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「THE CALENDAR」 4-10






 戦意がない事を示す白布を槍の穂先の根元に結び(軍式弓兵の部隊は兜に垂らして)、四千もの軍隊が粛々と行進する光景はある意味で壮観だった。

 当初の希望通り一兵も失わずにこの事態を乗り切ったマチスだが、その表情は明るいとは言えず、グルニア軍の退却を見届けながらため息をつくという有様だった。

 横にいたボルポートにどうしましたと問われ、やる気なさげに返す。

「本隊に合流しなきゃならないのが、気が重くてねぇ……。今度こそ戦闘しなきゃならないのかと思うと、なんか行く前に疲れてきちまって」

「何を枯れた老人みたいに言っているんですか。前に言った気もしますが、あなたはまだ二十代でしょう。四十を過ぎたわたしよりくたびれてどうするんです」

「そういう事に、歳って関係ない気がするんだけど……」

 騎馬第五大隊はグルニア軍に提案した通りに道を開け、彼らが通っていいぎりぎりのラインで約束通りに通過していくのを最後まで見届けた後で、本隊がいる東の城へ向かう予定になっている。

 グルニア軍がこの狭い道を完全に通過するまで一時ほど待たねばならなかったが、これまでの経過を省みればこの待ち時間は一番楽な『作戦』である。

 今はボルポートを相手に情けない事を言っているマチスだが、グルニア軍を快く退却させたのは彼の消極性が一役買っていた。

 七月二六日――一昨日の朝に、グルニア軍が先日まで同盟軍本隊と睨み合っていた隘路の前に集結していると斥候から報された時、騎馬第五大隊のほとんどの人間はこの境界線から撤退しなければ大攻勢を受けてしまうと思っていた。

 しかし、ただひとりマチスだけが、これは撤退だと断言したのである。

「ほぼ四千ってことは、最初っからワーレンの方に向かってた連中だろ? それが全部集まってるなら、まだワーレンは陥とせてないんだよ。北の砦に戻っても、本隊に破壊されたり何だりで使いものにならなくなってるだろうし、物資も同盟軍が持って行っちまってる。だから、もうどうにもできなくて退却しようとしてるんじゃないかな」

 マチスが打ち出した根拠は何から何まで後ろ向きのものだったが、この戦いでまだ一度も勝っていないグルニア軍の現況はそんなものかもしれないと部隊長一同は頷いた。

「けどよ、レフカンディに向かうっていう線はねぇのか?」

「それだったら、おれ達が撤退すればいいだけの話じゃない」

「……さっきと言ってる事が違わないか?」

「そうでもないと思うけどな。
 グルニア軍の方が退却するってことをはっきりさせれば、こっちがわざわざ撤退する必要がなくなるんだから」

「では、グルニア軍に白旗を上げさせて帰すと仰るのですか」

「まあ……そういうことかな?」

 人によっては気がふれたと思わせてしまう提案だった。自分の部隊の五倍もある相手に降参させて、しかも帰してしまうのである。

「それで、どうやってそんな事をさせるのですか?」

「そうだな……手紙でも出したら?」

 書簡と言えばまだ格好がつくのに、これではまるで片手間の仕事のように聞こえてしまう。

 呪うような声音で、何て書くんだと騎馬騎士隊副隊長が問うと、

「『ここは通すから、レフカンディに入るな』って書けばいいんじゃない?」

と、全くもって身も蓋もない答えを返したのだった。もちろんそのままでは怒りを買うだけだから、手紙――書簡を書く際に一応の形をつけた。加えて、ここまでくると交渉と呼ぶべきものだからと、使者を立てることになった(マチスは渋い顔をしたが、これくらいの礼儀は通すべきだと説得されたのだ)。

 半ば実験的な交渉はこうして幕を開け……恐ろしいことにすんなりと話はまとまってしまった。それから一日の行軍を経てグルニア軍が境界線に着き、今日という日を迎えたのである。

