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「BRAND」 0-3




「では、これより軍議に移る。マチス殿も出席されよ」

 不意にハーディンに言われ、マチスは反論する前にその場の流れでカインに伴われ、部屋から出る羽目になった。

 城内を歩いて広い一室へ出ると、やけに細長い一列のテーブルの周りに同盟軍のおもだった騎士が散らばって立ち話をしているのが見受けられた。

 ハーディンの姿を認めてか、彼らが席に着くのに倣ってマチスも下座の方へ行こうとしたが、カインに止められた。

「そっちじゃない。こちらに来てくれ」

 カインの招いた先は、アリティアやオレルアンの若き重鎮達の次席だった。

「そこ、なのか……?」

「ああ。今回はここに座ってくれ」

 あまりの不相応ぶりに、マチスの足は止まったままだった。

 というのも、同盟軍内のマチスのポジションはかなり低い位置にある。本隊や騎士にとって名誉とされる前線に、騎馬第五大隊が配置されないのがその証拠だ。オレルアン人の目を気にしているというのもあるが、単にマチス自身が目立ちたくなくてこの結果になっている、と言うべきだろう。

 それなのに、上座につけというのは新手の嫌がらせかと思う。が、相手が相手だけにあまりあり得ないかと考え直した。

 渋々ながらその居心地の悪そうな所に座ろうとした時、隣り合ったドーガが軽く手を挙げた。

「よう。手柄を立てたな」

「……手柄?」

 マチスの顔は、それはどういう事かと更に問いかけていた。

 もっと言えば嫌な顔をしていたということだが、ドーガは斟酌せずに機嫌よく答えてきた。

「本隊がペラティに専念できたのは、残りのグルニア軍が撤退してくれたおかげだってことさ。カナリスは先に討ち取っていたが、グルニア軍がやぶれかぶれでこっちにかかってこられたら……ってな。正直、ペラティの戦いだけで手一杯だったからな、助かったぜ。

 ま、お前さんのとこの功績が認められたわけだ」

 最後の方は皮肉にも聞こえたが、ともあれ、席次の移動についてはそういう根拠らしい。

 第五騎馬大隊は壊滅させられないために懸命になっていただけだというのに、マチスにとっては余計なおまけがくっついてきたものだった。

「そーいうオチがあったか……」

「相変わらず、こういう事を喜ばない奴だな……」

 既に諦めているのかドーガはそれ以上追及せず、その代わりかこんな事を言い出した。

「お前さん、ハーディン公と一緒に入って来てたが、ウチの大将は見かけなかったか?」

「いや。……そういや見てないな」

 こちらもあまり顔を合わせたくない相手だが、この広間を見回してみてもマルスの姿はない。こうして話を聞いていなければ、どうせ来るのは最後だろうと思って気に留めなかっただろう。

 ドーガが軽く唸りをもらす。

「やっぱり、まだ出て来れねぇか……」

「怪我とかで?」

「ペラティの城攻めの時に、竜人族と戦ってな。怪我じゃないんだが、ちょっと気を呑まれた感じだったな。ペラティを陥としてから数日は何ともなかったんだが、ここんとこ調子が悪いらしい。

 ま、あれだ。今はここだけの話にしといてくれ」

 そうして話している間に他の騎士やハーディンの席が埋まっていったが、マルスが姿を現すことはなかった。

 そのままハーディンが取り仕切る形で軍議は始まり、最初にカチュアの件が上がった。

 彼女がミネルバの本物の使者であることがわかって、騎士達はわずかにどよめいたが、話が進んでいくにつれて、ディールに囚われている妹王女マリアの救出を条件に、ミネルバが同盟軍の一員になる事を申し出たのだとわかると、マチスは思わず声を上げてしまった。

「何だって?」

 慌てて口を噤んだが、ハーディンはそれを見逃さなかった。

「マケドニア人の貴殿でも、そう思うわけだな」

 静まり返った議上でマチスに視線が集まる。雑音がないのは、他の騎士達は既にこの事を聞いていたからだろう。

 発言を求められているのがわかり、マチスは口を開く。

「おれの知る限りじゃ、ミネルバ王女にそういう雰囲気はなかったから……オレルアンに居た時だけしか知らないけど、ともかく『赤い竜騎士』って呼ばれて、マケドニア軍じゃ戦女神みたいに見られてた感じだったし」

「王女がミシェイル王子と敵対していた様子もなかった、と?」

 そう問われるとマチスはこの方面にとことん暗い。小さく唸ったものだった。

「オレルアンにいる間はまともにやってたからなぁ……こう言うのも変だけど。それに、あの王子が反対勢力を常に排除していて、王女が戦場に出ていたのは、つまりはそういう事だろうし。詳しい事はさっきの部隊長に訊けばわかるはずだけど」

