうとはしなかっただろう。……おそらくは。

「しかし、わたし以外にもドルーアに立ち向かい、ミシェイルを倒そうというマケドニア人がいるのは心強いこと。マチス殿が王侯貴族に良い顔をしないのは知っていますが、人間の存亡をかけた今ではそうした些事にとらわれることなく、マケドニア人同士手を携えていきたいものです」

「……」

 ミネルバの言葉は表面上では願望でしかない。が、その実はマチスの説得を促していると受け取ることもできる。

 レナとて、同盟軍の中に不和があることは好ましくない。どのみち説得しなければならないだろう。

 しかし、どうやったらあの頑なな兄が話を聞くだろうかと考え始めたところで、ミネルバが再び言葉を発した。

「意地の悪い質問だとは思いますが、同盟軍に居れば貴女の父上もいずれ敵として立ちはだかってくるでしょう。その時もこの軍に居られるのですか?」

「わたしは、何があっても同盟軍を離れるつもりはありません」

 迷いなく告げたレナは、更に言葉を紡ぐ。

「家を離れても父の大恩を忘れたことはありませんが、ドルーアに与することを認めている限りは、立ち向かっていかなければならないと思っています」

 外の世界へ出させてくれた礼も言わずに、敵の側に立ってしまったのは心苦しい。どうにか戦いを避けられないものかという願いは今も存在している。だが、辛い現実になろうとも、そこから背を向けてはいけない、レナはそう思っていた。

「やはり、貴女は強い心を持っていますね。こう言っては何ですが、少し安心しました」

 ミネルバが唇をかすかに下弦の向きに曲げていた。

「貴族の名前を捨てた貴女にこんな頼み事をするのは心苦しいのですが、また、こうして話をさせてくれませんか。嫌であれば、無理にとは言いません」

「いえ、わたしなどでよろしければ……」

 ミネルバの意図することは、文字通りの意味というよりもおそらくは精神的な繋がりなのではないかと、レナにはそう思えた。だから、すぐに返事をしたのだ。

 ミネルバはごくわずかな部下を連れているだけで、最も頼りにしている白騎士団の三姉妹とはなればなれになっている。本人が表に見せないようにしているのだとしても、心細い思いでいることは察せられた。マリアが側にいるとはいえ、そうした面では寄り掛かれないだろう。

 同じ志と覚悟を持った自分が心細さの何分の一かでも埋められるのであれば、断る理由などなかった。





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