 グルニア軍の列は軍式弓兵の部隊が通り過ぎ、最後とおぼしき重装歩兵の一団が見えてきていた。

 ボルポートが思い出したように口を開く。

「そういえば戦事は苦手だと仰っていましたが、あの時のグルニア軍の現状分析は理にかなっていました。やはり、何かお読みになったのですか」

「いや、別に」

「……全くの勘というのですか?」

「勘っていうか、味方があんだけ派手に潰されちまって、自分達がなかなか勝てなかったら、戦いたくなくなるだろうなと思って」

 理どころか、完全に感情論である。

 ボルポートは横目のジト目で、主に視線を送る。

「あなたを見直そうと思ったのですが、やめさせてもらってよろしいでしょうか」

「それ、前にも誰かに言われたなぁ……」

 ふたりが破滅的なやりとりをする中、従者がやって来てグルニア軍の代表がマチスを(同盟軍の隊長、という意味で)訪ねてきていると告げてきた。

「何でも、大隊長にお礼を言いたいそうです」

「……。何つーか、律義だねぇ……」

 そう言われては会わない理由もないということで顔を出すと、数人の配下を伴って来ていたのは重装歩兵の男だった。

「俺はこの部隊の臨時の将を務めている。名はロジャーだ。
 比度の配慮に感謝する」

 面と向かっての言葉にマチスはたじろぎながらも、どうにか返礼をして名乗り返した。

「おれはマチス。同盟軍のマケドニア人部隊の隊長をしてる」

「マケドニア?」

 ロジャーの眉がひそめられる。

「同盟軍の敵対国ではないのか?」

「まぁそうだけど……ちょっと色々あって」

「そうか。てっきり、同盟軍はアカネイアに従う国の者しか受け入れないと、俺は思っていたんだが……。
 ……待てよ、それなら…………」

 呟いたきり、黙りこくったロジャーはいきなりその場で考え込んだかと思うと、がばと顔を上げた。

「すまん、今少し待っていてもらえんか」

「は?」

「長くはかけないから、行くのはもう少し待ってくれ」

 そう言うや否や、ロジャーは重装歩兵とは思えないくらいの速足で戻っていった。

 止める暇さえ与えられなかったマチスは呆然と見送っていた。彼でなくとも、この展開は予想外だっただろう。

「何なんだ……ありゃ」

 誰もこの問いに答えられないまま、遠くへと消えていくグルニア人の列を眺めていたが、これがいきなり足を止めた。

 まさかとは思う事が、マチスの口をついて出る。

「いきなり、こっちに攻撃してこないだろうな……」

「でしたら、この案を出した時点ですでに失敗ということでしょう。あの様子では、あちらの問題だと思いますが」

 結局、この原因もわからないまま時間は経過し、長くはかからないと言いながらもロジャーが戻ってきたのは一時後の事だった。

「すまん、待たせてしまって。ここからの山道を大所帯で行くのは無理だから、いくつかの分隊に分けていたんだ」

「はぁ……」

 今ひとつ話が読めない。

 しかし、次の一言でマチスは度肝を抜かれることになった。

「それで、俺達グルニア重装歩兵千は、同盟軍に入る事にした」

「――」

 二の句が継げないとは正にこの事だった。

 どこからどうやったらそんな事になるのかと問えずにいるマチスに、ロジャーは少し照れた顔で参入の理由を朗々と語り出した。

「タリスのシーダ王女と話をして感銘を受けたんだが、俺はグルニア人だから同盟軍には受け入れられないと思って諦めていたんだ。だが貴隊の事を聞いてそうでないとわかったから、是非参加させて欲しいと思ってな。他の部隊には悪いが、グルニアを離れる事を今言ったら戦闘になりかねんし、貴隊に迷惑がかかる」

「はぁ……まぁ、気遣いは嬉しいんだけど」

 完全に気圧されて、どうしても言葉が続かない。

「ん? どうかしたか?」

「いや……王女と何を話して、そう思ったのかなと……」

「そうだな……強いて言えば、生き残るためだ」

 ロジャーの言うことは徹底的に意味不明だった。

 勢いがあるとはいえ、同盟軍は兵力も財力もまだまだ足りない。そういう理由で参入するのは、支離滅裂なように聞こえる。

 どうしてそういう発想になるのかわからなかったが、味方になるというのを無下に断るのも悪いと思い、連れて行くことになった。

 ――この後、東の城に行こうとしたものの、途中で出会った本隊の伝令からワーレンの方に話をつけているからそちらに向かってくれと言われ、ロジャーの事を説明した文書をその伝令に託し、騎馬第五大隊とロジャーの部隊はワーレンへと転進することになる。





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