「いや、呼び戻すには及ばぬ。王女の噂は我々も敵将としてよく存じているところだ。貴殿の言葉で充分裏づけはできる」

 あっさりと信用されたものだが、その点で深く疑う理由がないというだけの話なのかもしれない。

「そうとなると、これはミネルバ将軍の仕掛けた罠かもしれぬが、一旦諸君の意見を仰ぎたい」

 ハーディンが一同に向かって切り出すと、席に着いていた騎士達から次々と声が上がった。その大勢はミネルバの罠ではないかという声に占められる。

 マチスとてマケドニア王女の寝返りは耳を疑った。が、こうした形の罠を彼女が仕掛けるかというと、これまた首を傾げてしまう。

 確かにミネルバはマケドニア軍の中枢にいて名声も高いが、きれいな戦をしたがるきらいがあるという評判もある。

 とはいえ、こうして考えていたところで埒があかない。ミネルバに関しては部隊長の方がもっと詳しい風評を知っているのだから、呼び戻した方がいいような気がしてきた。

 ぼんやりとそんな事を思っていると、ドーガがマチスの肩を軽く叩いてきた。

「ん?」

「お前さんはどう思う。これは罠だと思うか?」

 マチスは首を捻った。

「どっちもどっちかねぇ……。罠って言われればそうだし、今までの事考えればこういう罠は仕掛けない気がするし」

「レフカンディの事がなけりゃ、もっと簡単だっただろうな」

「戦わないうちに引き上げたんだっけか」

「捕虜の話じゃ、こんな卑怯な戦はできないから本当に撤退したってことだった。あん時は誰も信じなかったが、こうしてみると信憑性もなくはない、かもな」

 ミネルバをマケドニアの一将として見るならこの請いは罠だろうし、清廉潔白の名誉ある騎士として見るなら、人の道を外しているドルーアについてゆけずに、国を裏切ることもやむなしということになる。

 ただし敵方に寝返るというのは、国の破滅も辞さないという意思表明になり、王族の責任を省みると、どうしてもそれはありえない話だと思えてしまう。

 王位を取りたいのであれば話は別だろうが、それでも同盟軍の力を借りる以上、王位についても戦前以上のアカネイアの干渉を受け入れざるを得ない。

 が、この場合、重要なのはミネルバの真意よりも、同盟軍がどんな決断を下すかである。これで同盟軍の方向性がかなり見えてくると言ってもいいからだ。

「でもさ。今揉めてるのは確実なもんがないせいだろ。こうなったら、あとは勘とかそういうので決めるしかないんじゃない?」

「随分と他人事のように言うんだな」

 ため息をついたのは、はす向かいにいたザガロだった。

 議場の前方では、アリティアとオレルアンの騎士が議論を戦わせている。こちらで更に話をしていても、問題はなさそうだった。

「故国の王女が、同盟軍と同じ反ドルーアの精神を見せているのに、そういう反応なのか?」

 マチスは目を丸くして、一瞬の後に、ああそうかと頷いた。

「そういや、そーいう考え方もあったねぇ。

 そうか……、あんまし考えてなかったなぁ」

 明らかに忘れていたとしか思えないマチスの口調に、ザガロがぼそりと反応する。

「……それが天然だったら、本当の不忠者だな」

「本当も何も、こいつは普通に不忠者だろ」

 何を今更とばかりにと言うドーガに、ザガロがやれやれと首を振った。

「馬鹿正直に相手をすれば疲れるというわけか」

「馬鹿を相手にしていると思えばいいんだよ」

 ザガロとドーガはその発信源を静かに睨む。

「それは他人を貶めて言う時に使う言葉だ」

「……手前で手前をけなす必要はないだろ」

「しょうがないだろ。親譲りの力はないし、槍とか剣の腕前もなくて、策謀にも向かない、その上変人呼ばわりされるんじゃ、ここは開き直るしか」

「俺が変人と言う前から開き直ってた気がするがな」

 ドーガに言われて、いつから変人扱いされたんだっけなと、マチスは余計な事を思い出そうとしていたが、ザガロに遮られた。

「とにかく、ミネルバ王女とあんたが手を組んで、同盟軍を内側から攻撃しないでくれることを願ってるよ」

 その声はいやに力ないものだったから本気の皮肉ではないのだろうが、相手によってはそのまま挑発になりえた。

 だが、

「その心配はしなくていいんじゃねぇかな」

「その心配はないだろ」

 うっかり最初をハモってしまって、マチスとドーガが嫌そうに眉間にシワを作ったものだが、それをどうこう言っても仕方がない。

「向こうだって、おれなんかお断りだよ。きっと」

「その前に、お前の王族嫌いは徹底的だろ」

「……随分な恩知らずだな」

 ザガロが呆れて言うのに、言われているマチスは一本、二本と指を折った。

「不忠者と、恩知らずか。あと臆病者がくっつくから、これで三つ、と。あとは何があるかな……」

「手前の欠点数えてるんじゃないだろうな」

「人から言われたものだけだよ。みんな言わないけど、マケドニア軍にいた頃の剣の練習試合で、十五歳くらいの新兵に十三連敗したこともあるし」

「同じ奴にか」

「まさか。いいとこまで行った試合もあったけど、石に足を取られてねぇ……」

 こうなると怪我自慢ならぬ、負け自慢である。

 その十三連敗に関わった少年兵達から言わせれば、肝心のところで隙がありすぎて、どうしてもそこを突いてしまうということになるのだが、ここにそれを証言できる人間はいない。

「それでも実戦に出て、ここまでは生きていられるってわけか」

「半年は訓練だったから、七ヶ月くらい……かな? うん、まあ一応生きてはいるな」

 話を続けるふたりをよそに、ザガロがそっぽを向いてしまっていた。聞くに堪えなかったのかもしれない。

 マチスはしみじみと呟いたものだった。

「ほんと、最後まで生き残っていたいもんだけどねぇ……」

 未だざわつく周囲の空気は全く気にしていなかった。

 今までもそうだったが、軍議の席についていても、提案の発言権はマチスにはほとんどない。言えるほどの案を持っていないのだから仕方ないのだが、もしそんなものを持っていたとしても、降人たるマケドニア人でただひとり軍議に出る身では、結果に従うしかないような空気があるように思える。

 色々な人の生死がこうした会議の場で決定づけられることもあるのに、どうにもやるせない気分になった。





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