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「BRAND」 1-3






 例によってというべきか、マチスの率いる第五騎馬大隊は先発や本隊から漏れて後発となった。

 故国の王女を姉王女の請いに応えて救出するのだから、今回ばかりは先発を務めてもおかしくなかった。が、先発を薦められた時にマチスが断ってしまったのである。必要とされているのでなければ無理に組み込んでくれることはないから、と。

 九月の作戦遂行内容をワーレンに持ち帰って第五騎馬大隊の面々に告げたところ、至るところから反発の声が上がった。その内訳は、後発に回った事への不満だった。

 反発した面子を見渡せば、元鉄騎士団の人間が多い。ディール攻めの経緯を聞いてにわかに興奮していたところだったから、尚更だったのだろう。中にはマチスに詰め寄る者もいたが、「これで先走って死んだってしようがないだろ」と言い返されると、大きく舌打ちをしながらとりあえずは引き下がっていった。

 そうして渋々納得させたとはいえ、隊の士気が落ちたことに変わりはない。この場を散会させた後で、ホースメンや騎馬騎士の部隊長がマチスに忠告したものの、結局は取り合わなかった。

 そしてこの事をきっかけに、第五騎馬大隊の中には奇妙な緊張感が生じるようになった。これまではマチスの持論である王族に対する否定的な見方が、大隊結束の大きな味方になっていたのだが、今では逆に足かせになっている。

 マチスが先発を断ったのは王族嫌いとか生存最優先主義も多少は関わってくるが、最たる理由は別にあった。しかし、それを誰かに告げることはせず、不満の声もそのままにしておいた。

 と、こんな経過はあったが、彼らは予定通りの日付にワーレンを発ち、ディール要塞から徒歩一昼夜程の地点に上陸した。後続を務めるのは第五騎馬大隊だけではない。ワーレンで同盟軍に加わったロジャーの部隊も一緒だった。

 上陸して、基本的には西進の姿勢を取りながらも偵察の手を常の三倍にして、行軍中と兵の足を休める時の区別をつけずに警戒態勢を取り続けていた。後発の部隊に与えられた役目は、補給線の確保とディールからの要請を受けて応援に駆けつける帝国側の軍隊を迎え撃つことだったのだ。

 これは決して安全な任務ではない。ロジャー率いる大部隊と共にする行軍とはいえ、彼らだけを矢面に立たせるのは論外だし、マチスにはその心積もりは全くなかった。だからこそ、戦死者が出る可能性はこの数日間ずっと付きまとい、その通りに幾人かの死者が出た。

 ただし、こちらよりも敵が少数だったおかげでその数は少なく済ませられた。レフカンディにいる二万の部隊が帝国側の目をひきつけていたからこそ、この成果になったとも言える。それに、大隊の各部隊長のみならずロジャーの部隊も士気の落ちていた兵士達を鼓舞して、立ち直らせたこともその一因だった。

 その一方で、一切口を出さなかったマチスの評判が下がり、不満の声が大隊で目立つようになってきた。当人は全く気にする風を見せなかったが。

 この結果にマチスは満足していた。ロジャーの励ましもあったが、ボルポートや各部隊長が上手く連携を取れたことによって大損害は免れた。自分の力が作用しようがしまいが、この先やっていける――と判断したのである。

 この地で三度の勝利を上げてディールへの道のりもほとんど間を詰めきったところで、東方から数騎の一団が迫ってきていると偵察兵が報告してきた。どの家と知れぬいくつもの意匠の旗と共に、アカネイアと同盟軍の旗も掲げているという。

 出身国ならともかく大陸全土の国ごとの紋章に精通している者など、どちらの隊にもいなかった。アカネイアと同盟軍の旗があるからおそらくは味方であろうと推測するしかない。

 ロジャーと連絡して彼らを呼び止めようと決めた直後、その彼らが逆にマチスを呼び出してきた。

 聞けば、彼らの素性はドルーアの目を逃れ潜んでいたこの近隣の領主の使いで、その中にはアカネイアの勢力を集めに行ったジョルジュの姿もあったという。呼びつけてきたのは十中八九、この大貴族の思惑だろう。出て来いと言う辺りに、人を下に見ているのがはっきりとわかる。

 本来なら、どうやって会わないように済ませられるかと要らぬ知恵を絞っていただろうが、下手にいざこざを起こして時間を取られるのも避けたかった。できれば出て行きたくないが、仕方がない。

「全く、嫌な風向きだな……」

 ぶつくさ言って馬を向けるマチスの横に、いつもは目付けでついてくるボルポートの姿はない。日に日に彼の側につく人間は減っていた。

 伝令に導かれて、金や白と赤などの豪華な装束の一団の前に出てマチスは馬を止めた。

 下馬しようと鞍に手をかけたが、ジョルジュが手を上げて制した。

「我等も急ぎだ。このままで良い」

 マチスは黙って頭を下げ、声を発しないようにした。

 ふと、ロジャーが来ていないことに気づいたが、向こうはそれを差し挟む暇を与えなかった。

 マチスの沈黙の態度を肯定的に受け取ったのか、話し手を使いの者が務めて現況だけを簡潔に告げた。曰く、以後はアカネイアの旧領主らがアカネイア東部を守るから、マチス達は心置きなく本隊に合流して良い、とのことだった。

 元よりそのつもりだったが、ここでも口は挟まなかった。ともかく先に行くならとっとと行きやがれと、そればかり願っていたのだが、その後でジョルジュが付け加えたのが余計な事だった。

「マケドニア人の諸君も、ミネルバ王女の帰順で晴れて正義の槍が振るえるというものだな。働きを期待するぞ」

 反応を測りたかったのかもしれない。それとも、額面通り受け取っていい本音だったのかもしれない。ともかく、普段のマチスであれば露骨に渋面を見せたはずだった。

 しかし、これにも黙って畏まり(手に拳は握っていたが)、ディールへ向かうアカネイア人の一団に対してトラブルを起こすことなく、見送ることができた。

「やっと、行ったか……」

 マチスは彼らの姿が見えなくなったのを確認して、まずは今ので溜まった鬱憤を発散させてやろうと思ったが、ロジャーのことが気になって近くにいる彼の兵に尋ねた。

「なあ、ロジャーはどの辺にいるんだ?」

「三番隊の後ろですよ。今日は第二隊についてますから」

 ワーレンに居た一ヶ月の間に両隊で交流があったため、ロジャーや部下の兵達とは親しい。これはマチスばかりでなく、彼の部下も同じことだった。

 紺地の右隅に白の三本の槍を縫い上げた旗の後ろの隊に、グルニア人の隊長はいた。

 マチスと顔を合わせると、ロジャーが低い声で言った。

「連中は行ったみたいだな」

「行ったけど……来いって言われなかったのか?」

「言われなかったよ。グルニア人には用がないんだろ」

 悲観というよりは諦めの口調だった。

「アカネイアの攻撃と占領の中心はグルニア軍が担っていたからな。そういうことなんだろうよ」

「マケドニアだってアカネイアに敵対したのは同じだろ。そんな話は……」

 おかしいじゃないか、と最後まで言いかけてジョルジュが言ったことを思い出した。

 つまりは、マチスだけを呼び出したのはミネルバの帰順があったからで、それがなかったら、最悪の場合こちらを無視していたかもしれなかった。今は味方であるにもかかわらず、だ。

 こう思い至ると、頭を掻き毟りたくなるものである。

「なんだかなー……」

「どうした」

「あのな、おれを呼び出したのだって、王女が同盟軍に降ったからってだけなんだよ。ったく……何つーか、気分良くねぇな」

「いいさ、こんな予感はしてないでもない。気を遣わせて済まんな。で、何て言ってきた」

「この後ろは気にしなくていいとさ。隠れてたアカネイア勢力が持ち直してきたらしい」

「どうせ、ここにいるつもりはなかったんだがな。まあいい、いつまでも足を止めていてもどうにもならん」

「だな」

 別れを告げてマチスが隊列に戻ると、角笛の音と共に行軍は再開された。

 マチスは鞍上で揺られながら、伝令兵に今のアカネイア人との話の内容を各部隊長に伝えるように命令し、じきに見えるであろうディールの方向を見やった。

 木々の緑に遮られるばかりで、城の姿は影も形も見えない。だが、地図の上ではもうすぐだ。よほどのことがなければ、日が暮れ始める前には着くだろう。

 ディールに到着すれば、ミネルバとの顔合わせは避けられない。これまでの第五大隊の反応を見ていると、今までの王族嫌いの態度を取れば火に油を注ぐことになりそうだった。

 それを強く物語るのが、上陸してからのある戦闘時の出来事だった。

 大隊の士気はその時も落ちていた。そこへ、誰かが声を上げたのである。

 ここで死ねばミネルバ王女にまみえる事は叶わん、それでもいいのか――この言葉で大隊の兵士達は奮い立った。そして、今までに見たことがないくらいの勢いを見せて敵を撃破していったのだ。王族という言葉の力を見せつけられた瞬間だった。

 対抗意識を持っていたわけではない。勝てるとは露とも思わなかった。けれど、ショックでないと言えば嘘になる。

 今の第五騎馬大隊の兵士が不満をもってマチスにぶつける視線は、マケドニア軍に居た頃を思い出させた。もっとも、あの頃は陰口がはっきりと聞こえていたが。

 逆臣とさえ見なされぬ小者、常識を知らない変人、カダインに居るうちに砂漠の熱で頭をやられたんじゃないのか――最後のはともかく、言われていることはだいたいが本当だったから否定すらしなかった。辛いと思うには、マチスの観点が大分ずれていたというのもある。

 魔道を挫折したとはいえ、少年期にカダインで数年を過ごした。マケドニア貴族の大多数と価値観が異なるのは、必然のことだった。

 カダインの修練所には、庶民の子が数多くいた。学び舎を共にしたわけではないが、そういった中からも魔道士と僧侶の上に立つ司祭が時には輩出され、高司祭にまで昇った者もいたという。高司祭にもなれば、カダインの政治機関にも口を出せた。

 だが、たまに帰ったマケドニアで見る光景はと言うと、彼の周りの大人は王族縁戚の機嫌を伺って腰を低くし、父伯爵さえも、許しを得てようやく顔を上げさせてもらえる有様。子供達の集まりに顔を出したら出したで、今度は王妹の娘がどうの、王弟の息子に狩りに誘ってもらっただの、王族に頭を下げる社交の話に暇がない。

 彼ら貴族は全く力のない者ではない、にもかかわらず庇護してもらおうという。彼らの多くは権力の対象として王族を見て、真に敬ってはいないだろう。だが、本当のことを言ったところで、誰も耳を貸しはしない。そういう世界だからだ。

 けれど、王族という言葉は力がある。現に、兵士達の士気を上げたのはそれなのだ。神への信仰に似て、この場合はそれを上回った。

 窮地にあれば、他力を求めたくなる。できれば、人の力など及ばないような強い力を。

「そりゃ、相容れないだろうな……」

 ため息混じりにマチスはそう呟いた。





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